カルロ・ロヴェッリ
めくるめく科学の世界へ

栗原 俊秀 Profile

カルロ・ロヴェッリ〈栗原俊秀=訳〉
『カルロ・ロヴェッリの科学とは何か』
河出書房新社/定価2,310円(税込) 購入はこちら >

 

カルロ・ロヴェッリ〈冨永星=訳〉
『時間は存在しない』
NHK出版/定価2,200円(税込) 購入はこちら >

『izumi』読者の皆さん、こんにちは。そして、新入生の皆さん、大学受験たいへんおつかれさまでした。
 皆さんは、高校時代に「物理」の授業を履修されていたでしょうか? なんとなく、『izumi』の読者は文系の学生が多いイメージがあるので、「物理」と聞いただけで悪寒がする、という人も少なくないかもしれませんね。そんな「ど文系」のあなたにこそ読んでほしい科学の本、それが、この2月に翻訳が刊行された『カルロ・ロヴェッリの科学とは何か』(拙訳、河出書房新社)です。
 著者のカルロ・ロヴェッリはイタリア生まれの物理学者。専門分野である「ループ量子重力理論」は、20世紀物理学の偉大な達成である、一般相対性理論と量子力学の統合を目指した理論です(さっそくちんぷんかんぷんな用語が出てきましたが……深入りはやめておきましょう)。この著者のユニークなところは、理論物理学の最先端で活躍しながら、人文学の諸分野にも造詣ぞうけいが深く、物理学(あるいは科学)の魅力について、文学や哲学の語彙を交えながらわかりやすく語ってくれるところにあります。
 さて、高校の物理に話を戻します。受験科目に物理を選択された方ならご記憶のとおり、高校の物理ではまず、「力学」という分野を学ぶと思います(違ったらごめんなさい。私が高校生のときはそうだったんです)。運動方程式の公式やら、エネルギー保存則やら、皆さんもいっしょうけんめい勉強されたのではないでしょうか。この「力学」という分野を確立したのが、1642年生まれの英国人、近代における——あるいは人類の歴史における——もっとも偉大な科学者、サー・アイザック・ニュートンです。高校で学ぶ「古典力学」が「ニュートン力学」とも呼ばれることは、皆さんも(たぶん)よくご存知のはずです。
 では、高校や予備校で、こんな話を聞いたことはあるでしょうか。「ニュートン力学は、きわめて厳密な意味においては、間違っている」。そうなのです。ニュートンの力学は、アインシュタインが確立した相対性理論によって、いまから100年も前に乗りこえられてしまったのです。
 え? ニュートン力学が間違っている? じゃあ、自分たちは、間違った理論を習得するために、あんな苦労を強いられたの? 力学の公式を暗記するために費やした、あの血のにじむような努力はなんだったの? ニュートンがアインシュタインによって乗りこえられたなら、どうして高校でアインシュタインの理論を教えてくれないの?
 ごもっともな疑問だと思います。ただ、ここで肝心なのは、「きわめて厳密な意味においては」という言葉の意味です。21世紀の現在でも、高層ビルやら、つり橋やらを建造する際には、相も変わらずニュートン力学が用いられています。私たちの日常生活のスケールでは、ニュートンの理論はいまなお完璧に有効、、、、、なのです。では、古典力学が破綻はたんするのはどのような場面かというと、電子はどのように振る舞うのか、とか、水星はどのような軌道を描くのか、とか、そうした(ミクロやマクロのスケールの)問題に取り組むときです。まあ、ふつうに生きている分には、ぜったいに気にすることのないテーマではあります……。
 カルロ・ロヴェッリは、20世紀の「物理学革命」によってニュートンの理論が乗りこえられたことを念頭に、次のような問いを読者に投げかけています。「科学的な知とはなんなのか? かぎりなく有効であり、しかも同時に〈間違っている〉知などというものがありえるのか?」(『カルロ・ロヴェッリの科学とは何か』より)。絶対的な「確かさ」を有していると思っていた、あのニュートン力学でさえ間違っていた。この歴史的事実は、科学はつねに間違いうる、、、、、、、、、、、科学はつねに更新されうる、、、、、、、、、、、、ということを教えています。しかし、つねに間違える可能性があるのなら、はたして科学は信用に値するのでしょうか? 心安らかに身をゆだねることのできる、絶対的な「知」のどころは、この世には存在しないということなのか……。『カルロ・ロヴェッリの科学とは何か』は、読者をこうした問いへいざなうことで、「科学的に考えるとはどういうことか」、「科学的思考の本質とはなにか」について、深く考えさせてくれる1冊です。ちなみに、数式はひとつも出てきません。どうですか? 骨のずいまで文系のあなたも、ちょっぴり読みたくなってきたでしょう?
「いや、別に、科学の知とか、ニュートン力学とか、どうでもいいし……」という「超・ど文系」のそこのあなた。では、この世界に「時間は存在しない」と言われたらどうしますか?(「別にどうもしないわ!」という返事が聞こえてきそうですが……聞こえなかったことにしておきます)。ここで言う「時間」とは、なにやら小難しい専門用語ではありません。私たちがよく知っている、過去から未来へと流れ去っていくあの「時間」です。およそ信じがたい話ですが、最先端の物理学、とりわけ、ロヴェッリの専門分野である「ループ量子重力理論」の知見に従うなら、この世界に時間は存在しない、、、、、、、、らしいのです。どういうことか詳しく知りたい方は、そのものずばりのタイトルを冠した1冊、『時間は存在しない』(カルロ・ロヴェッリ著、冨永星訳、NHK出版)という本を読んでみてもらえればと思います。「時間が存在しないだなんて、そんなことあるはずがない。だって、私は現に、時間の流れを感じているんだから」と思う方もいるかもしれません。でも、少し考えてみてください。私たちは、ふつうに生きていれば、「地球は丸い」、「地球は宇宙を浮遊している」ことに気づきませんよね? それはいったいなぜでしょうか? 答えは単純で、私たちの知覚能力、身体能力に限界があるからです。もし、地球がいまよりもずっとずっと小さかったら——『星の王子さま』の王子さまが暮らす星くらい小さかったら——地球が丸いことはすぐに体感できるはずです。だって、ちょっと歩いただけで、もといた場所に戻ってきてしまうんですから。でも、現実には、地球の大きさに比して、私たち人間はあまりにもちっぽけな存在です。だから、地球が丸いことにも、宙を浮いていることにも気づかない。時間の存在もこれと同じです。私たちは、知覚の精密さが圧倒的に不足しているために、時間が存在するように錯覚している、、、、、、、、、、、、、、、、に過ぎないのです。大地は平らであると信じていた、古代の人びとと同じように……。
 この春から、全国大学生協の書店では、河出書房新社とNHK出版の共同で「カルロ・ロヴェッリ フェア」が開かれることになっています。先に名前を挙げた『カルロ・ロヴェッリの科学とは何か』、『時間は存在しない』を含め、これまでに日本語に訳された5冊の本が一堂に会し、学生の皆さんをめくるめく科学の世界へ案内します。ぜひ、店頭で本を手にとって、自分の好奇心に合った1冊を見つけてみてください。あなたが文系でも理系でも、ロヴェッリの本を読めば、世界の見え方が変わることは請け合いです!
 
 
  • カルロ・ロヴェッリ
    〈冨永星=訳〉
    『世界は「関係」でできている』
    NHK出版/定価2,200円(税込)購入はこちら >
  • カルロ・ロヴェッリ
    〈竹内薫=監訳、関口英子=訳〉
    『すごい物理学入門』
    河出文庫/定価858円(税込)購入はこちら >
  • カルロ・ロヴェッリ
    〈竹内薫=監訳、栗原俊秀=訳〉
    『すごい物理学講義』
    河出文庫/定価1,078円(税込)購入はこちら >
P r o f i l e
●栗原俊秀(くりはら・としひで)
1983年、東京生まれ。翻訳家。訳書にアントニオ・スクラーティ『小説ムッソリーニ 世紀の落とし子』、カルロ・ロヴェッリ『すごい物理学講義』(以上、河出書房新社)、エリーザ・マチェッラーリ『KUSAMA』(花伝社)など。カルミネ・アバーテ『偉大なる時のモザイク』(未知谷)の翻訳で、須賀敦子翻訳賞、イタリア文化財文化活動省翻訳賞を受賞。


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