世界の本棚から⑪


 

Project Hail Mary

 生物学の最先端研究から身を引き中学校教師として働くライランドが、突然地球を救うミッションに抜擢され、宇宙船に乗って太陽系の外に送り込まれることに。しかし飛行中の強制睡眠から目覚めてみると、同僚の宇宙飛行士二名は死亡し彼自身はミッション内容どころか自分の名前すら思い出せない記憶喪失だった。
 やがてライランドに断片的な記憶が戻る。太陽エネルギーを食いつぶし、地球の気温低下と人類の滅亡を引き起こす謎の生命体アストロファージが発見され、その対策方法を探るため近隣の恒星まで飛行するミッションだった。そして解決策のヒントもないまま目標に到着した彼の前に、想定外の物が現れる。
 火星に取り残された宇宙飛行士が主人公の『火星の人』(邦訳・早川書房、映画「オデッセイ」原作)を書いたアンディ・ウィアーの三作目となるSF小説。主人公が科学知識を駆使して孤軍奮闘するところは似ているが、後半の怒涛の展開はユニークでハラハラさせられる。オバマ元米大統領が2021年夏の読書リストに選んだ1冊。
 

Crying in H Mart

 わたしは母を想い突然泣き出すことがある。それはたいてい、Hマート※の売場の通路だ……そんな書き出しで始まる回想録の著者は韓国系インディーズ歌手、Japanese Breakfastことミシェル・ザウナーだ。米国でマイノリティとして育ったぎこちない子供時代、親を鬱陶しく思った思春期、ようやく親に歩み寄れそうに思えた二十代。しかし母にすい臓がんが見つかってしまう。どんなに喧嘩をしても味わい深いご飯を用意してくれた母に倣い、ザウナーは韓国料理を覚えようと思い立つ。家庭料理は母娘の思いを繋ぎ、さらにアメリカ育ちのザウナーに遠い祖国韓国を感じさせてくれる「栄養」だった。美味しそうな韓国料理が英語で表記されるとイメージが変わって面白い。
※)Hマートは本場の韓国料理に欠かせない食材や輸入調味料を揃えたアメリカのスーパーマーケットのこと。
 

Tokyo Junkie

 米空軍に所属し1962年に来日したロバート・ホワイティング氏はその後上智大学に学び、ジャーナリスト、そして、作家として活躍。日米野球の比較からヤクザを含む裏社会まで、日本社会を幅広く考察してきた。一時は「ガイジン」でいることに嫌気がさして帰国をするも、再び日本の地を踏み、日本人と結婚したホワイティング氏。今年発売された本書は自叙伝のような内容で、若くして来日しながら体験した東京の街が復興していく様子と、出会ってきた裏社会の人間などダークな体験も描いている。東京に魅了され「中毒(ジャンキー)」になった著者の体験は、日本を違った角度で見るために役立つかもしれない。
 
 
P r o f i l e

角 モナ(すみ・もな)

海外に30店舗持つ書店チェーン・紀伊國屋書店で洋書仕入に携わるバイヤー。子供のころはインターナショナルスクールで学び、洋書は日常生活の一部。

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