音楽のいずみ③

2021年を彩る音楽の祭典

 2021年の夏、世界が注目するスポーツの祭典が日本で行われました。実は、クラシック音楽界でも世界的な祭典が開催されるのです。その名も、ショパン国際ピアノコンクール! 5年に一度、ポーランドで行われているピアノコンクールで、世界で開催されているピアノコンクールの中でも最も古い歴史を持つコンクールと言われています。本当は昨年に行われる予定だったのですが、新型コロナウイルスの影響で1年延期され、今年になりました。出場者は16歳以上30歳以下という年齢制限があるため、世界各国から才能ある若手ピアニストが一同に集います。まさに、ピアノのオリンピック。今回は、そんなショパンコンクールの魅力やこぼれ話をご紹介していきます! 
 ショパンコンクールの歴史は古く、1927年、ショパン(1810-1849)の祖国であるポーランドのワルシャワで初めて開催されました。課題曲はショパンのピアノ楽曲のみ。大会を通して特定の作曲家の作品を弾く、というのは他のピアノコンクールにはない制約で、ショパンコンクールの一番の特徴です。おそらく、何人かの読者の方は「みんな同じ曲を弾くのだったら同じような演奏になってしまうのでは?」と感じると思います。ピアノの演奏は料理と同じです。楽譜は料理に例えるならレシピ。何人かが同じ素材、同じレシピ通りに作ってもやはり味は違うはずです。例えば、ペペロンチーノは唐辛子とオリーブオイルというシンプルな素材で味付けを行いますが、料理する人によって味が変わります。このように、同じ楽譜を使用していても演奏者によって演奏が全く異なるのは面白いものです。
 今まで計17回開催されてきたショパンコンクールですが、今では「巨匠」と呼ばれる偉大な演奏家を多く輩出してきたことから、若手ピアニストの登竜門でもあります。そのため、全部で6回の厳しい審査によって優勝者が決まります。1位が「該当なし」になる年もあるほど、審査員も甘くはありません。1927年に行われた記念すべき第1回では、交響曲≪革命≫などで知られるロシアの作曲家ショスタコーヴィチ(1906-1975)が入賞を果たします。日本人の初出場は第3回の1937年。原智恵子さんは惜しくも入賞を逃したのですが、この結果に激怒した聴衆が警官隊を巻き込むほどの騒ぎを起こした結果、原さんに特別聴衆賞が与えられたという逸話が残っています。同じく日本人出場者に関して紹介すると、1970年の第8回に内田光子さんが日本人ピアニストとして歴代最高位となる第2位を受賞します。内田さんは2011年と2017年にアメリカ音楽界最高の名誉とされるグラミー賞を獲得しています! 
 では、ショパンコンクールに関するこぼれ話も紹介していきます。1960年に開催された第6回ではイタリアからやってきた若干18歳の青年、マウリツィオ・ポリーニが審査員全員一致で優勝します。なんと彼は審査員の一人に「今ここにいる審査員の中で、彼より巧く弾けるものが果たしているであろうか」と言わしめてしまうほどの才能を持っていました。彼の名盤は『ショパン:練習曲集』。難曲中の難曲と言われる《練習曲》を完璧なテクニックで弾いたこの録音は、プロやアマチュアを問わず多くの人を驚愕させました。ポリーニの5年後に優勝杯を手にするのはアルゼンチンから出場した美女、マルタ・アルゲリッチ。彼女の演奏は圧倒的にパワフル、かつ情熱的であることが特徴です。女性初の優勝者となりました。そんな彼女がコンクールの審査員を務めた1980年。ある事件が起こります。ユーゴスラヴィアからやってきた22歳のピアニスト、イーヴォ・ポゴレリチが予選で演奏を披露した際、彼のあまりに型破りな演奏に多くの審査員が難色を示した結果、彼は落選してしまいました。その時、ポゴレリチの演奏を絶賛していたアルゲリッチは「彼は天才よ!」と猛烈な抗議をし、審査員をボイコットするという事態になったのです。アルゲリッチはその後20年間、審査員の席に戻ってくることはありませんでした。この一連の流れは「ポゴレリチ事件」と呼ばれ、ショパンコンクールの歴史の中でも大きなスキャンダルとなりました。審査員も超一流の芸術家。彼らの中でも激しい火花が飛び散ることも容易に想像できます。
 さて、いよいよ10月からショパンコンクールの本大会が始まります。夏に行われた厳しい予備予選を勝ち抜き、出場するピアニストは87名。そのうち日本人ピアニストは14人が出場します。国別の出場者数を比較してみると、中国、ポーランドに続いて多いです! あまり知られていないことかもしれませんが、世界から見て日本はピアノ大国であるため、才能を持ったピアニストの方が沢山いらっしゃいます! 
 今年は皆さんがどのような演奏を披露するのか、そして日本人初の優勝者は出るのか、とても楽しみです! 
 
P r o f i l e
戸松 立希(とまつ・たつき)

慶應義塾大学4年生。クラシックピアノが趣味ですが、聞いている音楽はロック、ジャズ……といわゆる雑食系。布袋寅泰に憧れて、そろそろエレキギターを始めようかなぁと思っています。


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