BOOK REVIEW
『羊の歌』(加藤周一/岩波新書)

医学部と文学部

『羊の歌』
加藤 周一 著
岩波新書
定価1,012円(税込)

 私のおすすめの本は 加藤周一さん著の、『羊の歌』である。これは医師でありながら評論家でもある著者の幼少期から終戦までの回顧録である。
 この本を知ったきっかけは、教養課程の英語の先生の薦めであった。
 著者は医学部出身だが、文学にも造詣が深く、大学在学中にフランス文学の講義に出たり、文学の活動をしたりしていた。私も歴史や文学などに興味があり、文学部を第一希望としていた時期が長かったため親しみを感じた。
 後で調べて分かったことだが、もともと文学部志望だった著者が親の勧めで医学部に進路変更をしたという点も益々自分と重なった。この本の執筆動機に「現代日本人の平均に近い一人の人間がどういう条件の下にできあがったか、例を自分にとって語ろう」とある。東京の上流階級に育ち第一高等学校、東大医学部というエリートコースを歩んだ人物の言葉ではない気もするが、自分と共通点が多い著者がどのように戦前から戦後の激動の時代を生きてきたか、非常に興味をそそられた。
 本書の中では特に幼少期から中学に上がるまでの部分が好きである。著者が自然科学に興味を持った理由について、単にそれに興味があったからではなく「世界は解釈できるもの」で「世界の構造には秩序がある」ことを知ったから、と書いてある。「私は自然科学を学んだのではなく、世界を解釈するよろこびを知ったのである」という言葉から、自分の周りを冷静な目で客観視して生きる著者の人生観が垣間見えた。本書には著者が自分を徹底した余所者として世間を見ているとも書いてある。
 後半になるにつれ、歴史背景が絡んでくるようになり、その上著者の芸術観、思想について緻密に描かれていくので、全てを理解するのは難しい。しかし、淡々とした語り口には落ち着きを覚えるので、いつも出かける時鞄に入れている。
 著者は大学時代に横光利一に難解な議論をふっかけ、文学部の学生とも対等にフランスの文学について会話している。恐ろしいほど莫大な知識を持った著者を「自分と共通点が多い」と思うのも烏滸がましいが、是非とも彼のことを理解したい。全くの偶然だが、私は今文学部で考古学の講義を受けている。
 小学校時代の理科の松本先生とのやりとりなど、優等生である矜持がところどころに見られ、そこも面白いのでおすすめである。
 
名古屋大学 医学部4年生
後藤 万由子
 
 


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