おいでませ、フランス文学の世界へ③

「Entrez par la porte étroite
~狭き門より入れ~」

 今年の夏はやたら長いなあと油断していたら、あっという間に寒気が流れ込んできました。冬といえばクリスマス・お正月・バレンタインと、色んなイベントが目白押しな一方で、多くの高校3年生にとっては大事な大事な大学受験です。読者さんの大半は既に受験を経験されていると思いますが、現在高校生の方はぜひとも志望校の狭き門をくぐり抜けてほしいところです。

 力を尽くして狭き門より入れ

 これは、「新訳聖書・マタイ伝」の一説です。大きな門は、誰でも簡単に入れるが滅びの道へと通じ、狭き門は、入るまでが困難だが神の救いの道へと通じる。この言葉は、神の救済を乞うためには相応の努力をしなければならないことを示唆しています。続きには、「狭き門」は命に至る門でもあり、その道は細く、門を見いだす者も少ない、とも書かれています。さて今回ご紹介するのは、この格調高い一説から始まるフランス文学『狭き門』でございます。作者はノーベル賞受賞者で、近代フランス文学の大家のアンドレ・ジッドです。ジッドは牧師の子どもであり、その影響もあってか著作の多くは聖書の一説を題にしています。では「狭き門」の題は作中でどのように展開されるのでしょうか。

 主人公のジェロームは、幼少期に叔父の家で二人の従姉妹、アリサ(姉)とジュリエット(妹)に出会います。ジェロームとアリサは惹かれ合いますが、ある日彼は、アリサの母親の不倫現場を目撃し、さらに彼女がそんな母親の姿を見て深く傷ついていることを知ります。そこでジェロームは、生涯をかけて彼女を一切の不幸から守り抜くことを決意します(中々熱い心の少年ですね)。月日は流れ、好青年となったジェロームは、周囲の後押しもあってアリサに婚約を申し込みます。誰もが上手くいくと思いきや、当のアリサは乗り気ではありません。そしてなんと、彼女は妹のジュリエットの方がジェロームにはお似合いだと言って寄越したのです。驚愕したジェロームが彼女に理由を尋ねると、結婚を境に二人の恋心が徐々に失われていくことが心配で、今は結婚したくないと言われます。その後ジェロームは長期旅行や兵役によって度々アリサ宅を離れますが、常に彼女を恋い慕い続けます。一方アリサは、遠距離中には愛情のこもった手紙を送るのですが、いざジェロームが帰郷して再度結婚を申し込むと、やはり遠回しにそれを却下するのです。さらに、アリサはこのようなやり取りの中で段々と衰弱し、ある日突然「ジェロームとはもう会わない」と宣言します。驚きつつも納得いかないジェロームは、暫くしてから妹ジュリエットに姉のことを尋ねます。ところがなんと、彼は妹からアリサが衰弱死したと伝えられるのでした。沈みきったジェロームは、アリサが死ぬ直前まで書いていたという日記を手にします。そこには、彼女のジェロームに対する深い愛情と、その恋心を取り去って「神の道」に至ろうとする決意との葛藤が書かれていたのでしたーー。

今回ご紹介した本

ジッド〈中条省平・中条志穂=訳〉
『狭き門』
光文社古典新訳文庫 定価1,078円(税込) 購入はこちら >

 このざっくりしたあらすじでは「ジェロームがかわいそう」、「アリサは訳わからん」、「狭き門どこいった」という意見が出てきそうです。なぜアリサはこんな不可解な行動を取ったのでしょう。本文を読んでみるとアリサの気持ちはわからなくはない、と思います。世間では「カエル化現象」といって、好きな人にいざ好かれると、一気に恋心が冷めて嫌悪感さえ覚えてしまう現象を耳にしますが、アリサがジェロームを慕いながらも拒んでしまうのはこの現象に起因している気がします。この現象の原因は、自己肯定感が極端に低い人が、価値のない(と思い込んでいる)自分を好きになった相手のことまで否定してしまうことにあります。アリサも非常に自己肯定感が低く、自分と結ばれることでジェロームを貶めてしまうのではないかと悩む場面が作中で多々見られます。また、アリサは母親の不倫を嫌悪していましたが、母への否定感を子である自分に対しても抱いているように思えます。そんな彼女は、なんとか「狭き門」をくぐり抜けて、神に認められた人間として自己を受容したかったのかもしれません。しかし、そんなアリサは愛と信仰の葛藤の末に「狭き門」に入ることはできたのでしょうか。アリサの最期は実に悲痛なものでしたので、結果的には狭き門には至らず、滅びの門に入ってしまったと思います。もしも、彼女がジェロームと結婚して恋心を愛情に変えることができれば、狭き門をくぐり抜けることができたのでしょうか……。


 大学受験に限らず、各ライフステージにおいて様々な「狭き門」をくぐり抜ける必要があり、その繰り返しの先に真の「狭き門」が見えてくると思います。若輩には人生の集大成の先にある「狭き門」について語ることは到底できませんが、ひとまずは卒論を仕上げ、年明けに「力を尽くした」と言い切りたいなあ、と思う今日この頃なのでした。(執筆時11月)

ではよいお年を。 Je vous souhaite de bonnes fêtes!
   
P r o f i l e
岩田 恵実(いわた・めぐみ)

名古屋大学4年生。私は冷え性で寒さに弱いです。寒いとなんだか物寂しさを感じるので余計に辛いです。この憂鬱さをなんとかせんと温かい衣類を買って友だちと度々遊びに出かけていたら、心身温まったつもりが今度は懐が寂しくなりました。


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