卒業生のひとりごと
19.『音』というもの



「音」というものは不思議に記憶に残るようで、ふとしたときに昔聴いていた音楽が頭の中で流れ出すことがあります。音楽が流れるのと同時に当時の情景が目の前によみがえり、甘苦いような気持ちになるのです。
 一方で「人は大切な人の記憶を失うとき声から忘れていく」などと言われることもあります。記憶に残りやすくも忘れやすい、ある意味で曖昧なものが「音」というものなのかなと思うなどしている今日この頃です。
 
 

うそつきの音

森絵都
『アーモンド入りチョコレートの
ワルツ』

角川文庫/定価572円(税込) 購入はこちら >

アーモンド入りチョコレートのワルツ』(森絵都/角川文庫)は、クラシック音楽をテーマに書かれた短編集です。そこに収録されている「彼女のアリア」は、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」が主題となっており、不眠症で悩む「ぼく」と「彼女」の出会いのきっかけとなります。ちなみに「ゴルトベルク変奏曲」は不眠症患者のために作られた楽曲であると言われており、それゆえに不眠症で悩む「ぼく」はその曲を自分自身のテーマ曲のようにしていたのでした。
「ゴルトベルク変奏曲」を通じて仲良くなった「ぼく」と「彼女」は、人気のない旧校舎で様々な話をします。主な内容は「彼女」の家庭のこと。波乱万丈と表現するしかない彼女の話は、まるで作り話であるかのように面白く、「ぼく」の心をとりこにするのでした。
「彼女」の口から紡がれるのは、さながらアリアのようで、「ぼく」を魅了していきます。それは「うそつきの音」なのでした。「うそ」というのは当然のように良くないものとされていますが、時には甘美に響くものなのです。また人を傷つけるような悪い「うそ」もあれば、人を楽しませたり落ち着かせたりする良い「うそ」もあります。彼女の唇から紡がれた「うそつきの音」は、確かに「ぼく」を楽しませ、ある面では救いを与えており、良いタイプの「うそ」であったと言えるのではないでしょうか。「うそ」を甘く包み込んでいた彼女のアリアは、きっと、それはそれは甘やかに、「ぼく」に響いていたことでしょう。
 

 

虫の音

小川洋子
『不時着する流星たち』
角川文庫/定価704円(税込) 購入はこちら >

 頭の中に流れる曲は、昔どこかで聴いたことがあるものが大半ですが、時折いつどこで聴いたのかわからない正体不明の曲が流れてくることがあります。それはもしかしたら、「虫」の仕業なのかもしれません。『不時着する流星たち』(小川洋子/角川文庫)に収録されている「測量」に登場する「祖父」はある日突然目が見えなくなり、それ以来いたるところの歩数を数えて、孫の「僕」に記録させる、測量をはじめました。そのおかげで「祖父」は自由に家の中を歩きまわり、クッキーをつまみぐいすることもできるのでした。孫の「僕」からは、まるで目が見えているかのように見えるほどに。
 そんな「祖父」は言います。自分の頭の中には口笛が上手な「虫」が住み着いているのだと。その「虫」は「祖母」が亡くなって間もない頃から「祖父」の頭の中に住み着き、延々と音楽を奏でているのでした。その音楽は「いつかどこかで聴いたことがあるようでもあるし、ないようでもある。長い長い曲の一部かもしれないし、違うのかもしれない」そうで、「そうか、自分がいつも聴きたいと願っていたのはこういう音楽だったのか、と気付かせてくれるのだ、脳みその口笛虫は」と「祖父」は言います。
 もしも自分の頭の中に「虫」が住み着いたとしたら、どのような音楽を奏でてくれるでしょうか。常に流れ続けるのであれば、穏やかな曲が良いなと思いますが、あえてアップテンポな曲でも面白いのかもしれません。どのような曲であってもそれはきっと、わたし自身に寄り添ってくれるものになるのでしょう。
 ちなみにこの物語はとあるピアニストからインスピレーションを受けて作成されたものだそうです。それは一体誰なのか、クラシック音楽方面に明るい方は、予想しながら読むのも楽しいのではないかと思います。
 

 

きこえない音

くずしろ
『雨夜の月 1〜3』
講談社 ヤングマガジンKC/
定価(各)726円(税込)
購入はこちら >

 音がほとんど聞こえない世界とは、一体どのようなものなのでしょうか。「水の中にいるときのようなのではないかしら」と想像することはできても、実際のところ、耳が聞こえるわたしにはわからない世界なのです。
雨夜の月』(くずしろ/講談社ヤングマガジンKC)には、耳が不自由な少女が登場します。彼女の存在は、読者のわたしたちにも、物語の主人公の少女にも、「聞こえない世界」のことを考えるきっかけをくれます。完璧に理解することはできなくても、理解しようと心がけることはできる。聞こえない音、聞こえない声、聞こえない感情に、そっと心の耳を傾けることこそが、大切なことなのではないかと思います。
 なお「雨夜の月」とは、「現実にあることは分かっていても実際にそれを見ることはできないこと」の喩えとして使われることわざです。あるのに、ないもののようにされていること。目には見えない、大切なこと。この物語における「雨夜の月」とは一体何のことなのか、ぜひ実際に読んで確かめてみてください。
 
執筆者紹介
門脇みなみ(かどわき・みなみ)
いずみ卒業生。最近シーシャにはまっています。シーシャは二十歳になってから。

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