おいでませ、フランス文学の世界へ②

Qui est-ce << L'etranger >> ?
〜「異邦人」はどちら様?〜

Bonjour! ça va?
  皆さんお元気ですか? 私は正直だいぶ疲れています……。というのも今年、夏の名古屋は猛暑なのです(文章執筆時は7月下旬です)。天気が晴れだと心も明るくなるはずですが、ここまで暑いと倦怠感でいっぱいです。迂闊に外出すると、ぼーっとして事故を起こしそうなので気をつけたいものです……。そんな私が今回ご紹介する本は、カミュの『異邦人』です。実はこの小説、裏表紙や帯に思い切りネタバレが書いてあります。通常、読む前から内容を知っていたら面白さが半減してしまいますが、なぜ異邦人はこのようなスタイルを取っているのでしょう……?
 ではその気になる作品内容ですが、主人公の青年ムルソーが母親を亡くす場面から始まります。彼は涙を見せずに葬式を執り行い、さらに翌日には海水浴に行き、ある女性と関係を結びます。その後もムルソーは映画を見たり、遊んだりとごく普通な生活を送るのですが、ある日友人の女性関係がきっかけで、自分とは直接関係ない男性を殺害してしまいます。ムルソーは逮捕・収監されて、裁判にかけられます。彼は罪の動機について、弁解するでもなく「太陽のせいで殺人を犯した」と答えるのみ。冒頭の行動も相まって奇怪な殺人鬼と判断された彼は、死刑判決を受けるのでした……。
  さて、通常の小説では、オチを知っていたら面白くない気がします。しかし、本作『異邦人』は事前に展開を知っているからこそ面白く読めるのです。あらすじだけを読むと、主人公ムルソーは冷たくて奇怪な人間に思われるかもしれません。彼の行動は、多くの人が予想するものとは異なっているからです。特に私としては、彼が友人のために見ず知らずの第三者を殺害したこと、裁判で殺人の動機を「太陽のせい」だと主張したことが非常に不思議でした。
 しかし、いざ小説を読んでみると彼の奇妙な印象は一転してしまいました。あらすじではムルソーの行為の結果しか書かれないばかりに、彼は奇人に思われるのですが、小説本文では彼の感情や思考がある程度語られています。そこで注目すべき点は、彼が物語を通して何事に対しても深く考えずに行動していることです。彼はなんとなく生活して、なんとなく遊んで、なんとなく事件に巻き込まれているのです。ところで私達の中で、毎日明確な理由を考えて一つ一つの動作を行う人はどれほどいるのでしょうか。殆どの人はある程度なんとなく生きていると思います。そう、作中のムルソーは、私たちの生活を映し出したような存在なのです。いやいや、なんとなくでは殺人を起こさないだろう、という意見が出そうですが、現実の過失致死事件などを鑑みると、特別な意思がなくても殺人行為が成り立つことが多々あります。ムルソーの場合、友人に乗せられてピストルを持たされ、太陽が暑すぎて意識が朦朧とし、うっかりピストルの引き金を引いてしまいます。彼の行動は計画的な犯行ではなく殆ど事故なのです。そんな彼が法廷に呼び出されたら、殺人動機を聞かれても何も言えなくて当然でしょう。彼が「太陽のせい」と言ったのは、奇行というよりもむしろ正直者なだけなのです。またムルソーは、母親の死に対して冷淡だったと追及されて、残忍な殺人鬼の烙印を押されてしまうのですが、彼はそんなにも冷淡だったのでしょうか。確かに、母親が亡くなった時の悲しみの深さは計り知れないものでしょう。とはいえ、人間は悲しいとき必ずしも涙を流すという決まりはありません。涙の有無など、悲しみ方は人それぞれなのです。このように考えていくと、ムルソーはごく普通の流されやすい青年なのに、一つの事件がきっかけで様々な行為がマイナスイメージに結びつき、最終的には恐ろしい奇人になってしまいました。これぞ世の中の不条理だなと私は少し恐ろしくなりました。令和以降、巷では「普通とは何か」とか「個の時代」とか言われていますが、この「異邦人」では倒錯的に、「変わっているとは何か」を私たちに教えてくれるでしょう……。

 いかがでしたか? カミュというと、最近はコロナ騒動によって『ペスト』が注目されていますよね。実は、『ペスト』の終盤では『異邦人』の裏話が書かれているので、『異邦人』を読んだ方は、ぜひこちらもご一読くださいね!
ではまた! A bien tot!
 

今回ご紹介した本

  • カミュ
    〈窪田啓作=訳〉
    『異邦人』
    新潮文庫
    定価539円(税込)購入はこちら >
  • カミュ
    〈宮崎嶺雄=訳〉
    『ペスト』
    新潮文庫
    定価825円(税込) 購入はこちら >
 
P r o f i l e
岩田 恵実(いわた・めぐみ)

名古屋大学4年生。今夏は東京オリンピックを満喫しました。私が応援した選手はその試合で負けることが多い気がして一瞬リアルタイム観戦を躊躇しましたが、そんなことは全く関係なく連日メダルラッシュでよかったです。おかげで私は試験ラッシュの中でテレビ廃人でしたが。


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