卒業生のひとりごと
13.それぞれの美の世界


 何を「美しいなあ」と感じるかは、人によって違うものです。例えば外を歩いているときに、ふと見上げた空を美しいと感じる方もいるでしょうし、道端に咲いている小さな名も知らぬ花を美しいと感じる方もいるでしょう。また、そのどちらにも特に心が動かされない方もいると思うのです。ひとりひとり美しいと感じるものは異なりますので、時には自分の美の世界が理解されないこともあります。そのようなときにはほんのり寂しさを感じますが、そもそも人と人とは分かり合えないものなので、それも致し方ないこと。自分の美の世界は自分の中で、ひっそり楽しめば良いのです。

 わたしのささやかな部屋には、隅っこに壁面ラックがあります。その壁面ラックには二段の棚がついていて、ちょっとしたものを置くことができるようになっています。その棚をわたしは「趣味のための祭壇(宗教要素は無し)」と名付け、自分が美しいと思うものや、眺めていると心が嬉しくなるものを飾っているのです。わたしの部屋には当然わたししか入らないので、その「趣味のための祭壇」を目にするのは自分だけ。そのため人目を気にすることなく、自由に飾り付けることができます。
 まず二段の棚部分には手芸店で買った布地とタッセル付きブレードを使って自作したクロスのようなものを敷いています。クロスを自作したのはこだわり故……というわけでは実はなく、棚のサイズが小さすぎて(奥行は文庫本程度しかありません)ぴったり合うクロスが市販になかったため。棚に敷くクロスを自作するために、クローゼットの肥やしとなっていたミシンを引っ張り出したのは良い思い出です。棚にクロスを敷くと、ぐっと特別な場所らしい雰囲気が漂います。
 二段の棚のうち上段には、愛してやまない抒情画家の中原淳一さんのポストカードを収めたフレームと、お気に入りのピアスを飾りながら収納するためのハープ型のピアススタンド、そして季節外れをものともしないジャック・オ・ランタンの置物があります。自分のためだけの祭壇なので、この際季節感は関係なく、わたしの部屋は一年中ハロウィンな雰囲気が漂っています。
 下段には、キャンドルのようなデザインの間接照明(デザインがキャンドル風というだけでLEDライトが灯る)と、愛してやまないイラストレーターの今井キラさんの絵を収めたフレーム、瓶詰にした鉱物が複数個並んでいます。鉱物は瓶に入れると標本のようになって愛らしいです。
 この「趣味のための祭壇」はわたしが部屋にいるときにもいないときにも、眺めているときにもそうでないときにも、ずっと部屋の隅に存在しています。自分がすきだと思うもの、美しいと思うものだけを集めた場所が確かに存在しているというだけで、しみじみ嬉しく、日々のお仕事やこの原稿の執筆も頑張ることができるというものです。
 

森茉莉
『私の美の世界』
新潮文庫 定価605円(税込) 購入はこちら >

 ひとりひとり異なる美の世界、時には自分以外の方の世界も覗いてみたくなるものです。『私の美の世界』(森茉莉/新潮文庫)には、森茉莉さんの美の世界がぎゅっと詰まっています。彼女のこだわりはとても強く、身近な食べ物から言葉に至るまで、とにかく好き嫌いがはっきりとしているらしいことが読むと分かります。ここまではっきりしているといっそ清々しく、うらやましくも思えてくるところが不思議です。

 ——生来、硝子好きである。好きより狂に近い。水晶は硝子より高級なものだが、私の好きな曇りが足りない。水晶の板をおいて水晶越しに何かを見ても、むろん対象物ははっきりとは見えないが、水晶は硝子より明澄で、明晰な頭脳の如くであって、なんとなく朦朧とした魔もの性がない。硝子には不透明な美がある。不透明な魔がある。(p.62)

 ——胡桃、とか、檸檬、は形も素晴らしく綺麗で、たべても美味しくて、字も、漢字で書いても綺麗、仮名で書いても綺麗であるが、それとおなじで、薔薇、菫、なぞは見ても綺麗、香いも素晴らしいし、色も綺麗で、漢字で書いても素敵である。それに薔薇も、菫も、たべても美味しいのである。(p.277)

 ——私は新聞、雑誌の中から気に入った写真を切りぬくのが、生活の中の大きな楽しみになっている。(中略)なんだってそう切り抜くかというと、私は自分の住んでいるこの世界にきれいなもの、魅力あるものがあまりに皆無で、みるのもいやな、醜いものばかり、といってもいい位なので、それらの切り抜きを見ていると一刻ほっとするからだ。(p.122)

 自分の美の世界を、大切にしていきましょう。それが例え自分以外には理解されないものだったとしても、内緒の宝物として、心に秘めておけば良いのですから。
 
P r o f i l e
門脇みなみ(かどわき・みなみ)
『読書のいずみ』卒業生。わたしがすきだと思うものに相応しい、美しい人間でありたいものです。

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