あの頃の本たち
「誰かと本を読む」君嶋 彼方

誰かと本を読む

君嶋 彼方 Profile


角川ホラー文庫/定価607円(税込)

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 人生で、自分で選んで初めて買った本。
 鮮烈に記憶に残っている。角川ホラー文庫から出版されている、吉村達也氏の『ケータイ』という小説だ。女子中高生が惨殺される様子を、ケータイを通じて友人に聞かせるという連続猟奇殺人事件を描いた小説で、あまり初読には向かない内容だ。
 どうしてこの本を選んだのか、今まで漫画しか読んでいなかった小学五年生がなぜ小説を読もうと思ったのか、その経緯は全く覚えていない。正直言うと、小説の内容もほとんど覚えていない。
 それでも、その読書体験は昔の自分にとっては衝撃だった。
 そこから吉村達也氏にハマり、過去の作品を読み漁った。真っ黒なカバーが印象的な角川ホラー文庫に傾倒するようになった(デビュー版元のKADOKAWAに忖度するわけではなく、実際にそうだったのだ)。
 思えば、純粋に「読書」というものを一番楽しんでいたのは、この頃だったかもしれない。
 当時は気軽にインターネットに繋げることすらできなかったし、周りに読書を趣味としているような同級生もいなかった。読書体験を誰かと共有することはできなかったが、それを寂しいと思うことはなかった。ただ、純粋に気にはなっていた。自分が面白いと思って読んでいる本を、他の人は、一体どう感じているんだろう。
 中学生に上がる頃になると、我が家のネット環境は一変する。定額料金でネットを利用できるようになり、携帯電話も買い与えてもらった。そんな環境下でやってみたことはもちろん、自分が好きな作品の感想を調べる、ということだった。
 その頃はSNSではなく、ブログが隆盛の時代だった。作品のタイトルを検索欄に打ち込んで虫眼鏡のマークを押すと、必ずと言っていいほど本の感想を綴ったブログがヒットした。
 その感想を読んでは、一喜一憂していた。自分の好きな本のいいところが語られていればうんうんと頷き、貶されていれば面白かったのになと悲しむ。それでも自分じゃない人の感想というのは新たな発見もたくさんあって、読書体験を更に豊かなものにしていった。
 そこから、自分も何か感想を書きたい、感じたことを綴りたいと思うまでは、それほど時間はかからなかった。中学二年の頃、ブログを開設した。
 元々読書の他にドラマを見ることも好きで、その感想を書くためのブログだったのだが、同時に読んだ本の感想も書いていた。書評というにはあまりにもおこがましい、本当に思ったことをつらつらと並べただけのものだったが、不思議と自分の気持ちが整理され、満足感があった。
 長く続けていくにつれ、ビューアー数もそれなりに増え、他のブログ運営者との交流もするようになった。だがそれにつれ、悩みも出てくるようになった。
 本を読んでいるときに、「これはどんな感想を書こう」ということが頭をよぎるようになってしまったのだ。もちろんそんなことも忘れて熱中する本もあったのだが、やはり読み終わった後に思うのは、「この思いの丈をどうやって文にしよう?」だ。
 そうなってくると、もはや何を目的として小説を読んでいるのか、だんだんと分からなくなってくる。感想を書くために読んでいるのかとすら思えてきてしまう。なまじブログを見に来て下さる方々がちらほらといたせいで、ちゃんと更新しなければ、という謎の使命感に駆られていたというのもある。
 閲覧者がいる、という点で、もう一つ小説に対しての意識が変わってしまったことがある。それは、周りの評判を考えるようになったということだ。
 面白いと思った本があっても、周囲がつまらないと言っていると、ちょっと褒めづらい。逆につまらないと思った本があったとしても、あぁそういえばあのブロガーさんは楽しんで読んでたな、と思うと、なかなか素直な感想が書けなくなる。そうやってどんどんと雁字搦めになっていった。
 とはいえ、悪いことばかりでもなかった。ブログでの交流が増えていくと、こんなのも面白いですよと勧めてもらえたりする。他のブログで紹介していた本を、ちょっと気になって買ってみたりする。その中には自分では決して手に取らないような作品もいくつかあって、小説の世界がどんどんと広がっていった。
 今はブログはもうやっていない。その雁字搦めに嫌気が差した、というわけではない。単に感想を書く時間がなくなってしまったのだ。ただSNSにぽんと呟いたり、本の感想を調べてみたり、ということはしている。
 前のように、一人で本を読むことはなくなった。ネットの世界に入れば、誰かが一緒に本を読んでくれている。思いを共有できる。
 けれど時々思い出すのは、初めて小説を買って読んだ小学生のときのことだ。何にも捕らわれず、自分の好きなように、たった一人で読書をしていたあの頃。
 そんな思い出があるからこそ、今でも本を読むことが好きなのだと思う。

 
P r o f i l e
撮影/中林香
■略歴(きみじま かなた)
1989年生まれ。東京都出身。
「水平線は回転する」で2021年、第12回小説野性時代新人賞を受賞。同作を改題した『君の顔では泣けない』(KADOKAWA)でデビュー。最新刊は『夜がうたた寝してる間に』(KADOKAWA)。
君嶋彼方 特設サイト
https://kadobun.jp/special/kimijima-kanata/

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