リレーエッセイ
古本 拓輝(読者スタッフ・千葉大学文学部3年生)

P r o f i l e

古本 拓輝(ふるもと・ひろき)
千葉大学文学部3年生。
趣味は読書と散歩。将来の夢は芦田愛菜さんと本について語り合うこと。座右の銘は「できないからやらないはなしだから」。何にでも挑戦ということでこの度、『読書のいずみ』メンバーに加わりました。

 小説家は最初の一文に最も気を遣うらしい。文章のプロがそうなのだから、私が筆をとってみても果たして難しいものだ。「はじめまして」としようか、「こんにちは」としようか。迷っていても仕方ない。ここは一つ、私がある女性と出会った話をしよう。
 「留学生のチューターを募集します」
 大学の講堂で先生の声が響く。マレーシアから来る留学生のサポートを募集するそうだ。しんと静まり返る講堂。興味を惹かれ手を挙げる私。
 留学生はムスリムの女性。それを聞いてちょっと不安が脳裏をかすめたが、本を人生の朋としてきた私はムスリム女性との関わり方ももちろん本で調べた。左手を使わない、お酒は禁止、豚も食べてはいけない、料理はハラール。しかしながら読者諸賢が予想するように、付け焼き刃の知識は海岸にそびえる砂上の楼閣よろしくあっさりと崩れ去った。和食に誘うと、「みりんはアルコールだからダメ」らしい。ゲームセンターに行っても、クレーンゲームはNGだそうだ。礼拝の時間にも気を配ったがこれも良くなかった。女性に礼拝の有無を聞くのはデリカシーのないことだったらしい。「カラオケに行こう!」気を取り直して誘ってみるがそれも難しいようだった。結局私は、本に書かれた情報で彼女のことを知った気になっていた。あくまで書かれているのはイスラム教が何たるかであって、彼女が誰であるかということは何一つ記されていないのに……。そもそも先述の「みりんはOKか」問題も学説によって変わるし、当事者によって変わるらしいのである。本は答えを教えてくれない。ほんの少しばかりの知識と、勇気と、そして選択肢を与えてくれるだけだ。ところで、今では彼女も私の大親友だ。この前は『呪術廻戦0』を一緒に観に行ったし、8月にはAdoのライブに行く予定だ。ここまで来るのに何度も間違ってきた。けれど、誠意をもって真正面から向き合えば文化も宗教も超えられるのではないだろうか。留学生と私のお話は以上である。
 私の自己紹介になっているだろうか。いや、ならなくていいんだ。だって私の総てを一冊の伝記にしたとしても、それは私ではないんだから。であるならば1000文字に満たない自己紹介で何を知り得ようか。ひとつ知ってもらいたいのは、これは事実で、事実は私の一片であるということだ。
 

次回執筆のご指名:中川 倫太郎さん

本年度から読者スタッフに参加。前号では宇宙にまつわるショートストーリーで、今号は読書日記で腕を振るってくださいました。次号は中川さんご自身についてご紹介ください。(編集部)

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