世界の本棚から⑩



 高校三年生のイジ—(泉)は日系三世でシングルマザーの母とカリフォルニアで二人暮らし。父の顔は知らず、両親がハーバード大学在学中に出会ったことしか聞いていない。ところがなんと父親が日本の皇太子と判明する。母にも相談して短期間の日本行きを決意。そして東宮御所に迎えられ、他の皇族と共に公務に挑戦するのだが、日本語も覚束ない彼女。新しい国や文化、ましてや天皇家のしきたりに馴染むのは簡単ではない。
 一見すると大ヒットした「プリンセス・ダイアリーズ」に似たお話。でも「プリンセス・ダイアリーズ」は白人の主人公がヨーロッパお姫様だったのに対し、イジーはアジア系だ。アメリカでは見た目が違うことで疎外感を味わい、日本では常識を知らない「ガイジン」と陰口を言われてしまう。イジーの自分探しが軽いロマンスと共に展開される楽しい小説だが、こんなお話が英米メジャー出版社から出るようになったのは感慨深い。

 ウォルター・アイザックソンは故スティーブ・ジョブズの本で有名な伝記作家。ベンジャミン・フランクリン、レオナルド・ダヴィンチなど歴史に残る人物を丁寧に描くことで知られる。そのアイザックソンが取り上げたのが2020年にノーベル化学賞を共同受賞したUCバークレーのジェニファー・ダウドナ教授だ。CRISPR-cas9と呼ばれるゲノム編集技術を開発した功績で受賞した。
 幼いころに育ったハワイで自然の不思議に惹かれたダウドナ教授は、ある学者との出会いをきっかけに化学や生物研究の道へ進む。多くの学者がDNA解析に夢中になっている間に地味なRNAに着目し、細菌がウイルスと戦う仕組みに着目してCRISPR-cas9にやがて辿りつくのだが、楽しい研究話だけではない。協力的な仲間もいればライバル研究者との激しい競争もあり、思い違いや裏切り、落胆もある。最先端研究の舞台裏を味わう意味でも(長いが)興味深い本だ。

 マイケル・サンデル著『実力も運のうち 能力主義は正義か?』(早川書房)が話題だが、関連書としてあげたいのが本書。アメリカやイギリスで特に顕著な学歴主義と頭脳労働に対する信仰にも似た態度に疑問を投げかける。仕事のスキルは大まかにHead(頭脳)、Hand(技術)、Heart(精神的に寄り添う)に分類され、それぞれが等しく価値があると説く。また今後は頭脳労働の多くがAIにとって代わられ、頭脳労働の黄金時代も終わると予想している。HandやHeartのポテンシャルに注目する時だ。著者自身もイートン校出身、祖先はリーマン・ブラザースの創始者のひとりという筋金入りのHeadなのも面白い。
 

 
P r o f i l e

角 モナ(すみ・もな)

海外に30店舗持つ書店チェーン・紀伊國屋書店で洋書仕入に携わるバイヤー。子供のころはインターナショナルスクールで学び、洋書は日常生活の一部。

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