BOOK REVIEW
『#真相をお話しします』(結城真一郎/新潮社)

#秒速15mmの

『#真相をお話しします』
結城真一郎 著
新潮社
定価1,705円(税込)

 焼き付けるような日差しのもと、私は一心に波を見ていた。
 こんな冒頭で始まったとしたらあなたの目前に海と砂浜が上映されているかもしれない。だが文章を次のように変えるとどうだろう。私は『波』を見ていた。大学構内のベンチで『波』(新潮社、2022年7月号)を開き、伊沢拓司×結城真一郎の対談を読んでいた。これが叙述トリックだとは言えまいが、『#真相をお話します』はトリックも扱う材料も鮮度抜群。迷惑YouTuberに、パパ活問題、精子提供、リモート飲み会など、大学生には無関係でいられない話題ばかり。その意味で本作は陸の孤島や大海原の豪華客船ではない。例えばマッチングアプリであなたが昨日何気なくタップしたハートマークの向こう側に存在しうる物語だ。今日は収録短編のうち一つを紹介しよう。
 あなたがTwitterを使っている時、いいねを押すことに何のためらいがあるだろうか。「#拡散希望」はネットの集団心理をうまくテーマに落とし込んでいる。東京から長崎の離島に引っ越してきたいわゆる移住組の3家庭は子どもにスマホの利用を禁止していた。彼らの教育方針は、テレビは30分まで、ゲームも禁止。YouTubeはくだらない動画と一蹴。単なる厳しい家庭の話かと思っていたが、そこには大人が子どもたちに隠し続けていたネットの狂気があった。しかしここで終わらないのが結城真一郎氏だ。畳み掛けて明かされる真相、さらに追い打ちをかける展開。真実を知った子どもは何をするか。——YouTubeのライブ機能で恐るべき投票を始めるのだ。子どもの無邪気さが起こす犯罪とそれを消費するオトナたち。大衆という頭のない怪物に私達は加担していないだろうか。記事タイトルの「秒速15mmのイイね」とは私がイイねをするときのスピードだ。親指とスマホの距離0.3cm、タップの速さ0.2秒。秒速15mmの判断は危うい。頭のない怪物に飲み込まれないためにも、いいねを押す前にすこし立ち止まろう、そう思わせる短編だった。
 
千葉大学文学部3年生
古本 拓輝
 
 


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