離島紀行
「離島から『いってらっしゃい!』」
戸松 立希

「離島から『いってらっしゃい!』」

 
小値賀島の長崎鼻。海風が心地良いです。
 2021年7月のある日。大学4年生の私は無事に就職先が決まり、ホッと一息ついておりました。大学も週に1回のゼミと卒業論文の提出のみ。そんな時、私はあることを思いつきました。「今は時間がたんまりあるから、社会人になったら行けなさそうなところに行ってみたいなぁ……」一人旅が好きな私は大学に入学してから5年間、国内外の様々な場所を訪れました。その中ではもちろんトラブルもありましたが、今となっては全てがかけがいのない思い出です。コロナウイルスが世界中で猛威を振るう前は「大学4年生になったらヨーロッパで鉄道旅をするぞ!」なんて意気込んでおりましたが、水際対策や隔離措置が厳しい今となっては、海外を旅行するのはあまり現実的ではありませんでした。そのため、日本国内で滅多に訪れなさそうな場所に行ってみようと思ったのです。
 その第1弾として選んだのは、長崎県の五島列島にある小さな島、小値賀島(おぢかじま)。泊まり込みのアルバイトに少し憧れていた私は「五島列島 求人」で検索し、小値賀島にある旅館で2週間働くこととなりました。東京から福岡まで飛行機に乗り、福岡の博多港から深夜便で5時間かけてゆっくりと小値賀島へ向かいました。仕事は朝と夜の時間帯に分かれており、午前中はチェックアウト後の部屋の掃除、夜は夕食の配膳が主でした。コロナ禍なのにもかかわらず、お客さんは満員御礼であったため仕事に精が出ます! 昼は自由時間があったので、旅館のオーナーさんから電動自転車や原付バイクを借りて島内をグルグル回っていました。小値賀島はバイクで1時間くらい走れば1周できてしまうくらい小さいのです。おすすめの場所は長崎鼻と呼ばれる突き出た岬。綺麗な海をバックに牛がゆっくりと佇む風景は、昨年訪れたニュージ—ランドの自然を彷彿とさせました。
 また、折角なので五島列島の他の島も訪れました。その中で記憶に残っているのは野崎島。世界遺産にも登録されている無人島で小値賀島から30分ほど船に乗って行くことができます。1日1便の船で野崎島に上陸したのはツアーガイドと観光客の男性と私の3人。自転車やバイク等は使えないため、汗をかきながら島内をゆっくりと巡りました。この島は江戸時代に隠れキリシタンが潜伏していたことでも知られており、至る所でキリスト教の片鱗を見つけることができます。野崎島の魅力はなんといっても、透き通った海! しかし、おっちょこちょいの私はこの時に水着を持ってくるのを忘れてしまいました。ガイドの方に「水着を忘れちゃったんですよね……」と言うと、「今日この島にいるのは僕たち3人だけなので何も着けずに入っても大丈夫ですよ!」と笑っていました。たしかに一理ある……。貴重な機会なので、生まれたままの姿で海に入ってみると、なんという解放感! まさか日本国内でヌーディストビーチのような体験が出来るとは思いませんでした。若干心許ない気もしましたが……。
 島民の方との交流も楽しい思い出でした。旅館の従業員の方が「ピアノを弾けるところを紹介してあげる!」とのことで、車で連れて行ってもらうと、なんと着いたところは個人商店。島で唯一のピアノの先生が旦那さんと営んでいる商店で、たまご売り場の後ろにドカンとグランドピアノが置いてあったのです!! 店内に響き渡るピアノで存分に遊ばせていただきました。
 2週間の楽しみも束の間、帰りの船ではお世話になった従業員の方が「いってらっしゃい!」と見送ってくれました。その夜は佐世保のゲストハウスに泊まったのですが、宿泊客は僕だけということで、オーナーさんと2人で音楽や鉄道の話などで何時間も盛り上がっていました。その時、「東京から一番行きづらい離島はどこだろう」という話になり、Googleで調べてみました。すると、小笠原諸島は週に1本しか船が運航しておらず、片道24時間もかかるとのこと。オーナーさんは「小笠原諸島は行ったことがないんですけど、すごく楽しそうですね〜」と言っており、私も心の底からふつふつと冒険心が沸き上るのを感じました。
   
野崎島の海。
崖の上からでも海の底を見ることができます!
小笠原諸島は10月も暖かいので、
気持ち良く海水浴を楽しめます!
 そして、第2弾として小笠原諸島に行くことに決めました。よくよく調べると東京の竹芝と小笠原諸島の父島を結ぶ「おがさわら丸」は毎週金曜日に東京の竹芝ふ頭を出港し、毎週水曜日に父島から帰ってくるとのこと。つまり船中泊も含めて最低5日間は必要なのです。行ける日程をいくつかピックアップし、船の運航会社に電話をしてチケットを無事に入手することができました! 出航日前日にPCR検査キットを提出し、当日は早朝から竹芝ふ頭に向かいました。竹芝港の周りはオフィス街になっており、これから仕事に向かうであろう人たちの中で、私一人だけ大きなバックパックを背負って港に向かう光景はなんとも不思議なものでした。港に着くと意外と多くのお客さんでごった返していました。それもそのはず、五島列島では毎日1便は船が運航しているのに、小笠原諸島は週に1回だけしか船がないのですから。食料品や新聞なども週に1回まとめて運ばれることを考えると、おがさわら丸は島民にとって非常に大事なものであると分かるでしょう。11時に出航し、何羽ものカモメと一緒にゆっくりとビル街から離れていきます。10分後にはレインボーブリッジの下を潜るというレア体験もできました。千葉県の館山港に寄港して、やっと東京湾を抜けたのは出航から4時間後! 意外と東京湾も広いんだなぁと感じます。
 船内はスイートからエコノミーまで6つの寝室に加えて、シャワールーム、レストランやコンビニまで完備しているため、特に困ることはありません。私が利用したのは一番安価のエコノミー。床に布団を敷いて雑魚寝をするイメージですが、コロナ禍で他の人とのスペースを確保するため、割と余裕がありました。乗船してすぐにコンビニで買った冷凍パスタを食べた後、船酔いで頭が回らなくなってしまったため、しばらく寝ることに。目が覚めたのは19時。甲板に出てみるとあたりは真っ暗。伊豆諸島よりもさらに南を進んでいるため、島の明かりなどもありません。心地よい海風に身を任せるのはなんとも気持ち良いものです。
 次の日は船内レストランで朝ご飯をしっかり食べてひと眠りすると、父島到着のアナウンスが流れてきました。ゴロゴロしたり本を読んだりしているとあっという間に24時間は過ぎていました。父島のフェリーターミナルには沢山の島民の方々が出迎えており、私が泊まるゲストハウスのオーナーさんも迎えに来てくれました。その後はとりあえず、3日分の自炊の材料とレンタルの原付バイクをゲットし、ゲストハウスへ。そのゲストハウスは港からバイクで15分くらいの所にあり、周りにお店などはありません。大自然に囲まれているので、南国の島にやってきたという高揚感がありました。今までの一人旅でいろいろなゲストハウスに泊まってきましたが、このゲストハウスの雰囲気は忘れられません。父島ではとにかく何回も海に浸かりました。海水浴場がいくつもあるのですが、それぞれ風景が異なるので全く飽きません。第2次世界大戦中に父島に流れ着いた船がそのまま残っているという変わった海岸もあります。
   
父島のゲストハウス。
夜には満天の星空を見ることができます。
人口の少ない母島では静かな海も満喫できます。
 滞在3日目には日帰りで母島も訪れました。小笠原諸島には父島、母島、兄島……と沢山の島が集まっていますが、現在も人が住んでいるのは父島と母島だけです。この2つの島は一見近いように思えますが、母島へは父島から船で約2時間かけてさらに南下します! 母島でも原付バイクをレンタルし、島内を巡りました。起伏が激しい道路が多いため、断崖から覗く綺麗な海の景色を楽しむことができます! 港からバイクで南下すること20分。ついに都道の最南端まで到達しました。ヤシの木の下で休憩していると、同じく原付バイクに乗ったおじさんと知り合いになりました。彼もひとりで小笠原諸島を訪れており、自転車旅が大好きだということで、今までの旅の話で盛り上がりました。そして、昼ご飯を買いそびれてしまった私に美味しいおにぎりを分けてくれました。
 最終日の午前中はカヌーとシュノーケリングを体験! 水中ゴーグルで海の中を見たのは初めてだったのですが、こんなに透き通った海があるのかと衝撃を受けました。ただ、初心者なので上手く息継ぎが出来ずにゴボボボボとなった時は少し焦りましたが……。カヌーで普段使わないような筋肉を動かしたこともあり、心地よい疲労感に包まれながら帰りの船に乗車しました。見どころはここから。父島では毎週船の見送りが派手に行われるのです。出航してすぐに何隻もの小型船やボートが船を追いかけ、「いってらっしゃい!」と多くの島民が手を振ってくれました。小笠原諸島を満喫しきったおかげで帰りの船では熟睡し、気付いたら東京の竹芝港に戻っていました。
   
島民の皆さんによる見送りは感動的です!
 2021年に海外旅行ができなかったのは残念でしたが、離島巡りを通して日本にもまだまだ面白い場所はあるんだなぁと気付かされました。次はいつ行けるか分かりませんが「ただいま!」と再び離島に行ける日を楽しみにしております。
 
P r o f i l e
戸松 立希(とまつ・たつき)

慶應義塾大学文学部4年生。『読書のいずみ』委員。ピアノ、筋トレ、一人旅が趣味。4月より心機一転、名古屋で社会人になります。美味しい味噌カツやひつまぶしを食べてみたいなぁ……と思う今日この頃です。


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