世界像を描き直す美しき冒険
〜カルロ・ロヴェッリと翻訳作品を語る〜
栗原俊秀さん(翻訳家)



インタビュアー・文:徳岡柚月

 

カルロ・ロヴェッリとは?

栗原 俊秀 Profile

カルロ・ロヴェッリ〈栗原俊秀=訳〉
『カルロ・ロヴェッリの
科学とは何か』

河出書房新社/定価2,310円(税込) 購入はこちら >

徳岡
 栗原さんは『すごい物理学講義』、そして2月に刊行された『カルロ・ロヴェッリの科学とは何か』の翻訳を担当されていますが、栗原さん的「カルロ・ロヴェッリの魅力」について教えてください。

 

栗原
 彼がユニークな物理学者として人気を集めているポイントでもあるんですけれど、科学や物理学の話をしつつ、文学、哲学といったいわゆる私たちが「文系」と呼んでいる学問についても非常に詳しいんです。もちろん専門的な知識があるわけではないですが、若い頃からこういう分野に興味を持って、「科学と詩の対話」みたいなことをずっと意識しながらやってきている人。そういう科学についての語り口というのが、なかなか日本の科学者にはない、非常にイタリア的なものを感じるんですよね。ちゃんと現在に至るまでの歴史の流れを強く意識しながら、現時点での達成について語るというような。そういうところが、ロヴェッリの面白いところだと思います。

 

徳岡
 「科学と詩の対話」というワードがとても印象的だと感じました。

 

栗原
 そうですね。イタリアには日本と比べてかなり色々な種類の高校があるんですが、大学進学を考えている人たちは「リチェーオ・クラシコ(Liceo classico)」あるいは「リチェーオ・シエンティフィカ(Liceo Scientifico)」という文系普通科高校、あるいは理系普通科高校に通うようなんです。ロヴェッリの場合は、文系普通科高校に通っているんですよ。元々の関心がそっちの方にあるんですよね、哲学とか。だから結局物理学を専門に学び始めてからも、若い時の―― 高校生あるいは大学に入ったばかりの時の―― そちらの方面への情熱がずっと消えていなかったっていうことなのかなと。

 

徳岡
 最近文系と理系の間の距離の隔たりが指摘されていますが、ロヴェッリは両方の要素が上手く噛み合わさっているのがすごいなと感じました。

 

栗原
 そうですよね。『すごい物理学講義』の中だったかな、まさしく、科学と文学の知を分けて考えるのは愚かなことだというようなことをロヴェッリは書いていたと思います。この本で僕がすごく面白いと感じたのは、アインシュタインの相対性理論から導かれる宇宙像というのが、イタリアの詩人ダンテの『神曲』に描かれている宇宙の姿と非常に似た特徴があるとロヴェッリが言っていることです。その説明の仕方がまた面白いんですけど、平たく言うと、結局アインシュタインもダンテも宇宙を外側から見ず、常に内側から宇宙を描こうとしている。アインシュタインは3次元球面(普通の球面より次元が一個多い)という考え方を取っていて、つまり宇宙というのは3次元球面になっているから果てがなく、地球と一緒で、ずっとまっすぐ歩くと元いた場所に戻ってくると。要は、宇宙は果てがないけど有限だということなんです。そういう宇宙の構造とダンテの『神曲』の宇宙像が非常に似ている、これは残念ながらダンテ学者の中ではあまり知られていない事実らしいんです。ダンテ研究者には3次元球面とは何か理解するのはすごく難しいことなのでそれはそうですよね。ずっと文学のことを研究していた人たちですから。でも数学者にとっては納得のいく話らしくて。それで、日本にもこういう最先端の物理学解説書はたくさん出ていますし、ベストセラーも多いんですけど、こういう話をしてくれる本はなかなかないと思うんですよね。翻訳で読むことの魅力かなと思います。

 
 

科学とは何か?

徳岡
 『カルロ・ロヴェッリの科学とは何か』では、アナクシマンドロスを例に取り、当たり前から脱却することの大切さが説かれていますが、このことについて栗原さんのお考えを伺いたいです。

 

栗原
 私自身は当たり前から脱却するためになにかするということはないんですけど(笑)、ロヴェッリがどうしてアナクシマンドロスをそこまで評価するかということなんですよね。現代の科学者でアナクシマンドロスをここまで持ち上げているのはロヴェッリぐらい。一体何がそんなに新しいのかということですよね。この本に書いてあるのは、「私たちにとって下には大地があり、上には空がある」という当たり前のこと、この点に関してふつうは疑問なんて湧きようがないということなんです。私たちだって学校とかで教育を受けない限りは「実は大地が絶対的な下ではない」「地球の裏側にも誰かがいる」なんてこと考えつくはずがない。だけど、そこを疑ってみせたということなんですよね。しかも単なる思いつきを超えて、筋の通った理屈を提示してみせた。そこでロヴェッリが言うのは、世界像を描き直すのは可能だとアナクシマンドロスが教えてくれたということなんです。私たちの目に見えている世界が絶対的なものじゃないんだよということ。「世界像を描き直すのは可能だ」というのは日本の若者にとっても非常に重要なメッセージじゃないかなと個人的に思っています。全然関係ない話に思えるかもしれませんが、昔ある本で、世界を掌握するのは5%の人で、残りの95%は歯車であると書かれていて。それを読んで、もし本当に世界の構造がそうなっているのだとしたら、僕は自分の子どもに5%に入ろうとするのではなく、95%の人をどうやって助けるか、そもそもそういう仕組みになってしまっている世界をどうやって変えられるかを考えられる人間になってくれと伝えたいと思ったんです。今ある世界を受け入れてその中で勝ち組に入ろうとするんじゃなくて、そんな世界の仕組みを変えようとする。科学は世界の見え方を変えてくれるだけなんだけど、新しいことを自分の頭で考えることで世界はいくらでも変わっていく。だから今生きている世界を固定した、すでに全てが決まっているものとして見るのはよくないんだなということはロヴェッリの本を読んで私が思うことですね。

 

徳岡
 本書では宗教にもスポットが当てられていますが、どうしてキリスト教圏の国が科学大国として成り立っているのかがとても気になります。

 

栗原
 とても難しいテーマですよね。たとえばイタリアのルネサンスではジョルダーノ・ブルーノという人が教会の考えに反する宇宙論を唱えたせいで火あぶりになっちゃったんですよ。ガリレオみたいに教会の教えに逆らって真理を追究した人みたいに言われることもあるんですけど、ジョルダーノ・ブルーノは修道士なんです。だから神様を信じてなかったということはありえなくて。みんなキリスト教徒だったんですよね、骨の髄まで。ただひたすら合理的に考えて、聖書の記述と辻褄が合わないところはどう考えるべきなんだろうってことを必死に考えた。その格闘というか、どうすれば世界に一本筋を通すことができるかの悪戦苦闘から科学というものが進歩してきたということも言えるかと思います。でもキリスト教圏で科学が発展したのはなぜか、これは偶然としか言い様がないんじゃないかと私は思います。科学が爆発的に進歩する条件が揃ったときに世界で一番力を持っていたのがキリスト教圏の国々だったと。ただ本書にもあったように、中国では皇帝が運営する天文学研究所があったのに、中国の一流の学者たちは400年ぐらい前まで地球が虚空に浮いていることを知らなかったと。ヨーロッパ人は2000年以上前からわかっていたのに。それはなぜなのか、ロヴェッリが言っていたのは、師匠に反旗を翻す知のあり方が認められるかどうかということですよね。中国では、先人の思想を深めるという知のあり方しか認められなかった。でも、古代ギリシアに根を持つヨーロッパでは先人たちに反旗を翻すという知のあり方がよしとされた。キリスト教はそういうのを押さえつける方向に働きそうだから不思議な話ではありますよね。最近『チ。─地球の運動について─』(魚豊/小学館ビッグコミックス)という漫画が流行っていて、地動説について描かれているんですが、非常に面白いです。「科学とは何か」というテーマが正面から扱われていて、ロヴェッリ的だなと思います。

 

徳岡
 ぜひ読んでみます!

 
 

翻訳という仕事

徳岡
 翻訳の面白さとはなんでしょうか?

 

栗原
 私の仕事のメインは小説、文学作品なんですけれど、私にとって一番大事な作家はジョン・ファンテという人なんですよね。彼はイタリア系アメリカ人作家で、私が生まれた1983年に亡くなっているんですけど、彼の作品を訳している時の感覚は、もうほんとに、一言で喜びですよね。この作品を自分が訳せることが嬉しくて仕方ないっていう。自分が訳してきた中だけじゃなく、これまでの人生で読んできた中でジョン・ファンテが一番好きなんですよ。彼より面白い作家はいないと思っていて。そういうものを自分が訳せたっていうのがすごく嬉しい。来年また一冊訳す予定で、とても楽しみにしています。私にとっての面白い小説って、登場人物たちの声がきこえてくるんです。読んでいるときから。この人はこういう声だってカチッと決まるんですよ。あとは翻訳の時にその声を移し替えていくだけという感じです。漫画がアニメになると「このキャラはこんな声じゃない」という不満が出たりするじゃないですか。あれと似た感じがある。私が小学生の頃、『幽☆遊☆白書』(冨樫義博/集英社ジャンプコミックス)という漫画がアニメになって、女子たちが飛影とか蔵馬の声はあんなじゃないって怒っていたんですけど(笑)。それとおんなじ感じで自分の中でありありとそのキャラクターが浮かんできて、その置き換えていく作業が楽しいんですよね。だからジョン・ファンテは自分にとって一番声がよくきこえる作家で……、でもあと2、3冊訳したら彼の作品は全て訳しきってしまうのでちょっと寂しいなという思いはあるんですけれど。

 
 

大学生に向けてのメッセージ

徳岡
 最後に大学生に向けてのメッセージをお願いいたします。

 

栗原
 ぜひ私の訳した本を買って読んでほしいです(笑)。ただ、文庫になっている本が少なくて、一冊の値段が高いからハードルを感じるかも。でも小説とかをじっくり読める時間があるのはやっぱり大学生の時しかない、けど最近の学生は時間もあんまりないという……。だから私が言いたいのはあまりサブスクとかソシャゲに時間を使いすぎないように、ということですね(笑)。勉強して本を読んでゲームはほどほどに。それに尽きます(笑)。

 

徳岡
 ありがとうございました!

(収録日:2022年6月30日)

 
 

栗原さんの翻訳作品

  • カルロ・ロヴェッリ
    〈竹内薫=監修、栗原俊秀=訳〉
    『すごい物理学講義』
    河出文庫 定価1,078円(税込)購入はこちら >
  • アントニオ・スクラーティ
    〈栗原俊秀=訳〉
    『小説 ムッソリーニ 上・下』
    河出書房新社 定価(各)3,135円(税込)購入はこちら >
  • ゼロカルカーレ
    〈栗原俊秀=訳〉
    『コバニ・コーリング』
    花伝社 定価1,980円(税込)購入はこちら >
 
  • ジョン・ファンテ
    〈栗原俊秀=訳〉
    『満ちみてる生』
    未知谷 定価2,750円(税込)購入はこちら >
  • カルミネ・アバーテ
    〈栗原俊秀=訳〉
    『偉大なる時のモザイク』
    未知谷 定価3,520円(税込)購入はこちら >
 
P r o f i l e

●栗原俊秀(くりはら・としひで)
1983年生まれ。翻訳家。
イタリア国立カラブリア大学文学部専門課程 近代文献学コース卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科 博士課程 研究指導認定退学後、イタリア語作品を中心に翻訳活動を行っている。訳書に、C・ロヴェッリ『カルロ・ロヴェッリの科学とは何か』『すごい物理学講義』、A・スクラーティ『小説ムッソリーニ 世紀の落とし子』(河出書房新社)、J・ファンテ『ロサンゼルスへの道』(未知谷)、ゼロカルカーレ『コバニ・コーリング』など多数。C・アバーテ『偉大なる時のモザイク』(未知谷)で、第2回須賀敦子翻訳賞、イタリア文化財・文化活動省翻訳賞を受賞。
 

インタビュアー紹介

●徳岡柚月(とくおか・ゆずき)
京都大学修士課程1回生。栗原さんが大学・学部の先輩であるのは存じ上げていましたが、サークルの先輩でもあるという衝撃的発表から対談が始まりました。科学、哲学、翻訳と非常に奥が深いお話をたくさん伺え、本当に幸せな時間でした!
 
 


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