気になる! 男性学

 

個人的なことは政治的なこと

 女性専用車両、レディースデイ、#Me too運動、クオータ制等々、現代社会には女性の権利を確保するための様々な動きが見られる。それらの動きに対し、SNSやメディア空間、日常会話でこんな主張を耳にする。
「男だってつらいことが沢山あるのに、こんなに女性が優遇されるのはおかしい!」
 この社会で女性優遇措置(正確には優遇というよりも「是正」)を取ることは間違っていない。なぜなら、今も昔もこの社会は、「男、めっちゃ有利なのだ。男、めっちゃ優位なのだ。」(『マチズモを削り取れ』より)。でも、「男だってつらいことが沢山ある」ということの否定を僕はできずにいる。
 男性中心主義のカウンターとして、何百年、何千年もの間にわたって英知を結集して理論を積み重ねて、少しずつ社会を変えてきた学問がフェミニズムだ。大学2年生くらいから、フェミニズム関連の書籍を読むようになった。社会の不公正を鋭く指摘し、視野を広げてくれる数々の名著たちは、僕に、ヘテロセクシャル・シス男性である自分が無自覚に有する特権性・加害者性を気づかせてくれた。
 だけど、「でも、男だって、、、」と言いたくなるときがある。男性の特権性・加害者性を認識しながら、被害者意識が湧いてくることに自己嫌悪感を抱く。
 そんな中で僕が出会ったのが男性学だ。

 

男性学とは?

 さて、今回は男性学の入り口に触れてもらおうと思いますが、一点だけ注意事項です。
「男性学」、この言葉の定義は様々ありますが、この場では「フェミニズム運動のインパクトを受けて表面化された男性性の抱える諸問題について考察する学問や活動」と定義します。つまり、男性学はフェミニズム運動の発展なしには成り立ちません。男性を抑圧するのは、フェミニズムではなく、主に男性中心主義的な社会構造です。

 

How are you? I’m not fine!!

 男だったら涙を見せるな! 男は弱音を吐くな! 男は女を守らなければならない! 等々の「男は強くあるべき」という考えを誰もが持ってしまっているのではないでしょうか。
 そういった価値観が浸透している状況は、男性が弱さをさらけ出すことを躊躇させます。ジェンダーギャップ指数が先進国で最下位にもかかわらず、日本の自殺率が女性に比べて男性が多いのは、空気に流されやすい日本の男性が、浸透する理想の男性像に囚われ、自身の中にある弱さを人に言えずにためこんでしまう傾向があるからではないかとも言われています。
男らしさの終焉』では、自分たちの考えや感覚を社会の基準にしてきた白人・ミドルクラス・ヘテロセクシャルの男たちをデフォルトマンと名付け、彼らの、ダイバーシティが進む現代に対応できなくなってきた姿を考察しています。本作の最後には、デフォルトマンが、男性中心社会が崩壊し始めていくこれからの時代を生きていくために必要な権利を提案します。
傷ついていい権利。弱くなる権利。間違える権利。直感で動く権利。わからないといえる権利。気まぐれでいい権利。柔軟でいる権利。これらを恥ずかしがらない権利。

 

なんでもない話をなんでもなく話したい

 男は論理的で、女は感情的。男は解決策を女は共感を求める。男は鈍感で女は繊細。「男=理性、女=感性」の構造に基づく非科学的言説は、至る所で女性の男性中心社会に対する抗議の声を矮小化させるために機能します。女性が抗議する様子をヒステリックという言葉で片付ける態度はその典型です。そして、これらの言説は男性に対しては、上手く整理できていない非論理的な話や、オチがない、ただ自分が感じたことの話をしづらくさせます。
 男性同士のやりとりのなかで「あいつの話ってつまんないよね」と誰かをバカにする場面や、相手が笑えるわけでも、感心できるわけでもない話をした際、茶化すように「で?だから何?」と言ったりする場面を見かけたことはないでしょうか。恥ずかしながら、僕はかなりこういった言動をしてきました。そして、誰かにすることは減ってきましたが、今でも人と話すときに「つまらないと思われたくない、相手が特に反応することがないような話をしたくない」と思ってしまいます。
 文筆家の清田隆之さんは、男性は女性に比べて日々のなかで感じたことを人と話さないため、自分の感情を整理して言語化するのが苦手な人が多いと指摘します。清田さんが10人の男性たちに仕事や生活、恋愛やコンプレックスなどについて様々な話を聞いたインタビューがまとめられた『自慢話でも武勇伝でもない「一般男性」の話から見えた生きづらさと男らしさのこと』では、自分語りをしていくなかで、自身の生い立ちや感情を上手く言葉にできずに、他者との比較や客観分析に頼る、男性の語り下手さが浮かび上がってきます。

 

男も女も男性学を学ばなきゃ

 今回は、男性学の分野で議論される問題である「弱さや感情を語りにくくさせる男性性」を紹介しました。もっとも、男性学が抱える課題は、「ホモソーシャル(男同士の絆)が生み出すミソジニー(女性嫌悪)とホモフォビア(同性愛嫌悪)」「非モテ男性が抱える劣等感とフェミサイドに陥る危険性」「トランス男性・ゲイ男性に特有の課題」「ポルノグラフィティー」等々と他にも数多くあります。
 僕たち男性は、一方では被害者として、他方では加害者として、さらには、その両方になり得る存在として各問題に向き合うことが求められます。その複雑な側面に加えて、フェミニズムと比べて理論的な積み重ねが薄い男性学を学ぶことは中々厄介な作業です。しかし、その作業は、自己の特権性や加害者性、社会にある性差別構造を認識した上で、男性が抱える息苦しさや痛みを認め、考えることを可能にします。
「男はつらいよ!」という言葉を正しく言える・聴ける社会を創造する手助けとなる男性学に性別問わず多くの人が触れてくれると嬉しいです。

 
BOOK
  • 武田砂鉄
    『マチズモを削り取れ』
    集英社/定価1,760円(税込) 購入はこちら >男性優位主義=マチズモ。社会のあらゆる場に存在する、女性を性的対象物とするか劣っている者とするマチズモ構造を指摘し、独特の文章で削り取っていく本書は痛快でありながら、自己の無自覚さにも気づかされます。

     
  • グレイソン・ペリー〈小磯洋光=訳〉
    『男らしさの終焉』
    フィルムアート社/定価2,200円(税込) 購入はこちら >グローバル化、第4波フェミニズム、LGBTQ運動。他者との共生が求められていくなかで、支配的な存在であった「男らしさ」の終焉が迫る現代社会で、男性たちが何を手放し、何を得ていくべきかを探究していく一冊です。

     
  • 清田隆之
    『自慢話でも武勇伝でもない「一般男性」の話から見えた生きづらさと男らしさのこと』
    扶桑社/定価1,540円(税込)購入はこちら >10人の男性たちの自慢話でも武勇伝でもない自分語り。読み進めていくと、「バカにされたくない」「他人より優越していたい」といった男性が隠そうとしながらも、こだわり続けてしまう「男のプライド」が見えてきます。
 
 
執筆者紹介
 

光野 康平(みつの・こうへい)

名古屋大学大学院法科大学院1年生。
趣味は、ラジオ・映画・本とインドア系ばかり。アウトドア系の趣味が欲しいです。でも、「アウトドアなことがしたい」より「アウトドアの趣味を持つイケてる自分になりたい」思いが強い今の様子では難しそうです。

*「気になる!○○」コーナーでは、学生が関心を持っている事柄を取り上げていきます。


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