気になる! ダンス

  猫背がかっこいい。思春期の私はそんな曲がった価値観を持っていた。人生で初の受験生を体験した時には、猫背の人の方が勉強できる感じがしてかっこいい!と信じて疑わず、祖母から「私に似てなで肩なのね」と勘違いして悲しまれるぐらいにまんまるな背中をもつ人間になっていた。
 しかしそんな私の背中に転機が起きた。ジャズダンスを始めたのだ。
 ダンスはたくさん種類がある。ヒップホップやブレイクダンスのようなストリートダンスと言われる猫背でも許される世界もあれば、バレエを元にしたジャズダンスのような背筋をピン!とした猫背は辞書にないような世界もある。
 さて、私は後者の世界に飛び込んだわけだが、最初はどうして片足&爪先立ちという不安定な姿勢で回れるのか理解できなかった。両足で回った方が安全じゃないか、何もコマの原理で回らなくても……。
 

 ターンに悪戦苦闘する私の横で、ダンスの先生は羽より体が軽いんじゃないかと思わせるぐらい華麗にくるりと舞っていた。私もそれやりたい!!!! 一瞬で虜になった。単純である。
 レッスン終わりに何をしたらそんなターンが回れるようになるのか、鼻息を荒くしながら先生に聞きに行った。どんな練習があるんだろう、ワクワク……。
 すると、先生は後ろに手を回したと思ったら、私の肩をぐっと掴んで一言。
「まずこの猫背直そうか」 
 先生はレッスン中、この子ひどい猫背だわ……と思いながら華麗に舞っていたのだ。かっこいいと思って受験勉強で育て上げた猫背が一気に恥ずかしく思えて、ようやく私の曲がった思春期が終わりを迎えた。
 さて、この猫背は厄介だった。そもそも正しい姿勢がわからない。試行錯誤の結果、今は懐かしいランドセル、天使のはねスタイルで毎日登下校すればトレーニングになるという結論を導いた。ところが、数ヶ月の努力の甲斐虚しく、私の肩は床に寝ても重力に逆らい続けていた。肩が反抗期の17歳。ただの姿勢が悪い女子高生である。
 もう一つ、ジャズダンスには難関があった。「引き上げ」の概念である。ジャズダンスはバレエが元になっているため、基礎練はプリエやジュッテも行う。(専門家からは怒られるかもしれないが)これは例えるなら背中をしゃんと伸ばしたまま、ラジオ体操をしているような動きみたいなものだ。「引き上げ」もバレエと共通しているもので、ざっくり言うとひゅっ、とお腹を引っ込めるような動作である。「引き上げ」はこの10分ほどの基礎練の間やり続けなくてはいけない。もっと言えばレッスン中ずっとやらなくてはいけない。控えめに言って腹筋崩壊してしまう。
 

そしてもっとタチが悪いのが、ただお腹を引っ込めるだけでは正解ではないのである。なんとも煮え切らない。この生煮えの戦いに猫背女子高生の勝ち目はなく、肋骨を閉じる、磔(はりつけ)のキリストをイメージする、お腹から怪物を飛び出させてはいけない……先生のダメ出しに翻弄され続けた。
 ところが、3年目の戦いに入り微猫背大学生になる頃、基礎練の中で「そう、それ!キタ!」と先生の突然のOKをもらうことが増えてきた。しかし、言われた本人は「え、どれ?!」と迷子。そして次のレッスンでも再現できずダメ出し……。
 引き上げを言語化したい!! これが私の次の戦いになった。ところが、この試みはうまくいかなかった。というのも、大学院の授業で舞踊の講義を受けた時のこと、自らもバレエダンサーとして活躍した経歴を持ちながらスポーツの研究をしているという先生に出会えた。この人なら引き上げのことを知っているかもしれない!と数年ぶりに鼻息荒く、メールを出してみた。すると、「引き上げという感覚はダンサーの誰もが持っている感覚ですが、科学的には証明されていません」という趣旨のご返信を頂いた。そう、何千、何億というダンサーがいながら、引き上げの感覚はまだ言語化されていないどころか、科学的に未解明だったのである。これが先の煮え切らなさの正体。
 しかしながら、ダンスという感覚に頼った身体表現を言語化する難しさにはロマンがある。そう考えるのは私だけではない。世界的日本人ダンサー、七類誠一郎さんは『黒人リズム感の秘密』を10年以上前に出している。
 
「黒人のリズムは先天的なものだ」という常識の中に一石を投じた約300ページに渡る名著である。小学生の時、懐かしの某リズムゲームで友達に負け、私にはリズム感がないのだと猫背な背中をさらに丸めて肩を落とした。しかし、この本によればトレーニングで身に付く後天的なものであるという。しかも、幼稚園児にもできることだと書いてあるので、ちっちゃい子に負けないぞと思った大人げない私には朗報である。
 もう一つ、ダンスを漫画で表現した本を紹介したい。珈琲さんの『ワンダンス』である。ダンスやバレエが題材の漫画は他にも多数あるが、この漫画はダンスの動きを緻密に、でもかっこよく絵で表現しているところが魅力的である。作者本人もダンサーなので、登場人物の言葉に説得力を感じるし、夜の公園で地面に這いつくばりながらブレイクダンスの技を練習する地道さとか、華やかな舞台の厳しいオーディションの裏側まで描いているところがリアリティを帯びていてとても引き込まれる。主人公は吃音で悩む男子高校生カボくん。言いたいことが伝わらない時少しだけ猫背だった彼が「ダンスで会話する」手段を身につけていく姿に、読んでいて心揺さぶられる。きっとこれを読んだらダンスしたくなる一押しの漫画である。

 最後に一つ、私がダンスをやっててよかった!と思った瞬間。それは身長が伸びたことである。先日の健康診断で24歳なのに約1センチ記録を更新した。どうやら、猫背が治ると1〜2センチ伸びるらしい。高校生の時から数えると5センチほど伸びた。私はどれほどひどい姿勢だったのか、言葉にならない。もし、身長を伸ばしたい、または猫背に悩んでいる人がいたら、ぜひ胸を張ってダンスをお勧めしたい。
 
  • 七類誠一郎
    『黒人リズム感の秘密』
    郁朋社
    定価2,200円(税込)購入はこちら >
  • 珈琲
    『ワンダンス 1〜6』
    講談社アフタヌーンKC
    定価693〜748円(税込) 購入はこちら >
 
P r o f i l e
 

木村 真央(きむら・まお)

お茶の水女子大学大学院修士2年生。踊れる歴女になるのが目標。写真写りを学んだのもダンスのおかげ。ちなみに高校の時は体育の評定は5段階中の2でしたが、夜の22時に側転ができるぐらい運動神経が育ちました。これで老後の足腰は心配いらなさそうです。

*「気になる!○○」コーナーでは、学生が関心を持っている事柄を取り上げていきます。


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