気になる! コスメ

 
 私は、世間一般から見ればコスメ好きに分類されるのではないかと思う。メイクポーチは常にパンパンだし、気になるコスメの発売日に売り場をうろついたりする。最近、よくコスメを買う店で、長年の散財が認められたのか、キャンペーンに当選してコスメセットをもらった。届いた巨大な箱には、今をときめくメンズコスメとジェンダーレスコスメがあふれんばかりに入っていた。さりげない色付きリップ、男の皮脂に特化した洗顔料。色ものが好きな乾燥肌女子としては選ばないようなコスメに囲まれて、私は考えた。メンズコスメや性別を越えて使えるコスメの台頭。私が本格的にメイクに手を出した数年前とはだいぶ勝手が違う。我々のコスメとの関係は新しい局面に置かれているのではないだろうか、などと壮大なことを考え始めてしまった。こういう時は、歴史を調べてみよう。
 ブリタニカ百科事典によれば、古くは古代エジプトで高貴な人々が性別を問わず神との近さをアピールするのにメイクをしていた。聖書でもメイクが言及されている。ものすごく大雑把に西洋社会でのメイクの趨勢をまとめると、宗教的・思想的な禁欲と綺麗になりたい人々の美意識とのいたちごっこが幾度となく繰り返され、化粧の許容と禁止が繰り返されてきた。現代の商業的なメイクの広まりは、1920年代、アメリカ社会に女性の口コミで確立されたという。
 ちなみに、『美女の歴史』という本では、書名に美女とあるものの、まれに男性の美との闘いも登場する。例えば18世紀、豪奢を極めたフランスの宮廷。夜な夜な催される宴で貴族の顔色の青白さを隠し、次の日も華やかに乱痴気騒ぎを繰り広げるために男も女も厚化粧をしていたそうだ。男性の美の追求も、歴史を辿ると珍しいことでもなさそうだ。
 一方、『化粧の日本史』という本を紐解いてみると、文化が花開いた江戸時代に関して色々な記述があった。江戸の歌舞伎役者は職業柄コスメに触れることが多いこともあり、副業として化粧品店を経営することも珍しくなかったそうだ。そして特に興味深いのは、メイクがステータスの表示に活用されていたという話だ。歴史上のメイクで有名なものに既婚女性のお歯黒があるが、眉もひと目で身分がわかるように手入れされていた。上流階級の女性は眉を書く一方、庶民女性は懐妊すると剃るなど、眉で身分や健康状態を表していた。
 また、この本は、メイクをすることやコスメを使うことは美しく見せるためだけではなく、実用的な行為でもあると指摘している。現代的な例えを挙げると野球選手がまぶしさを軽減するために目の下にアイブラックをつけることや、日焼け止めをつけることなどだろうか。身分やステータスの表示も広義では実用的な用途に含まれるといえるだろう。
 最近の日本のメイクに関しては、過去100年の日本のメイクトレンドを同じモデルの写真で解説したウェブサイトがある(資生堂「日本女性の化粧の変遷100年」)。モデルが同一人物とは思えないほど、メイクのトレンドが5年・10年単位で目まぐるしく変わっている。少し前の「モテ」メイクや「ゆるふわ」メイクも、今ではあまり見ない感じだ。メイクの流行は景気や社会情勢にも左右されて絶え間なく変わる。
 こうして「美」の歴史をかいつまむと、人間の綺麗になりたいという意識、自己表現、物理的な必要性が絡んで、時代・場所・流行・宗教・商業などに左右されながら連綿と続いてきた営みが、今私たちの前にあるコスメなのかもしれない。
 それゆえに私たちとコスメの関係は常に移り変わっている。メンズコスメやジェンダーレスコスメが出てくるのも、今まで社会の価値観によりコスメから遠ざけられていた人々がいるなら、その人たちにコスメの力が解放されるのは歓迎すべきことのように思える。そのような変化があることに対して、実際にコスメを受け入れたり活用したりするのは個人次第だと思う。興味がない、必要がない、そういった理由で全く触れないというのも一つの選択肢だろう。
 こんなにもコスメが溢れていることで、興味はあるけどどこから手をつけていいかわからないという人もいるだろう。そういう場合は、気になる肌悩みにアプローチする形で少しずつ試すことができる。乾燥が気になるならスキンケアを見直すとか、クマをカバーするのにコンシーラーを使うとか。これはもちろん肌悩みが絶対的な悪で、消失させなければいけない! ということではなく、例えば、ここぞという用事があるときに、ちょっと見栄えが気になる箇所を簡単に隠せる、そんな考え方で付き合っていくことができる。
 一方で、私のようなすでにコスメ好きの人の場合は、むしろ引き際が大事かもしれない。色々試しても補正できない部分もあるし、たくさんコスメを持っていても自分の顔はひとつしかない。どんどん新商品や高額商品を試すのではなく、いまあるもの−−自分の顔そのもの、財布が崩壊しないレベルのコスメ−−を認めて楽しめるようになりたい。現代では、SNSで誰でもメイク術や一押しのコスメを簡単にシェアできる一方で、あたかもみんな流行っているコスメや高額なコスメを使っているように見えることもある。「美」と接する機会が多いからこそ、自分の中で基準やルールを設けないと収拾がつかなくなる。
 こうやって色々と調べる過程で、そもそもなぜ私はコスメ好きなんだろう、とぼんやり思った。楽しい、テンション上がるな、というちょっとした瞬間がたくさんあるからかもしれない。やる気のない日も好きな色のコスメをまとうと、お布団に再度飛び込む確率が減り、ちょっとそこまで出かけようかなと思える。私にとって、コスメを使うことは日々に彩りが添えられる行為なのかもしれない。
そして、今後人生の色々な局面で、コスメとの付き合いは変わっていくかもしれないが、もしその時の自分に合ったコスメがあれば心強いだろう。つまりコスメは私にとってお守りみたいなものだ。願わくは、皆さんにとってもコスメが素敵な存在になりますように。
 
BOOK
  • ドミニク・パケ〈石井美樹子=監修〉
    『美女の歴史』
    創元社/定価1,760円(税込) 購入はこちら >眺めるだけで面白い、絵画・写真と共に西洋世界の「美女」の変遷をめぐった一冊。病人のように見せるのが流行ったり、逆に紅たっぷりの頬が流行ったり、時と場所で「美女」は全く違う見た目になる。

     
  • 山村博美
    『化粧の日本史』
    吉川弘文館/定価1,870円(税込) 購入はこちら >日本の化粧の通史を平易にまとめた一冊。平安時代、唐風から国風へと変化していった美。江戸時代の白・黒・赤の3色に特徴付けられた美。文明開花以降の西洋的な美。色々な価値観に彩られてきた日本の美が見える。

     
  • 劇団雌猫
    『だから私はメイクする』
    柏書房/定価1,320円(税込)購入はこちら >オタクの美意識をまとめた同人誌が書籍化。「脳に点滴を打つ」とか「美容は自尊心の筋トレ」とか、パワーワードだらけ。一人ひとりのメイク遍歴にはたくさんのストーリーが見え隠れしている。人間って面白い!
 
 
P r o f i l e
 

任 冬桜(にん・とうおう)

東京大学大学院。訳あってM3。無人島にひとつコスメを持っていくとしたら日焼け止めを選びます。夢は猫おばさんになることですが、近所の猫にいつも逃げられて切ないです。

*「気になる!○○」コーナーでは、学生が関心を持っている事柄を取り上げていきます。


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