あの頃の本たち
「20年遅れのルーキー」宮島 未奈

20年遅れのルーキー

宮島 未奈 Profile  森見登美彦さんが『太陽の塔』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、鮮烈なデビューを飾った2003年当時、わたしは京都大学の2回生だった。
 現役の京都大学大学院生が小説家デビューしたとあって、京大生協ルネの書籍コーナーにも平積みされていた。
 わたしも『太陽の塔』を読み、友人たちと感想を話し合った。みんなが口を揃えて言ったのが、「これって、京大以外の人が読んでもおもしろいのかな?」だった。おもしろいからこそ賞を取って出版されたわけだが、そのディープな京大ネタは当事者たちを戸惑わせるに十分だった。
 森見さんもそのへんを歩いているのかしらと意識して歩いていたが、ご本人を見かけたことはない。

 金原ひとみさんと綿矢りささんが第130回芥川賞を受賞したのも、わたしが大学2回生のときだ。
 わたしは小学生のときから小説家になりたいと思っていたが、それはあくまで漠然とした夢で、さすがになれないだろうと思っていたふしがある。一応小説らしきものは書いていたのだけど、新人賞に応募するような発想はなく、ちょこちょこ書いて数少ない友人に見せるような活動をしていた。
 だから同学年のお二人が芥川賞を受賞したと言っても別世界のような話で、嫉妬のひとつも浮かばない。受賞作である『蛇にピアス』と『蹴りたい背中』を読んで、「わたしと同い年でこんな小説を書けるなんてすごいな~」と素直に感心していた。
 綿矢さんは京都出身だったから、東京から帰省してそのへんを歩いていてもおかしくないと意識して歩いていたが、ご本人を見かけたことはない。

 社会人になると、通勤電車に揺られる時間が読書タイムになった。
 中でもよく覚えているのが、三浦しをんさんの『風が強く吹いている』を読んだときの衝撃である。
 この小説は、駅伝経験のない大学生が古いアパートで共同生活を送りながら箱根駅伝を目指す話だ。個性豊かに書き分けられた陸上部員たちと、長編でありながらまったく飽きさせないストーリー展開にすっかり魅了され、電車に30分乗っていたはずが30秒に感じた。わたしにこんな小説は一生書けないだろうと思った。
 だいたい、この頃には現実が見えていて、小説家になれる人など世の中に一握りだとわかっている。わたしが新人賞を受賞できるわけないし、本を出すことなんてないだろうと考え、いつしか筆をおいてしまった。

 そんなわたしが40歳を目前に小説家デビューを果たすのだから人生わからない。わたしが現役の大学生に言えることがあるとすれば、未来のことはわからないから希望は捨てない方がいいということだ。
 30代半ばになって再び小説を書きはじめ、新人賞に応募するようになった理由はいくつかある。そのうちのひとつが森見登美彦さんの『夜行』に感銘を受けたことだ。
 『夜行』は京都の鞍馬の火祭りのあと、忽然と姿を消してしまった女性をめぐる話だ。
 少しネタバレすると、その女性は主人公と別の世界で生きている。主人公が普段生きている世界が「表」としたら、女性が生きている世界は「裏」。表と裏の世界がくるくる入れ替わるさまが、この小説最大の魅力である。
 これを読んだわたしは、京都で過ごした大学時代に森見さんとも綿矢さんとも会えなかったことに納得がいった。わたしが生きている世界が「表」だとしたら、彼らが生きている世界は「裏」なのだ。それは「スーパーマリオブラザーズ」の昼の面と夜の面のように、よく似ているようで異なる。
 ―― わたしも小説を書けば、「裏」の世界に行けるのではないか?
 そんな思いが浮かんできて、わたしは一度諦めた小説家の夢を再び追うことにした。

 2017年に小説執筆を再開したわたしは、2021年に三浦しをんさんと辻村深月さんが選考委員を務める第20回「女による女のためのR-18文学賞」の大賞を受賞し、2023年に受賞作を含む短編連作『成瀬は天下を取りにいく』でデビューを果たした。
 森見さん、金原さん、綿矢さんらのように若いうちから活躍している先輩たちと比べたら、わたしは20年遅れのルーキーだ。
 森見さんにはまだお会いしていない。森見さんと共通の担当編集者もいて、ドア一枚隔てたところまで来ている。いつかお会いしてみたいけれど、お会いしたら世界が裏返ってしまう気がして、少し怖い。
 
 
P r o f i l e
©新潮社
■略歴(みやじま・みな)
1983年静岡県生まれ。京都大学文学部卒業。
2018年「二位の君」で第196回コバルト短編小説新人賞を受賞(宮島ムー名義)。2021年「ありがとう西武大津店」で第20回「女による女のためのR-18文学賞」大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞。同作を含む『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)がデビュー作となる。

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