あの頃の本たち
「ドミノは続く」大石 大

ドミノは続く

大石 大 Profile

乙一
『夏と花火と私の死体』 購入はこちら >
乙一
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 小説家になれたのは、大学生活につまずいたからだった。
 入学するまでは、大学では何でもいいから活発な活動をするサークルに入ってたくさんの仲間を作り、飲み会にも積極的に参加し、あわよくば恋愛にも勤しみ、キャンパスライフを謳歌するんだ、と意気込んでいた。しかし、入学直後に行われたオリエンテーションの帰り、熱心な勧誘活動を行う先輩たちが構内にあふれかえる光景を前に、僕は尻込みしてしまった。先輩たちの誘いを「忙しいから」と嘘をついて断り、逃げるようにキャンパスを後にした。その後ためしに参加してみたサークルにも馴染めず、すぐに辞めてしまった。
 肝心の講義も、最初のうちは学問の魅力がわからず、高校と違って受験という目標もないため、まったく身が入らなかった。バイトも始めてみたけど、長続きしなかった。
 友人は少なく、講義はつまらなく、バイトにも打ち込めない。大学生活に楽しみも目標も見いだせず、心にぽっかり空いた穴を埋めてくれたのが、本だった。
 高校生のころまで、本なんてほとんど読んでいなかった。ただ、大学進学直前、たまたま縁があって手に取った乙一の『夏と花火と私の死体』が面白く、風変わりなペンネームも含めて少し気になっていた。何となく寄ってみた大学の生協に乙一の本があったので、ためしに買ってみることにした。
 このとき選んだのが『きみにしか聞こえない──CALLING YOU』だったことが、僕の運命を変えた。
 友達のいない高校生が空想で作り上げた携帯電話にある日着信が届く、というその小説は、孤独だった僕の心を、ねじ切れそうになるくらい締めつけた。フィクションで登場人物にこれほど共鳴できたのは初めてのことだった。この本をきっかけに、乙一の小説を片っ端から読んだ。孤独を抱えた若者を主人公にした作品が多く、読むたびに慰められたり勇気づけられたりしたのだが、それ以外の、ホラーやミステリーを扱った作品にも魅了された。二カ月ほどで乙一作品をすべて読み終えたが、まだ満足しきってはいなかった。書店には、乙一のほかにも、面白そうな匂いを発する本が山のように並んでいた。もっとたくさんの本を読みたい、という欲求が胸の内で膨れあがっていた。
 部屋に籠もり、興味を持った本を読みまくる日々が始まった。幸か不幸か、友達が少なく打ち込めるものもない僕にとって、読書にのめり込む環境は十分に整っていた。ミステリー小説や、講義に関係する新書を中心に、数々の本を読んだ(このころには、大学の講義にも興味を抱けるようになっていた)。一冊読むたびに、内面の世界がどんどん広がっていくのを実感した。
 こんな調子で、本とばかり戯れる、楽しいけど少しさびしい大学生活を送り続けるんだろうな、と思っていた。
 大きな間違いだった。
 本を買うために生協によく通っていたことがきっかけで、生協が行う読書推進活動に参加するようになり、そこで出会った仲間たちとともに黎明期の読書マラソンの運動に関わることができた。さらに生協での活動がきっかけで『読書のいずみ』の編集委員にもなり、作家インタビューや記事の執筆など、貴重な経験をたくさんさせてもらった。
 また、小説を読むだけでは飽き足らず、自分でも書いてみるようになった。創作サークルに所属していた友人に誘われてサークルに入ったことで、執筆の話をする仲間ができた。
 孤独だったから始めた読書が、いつの間にか人との縁をつなぐ存在になっていた。本を読むときは一人だけど、読み終わった先には、たくさんの仲間との出会いが待っていた。
 そして大学卒業から十二年後、何ということでしょう、書いた小説が新人賞を受賞し、自分の本を出版することができた。
 孤独を紛らすために手に取った一冊の本が、一個目のドミノだった。整列したドミノが次々と倒れていくように、一冊読むごとに世界がどんどん広がっていき、やがて本を媒介としてたくさんの出会いや経験を手に入れ、あげくの果てには本を作る側にまで回ってしまった。小説家になったら書いてみたいな、と夢見ていたこの欄にも寄稿し、二十年近く経った今でもドミノの連鎖は続いている。
 ただ、ここから先のドミノは、いつ途切れるかわかったものではない。とりあえず二作目の刊行は叶ったけれど、出版業界の現状は厳しく、自分の可能性も未知数で、いつまで自分が小説家であり続けられるのか、まったく想像がつかない。
 それでも簡単に消えるつもりはない。想定外に広がっていったドミノの連鎖がどんな軌道を描くのか、これからもずっと見続けていくつもりだ。  
 
P r o f i l e
『いつものBarで、
失恋の謎解きを』

双葉社/定価1,760円(税込)購入はこちら >

■略歴(おおいし・だい)
1984年秋田県生まれ。法政大学社会学部卒業。2019年2月、『シャガクに訊け!』で第22回ボイルドエッグズ新人賞を受賞し、同年10月、光文社より刊行され、作家デビュー。『いつものBarで、失恋の謎解きを』(双葉社)は第2作となる。

『シャガクに訊け!』
光文社/定価1,760円(税込)購入はこちら >

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