BOOK REVIEW
『海をあげる』(上間陽子/筑摩書房)
『報道現場』(望月衣塑子/角川新書)

海をうけとる

 

『海をあげる』
上間 陽子 著
筑摩書房
本体1,760円(税込)

『海をあげる』。このタイトルを見て、あなたの心にはどのような光景が思い浮かぶだろうか。わたしには、優しげな女性が波打ち際で、海を差し出すように、こちら側に手を伸ばしている姿がイメージされた。女性の顔はぼんやりとしか見えないが、口元は穏やかに微笑んでいるようだった。そして海は、美しく、澄んだ、エメラルドグリーンをしていた。
 しかし、いざページをめくると、そのイメージは大きく覆された。著者の上間さんは、沖縄の普天間基地近くの爆音の町に旦那さんと幼い娘さんと暮らし、若年出産をした女性の調査をされている。この本では、上間さんが調査された方をはじめとした、さまざまな苦しみを抱えた人たちのことが克明に記されている。小学生のころから父親に性暴力を受けていた女性。戦時中の沖縄で、自然壕を出て逃げた家族や親戚23名のうち4名しか生き残ることができなかったと話す女性。新基地設立のために辺野古を埋め立てることの是非を問う県民投票へ自分の住む街の住民には投票させないことを勝手に決めた市長に対し、ハンガーストライキを行った男性。そして、辺野古の海は、青く美しかった海は、基地建設のために土砂を投入された今、赤く濁っている。多くの血が流されたこの地で、新たに流れる血のように。あるいは、この地で今なお苦しむ人たちの代わりに海が流す血の涙なのか。
 赤く濁った海のそばで立ち尽くす女性、他人の苦しみに耳をすませ、痛みを一緒に抱えてくれるこのとても優しい女性は今、どんな表情をしているのだろう。この海は、この人がきいてきたたくさんの苦しみは、1人で持てるようなものではない。この本に触れ、この人の声に耳をすまし、海をともに抱える存在がもっともっと増えることを、心から願っている。
 
京都大学 農学部4回生
徳岡 柚月
 

メディア仕事してる?

『報道現場』
望月 衣塑子 著
角川新書
本体990円(税込)

 僕は、この本はいい本だと思う。理由はふたつある。まず、直近で起きた社会的インパクトの大きいニュースが記者目線で追えることだ。そして、個別に問題を取り上げるだけではなく、日本社会の構造的問題という大きな視点に接続しようと試みていることだ。だから、この本は広く大学生に読まれて欲しい。
 ひとつ取り上げるとすれば、入管スリランカ人女性死亡事件。11月10日づけの新聞報道では、入管の幹部らが殺人容疑で刑事告訴されたことが伝えられた。重要なのは、単に入管で悲惨な事件が起きたことだけではない。どうして事件を引き起こしてしまうような仕組みが存在しているのか。そこまで突き詰めて調べて、人々に伝えること。そのことを望月さんは強く意識しておられると感じた。
 日本は確実に移民社会へと変わっていく過程にある。急激な人口減少を前にして、移民を受け入れることは避けられないだろう。現に在留外国人の数は年々増えているのが事実だ。しかし、公式には、日本政府は移民政策を実施していない。そのような状況で、今回の事件が起きれば、排外的なイメージがついてしまいかねない。それは私たちひとりひとりにとって大きな不利益だろう。
 だからこそ、メディアが、報道によって社会に対して問題の所在を示し、人々の声を世論として集約することが必要だ。公権力を抑制し、あるべき方向へ社会を動かす力を作ることがメディアの仕事のはずだ。
 このようにメディアは、民主主義の根幹を支える重要な役割を担っている。真っ当な報道なくしては、民主主義のための議論は、成り立たない。裏がえすと私達ひとりひとりが「あーでもない、こーでもない」と議論をするための前提に日々の報道がある。
 望月さんのような記者は貴重な存在だ。しかし、記者が批判的なのは、海外では当然のことだ。望月さんがこのような形で目立つことが示唆していることは何なのか、この本を読んで考えてみて欲しい。

 
広島大学 法学部4年生
倉本 敬司


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