世界の本棚から⑭

 

Pip Williams
The Dictionary of Lost Words
Vintage
ISBN:9781529113228購入はこちら >

 20世紀初頭、世界最高の英英辞典を作るべく結成された英国オックスフォードの辞書編集チーム。掲載する語句を広く一般公募し、世界各地の老若男女が送った膨大な量の用紙が編集作業部屋「Scriptorium」に集められ選別されていった。その語句が辞書掲載にふさわしい語句かどうか編集員が調べ、悩み、時には意見の相違で言い合いになることもあったようだ。

 本書の主人公エズメは幼いころに母を亡くし、辞書の編集員である父にくっついてScriptoriumに自由に出入りして遊ぶのが日課。編集長一家のメイド・リジーとも仲良くなっていた。
 ある日机の下に潜り込んで遊んでいるうちに彼女は編集員が掲載見送りにした用紙を拾い、思わずポケットに入れて持ち帰ってしまう。そこに書かれていた言葉「bondmaid」には一生を奉公に捧げる女性という意味があり、リジーの立場そのものだった。当時の辞書編集で最終決定を下していたのはみな上流階級の男性。辞書への掲載が見送られたことでリジーの存在が否定されたように感じたエズメは、女性にとって大切な言葉もあるはずと考え、編集員が捨てた用紙や、街角の女性たちの声を集めて自分だけの「失われた言葉の辞書」を作っていく。

 第一次世界大戦や女性の参政権運動といった史実にエズメの成長というフィクションを重ねた小説だが、脇役の人々こそ面白い。メイドのリジー、辞書編集のアドバイザーになったが出版記念パーティに出席できなかった実在の姉妹、女性参政権運動のメンバーたち、エズメが取材する市場の老女などがそれぞれエズメの辞書に貢献する。言葉が人の人生に与える影響を考えさせられる。

 
 

Johann Hari
Stolen Focus
Bloomsbury
ISBN:9781526620163購入はこちら >

 アメリカの大学生が一つの作業に集中できる時間は平均65秒。事務職の会社員で3分が限界だそうだ。え、それホント?とネットで調べたくなりませんか? そうするうちについでに画面で見かけた別な記事に飛び、SNSを一通りチェックし、気づけば20分過ぎていた……
 人間に本来備わる集中力が急速に削られつつある現象に警鐘を鳴らす本書。情報過多でSNSに注意をそがれがちな我々は、長く深く文章を読んで理解する力が減少し、短く単純な情報を求める癖がついている。また仕事に費やす時間の増加、睡眠不足、さらに栄養不足が脳を疲労させていく。びっくりしたのがいわゆる「ながら作業」(マルチタスク)。本人は同時進行しているつもりでも、脳は一つのことしか処理できず、一所懸命二つの作業を交互にこなしてそれらしく見せているだけで、効率アップどころかこれも脳を疲労させるそうだ。
 こうした傾向は個人のやる気の問題ではなく社会問題だと著者は言い切り、最後の結論で「集中力と深い考察が苦手な人々ばかりになって、地球温暖化などの大きな問題を解決できると思うか」と問う。大袈裟だなと思いつつハッとさせられる一冊だ。

 
P r o f i l e

角 モナ(すみ・もな)

海外に30店舗持つ書店チェーン・紀伊國屋書店で洋書仕入に携わるバイヤー。子供のころはインターナショナルスクールで学び、洋書は日常生活の一部。

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