Reading for Pleasure No.47

育たなかった子ども

水野邦太郎
 私は大学2年生のとき一般教育の必修の英語の授業でThe Child Who Never Grewというタイトルの本を読みました。その本を、それ以来30年以上もの間、大学時代に出会った思い出の本として大切にしてきました。大学の授業で買わされる教科書というと、特に英語の授業の教科書は、内容は面白くなく、授業中に訳して問題を解いて定期試験が終われば捨ててしまうのが一般的だと思います。私にとってこの本だけは、大学卒業後も捨てられない本でした。それから、結婚して親になり、ある日、書棚を眺めていたとき、この本を見つけました。そのとき、この本と大学生のときに出会えたこと、手元に置いておいて再会できて本当に良かったと思いました。そのような私の人生とって大事な一冊を紹介いたします。

 著者は、米国初のノーベル文学賞を受賞したパール・バックです。本書は、フィクションではありません。作者の体験記です。彼女は一人娘である Carol が4歳の頃、娘の知能がせいぜい2歳以上には育たないことを知ります。

 She is forever a child, although in years she is old enough now to have been married and to have children of her own — my grandchildren who will never be.

 その後、パール・バックが自分の経験と思索を1950年に the Ladies’ Home Journal に発表するまでに約26年の歳月が費やされています。発表することを決意したときの心境が、冒頭で次のように語られています。

 I have been a long time making up my mind to write this story. It is a true one, and that makes it hard to tell.

 この最初の一行は、次のように解釈できます。I have 「私は、今現在、持っている」→ どのようなことを持っているかというと → been a long time making up my mind 「長い間、何度も、何度も、決心しようと思った」という事実を → to write this story この物語を書くということに「心を向けて(to)」。ここに、彼女が自らの実体験を振り返り、長い年月を通して積み重ねてきた精神的苦闘を読み取ることができます。

 Several reasons have helped me to reach the point this morning, after an hour or so of walking through the winter woods, when I have finally resolved that the time has come for the story to be told.

 いくつもの理由が、長い年月にわたって後押しして (helped me)、今こそ書くべき「時」がやって来たのだと、今朝、彼女は書く決心に至りました(to reached the point this morning)。

 Some of the reasons are in the many letters which I have received over the years from parents with a child like mine. They write to ask me what to do. When I answer, I can only tell them what I have done. They ask two things of me: first, what they shall do for their children; and, second, how shall they bear the sorrow of having such a child?

 書く決意をしたいくつかの理由とは、自分の娘と同じような子どもを持つ親からもらった手紙の内容にありました。その親たちは、二つのことを彼女に質問してきました。一つは、子どものために親として何をすべきかということ、もう一つは、知的障害を背負った子どもを育てるという悲しみにどのように耐えていったらよいかということです。

 これら二つの質問に対してパール・バックがどのように答えているかが、本書を通じて語られています。その答えを、私は大学生のときに読んだときはよく理解できませんでした。しかし、いま二人の娘の父親として読み返すと、彼女の精神的苦闘と精神力の強さを彼女の文章から感じ取ることができます。
 

今回ご紹介の本

  • Pearl S. Buck
    The Child Who Never Grew
    Open Road Media購入はこちら >
  • パール・バック
    〈伊藤隆二=訳〉
    『母よ嘆くなかれ』
    法政大学出版局
    定価1,760円(税込) 購入はこちら >
 

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P r o f i l e

水野 邦太郎(みずの・くにたろう)

千葉県出身。江戸川大学メディアコミュニケーション学部教授。博士(九州大学 学位論文.(2017).「Graded Readers の読書を通して「主体的・対話的で深い学び」を実現するための理論的考察 ― H. G. Widdowson の Capacity 論を軸として ―」)。茨城大学 大学教育センター 総合英語教育部准教授・福岡県立大学人間社会学部准教授を経て、2018年4月より現職。

専門は英語教育学。特に、コンピュータを活用した認知的アプローチ(語彙・文法学習)と社会文化的アプローチ(学びの共同体創り)の理論と実践。コンピュータ利用教育学会 学会賞・論文賞(2007)。外国語教育メディア学会 学会賞・教材開発(システム)賞 (2010)。筆者監修の本に『大学生になったら洋書を読もう』(アルク)がある。最新刊『英語教育におけるGraded Readersの文化的・教育的価値の考察』(くろしお出版)は、2020年度 日本英語コミュニケーション学会 学会賞・学術賞を受賞。

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