話題の著者に訊く!
明日がちょっと愛おしくなる小説、できました。
〜医大生作家の5年ぶりの新刊『八秒で跳べ』を語る〜
坪田 侑也(小説家)

聞き手=手賀梨々子(慶應義塾大学4年生)

 
 

坪田 侑也 Profile

著書紹介

坪田侑也
『八秒で跳べ』
文藝春秋/定価1,870円(税込) 購入はこちら >

大会前に足を怪我したバレー部の景、新人賞受賞後思うように漫画が描けない綾。悩みもがきながらも、自分の熱中することに向き合う高校生たちの姿に、胸が熱くなる。タイトルの「八秒」の意味が、最後にわかる。(手賀)

手賀
 坪田さんは医学部生ということでお忙しい毎日と思いますが、その中で小説はどのような時間に書かれているのですか。

 

坪田
 こういうコロナのご時世もあってリモート授業が多いので、実験や実習以外ではあまり大学に行くことが少ないんですよ。ですので、小説は自宅、家で集中できないときは近くのカフェ、対面の授業があるときは帰りに大学近くのカフェで書くこともあります。

 

手賀
 『八秒で跳べ』(文藝春秋)や前作の『探偵はぼっちじゃない』(デビュー作 角川文庫)の中ではカフェでの風景や学校生活の描写がリアルに描かれていますが、そこにはそういった体験が反映されているのでしょうか。

 

坪田
 学校生活に関しては高校時代のことをかなり下敷きに書いてるところがあります。高校生活の中で文章にしてみたいと感じるシーンがよくあったんです。例えば同じクラスのラグビー部の子が休み時間にずっと寝ているとか学食や購買が混雑している風景とか、そういったことをいくつか書き込んでいます。

 

手賀
 主人公の宮下景は結構クールで周りから冷めてると思われがちなタイプですが、坪田さんご自身はこの景に似ているところはありますか。

 

坪田
 あまり似てないと思いますね。僕もバレーボールをやっていますが、バレーボールの向き合い方については僕はもうちょっと熱くて、景みたいにクールで何でもこなせるタイプではないんです。ただ、景のようなタイプの人がどういった感情で部活に向き合うのかというところに興味があったので、彼を主人公に据えました。かつ、これをただの熱いスポーツ小説にはしたくなかったので、部活に向き合いその中で揺れ動くキャラクターにしたかったのです。

 

手賀
 主人公の揺れ動く気持ちは、スポーツをしていない私でも共感できる部分がありました。ほかにも真島綾という印象的なキャラクターが出てきますね。この真島綾は漫画というジャンルではありますが、坪田さんと同じ「書く人」です。綾にご自身の気持ちを反映された部分もあるのですか。

 

坪田
 そうですね。僕自身のこれまで悩んできたことや葛藤はかなり彼女に重ねていますね。前作の『探偵はぼっちじゃない』を書いたときは中学三年生のときで男子校生活真っ只中だったので、女の子を書ける自信がなく、物語にも全く出てこなかったのですが、今回女子生徒を書くことがひとつチャレンジで、真島綾はその中で生まれたキャラクターです。バレーボールについても結構自分のことを重ねて書いていますが、もう一人の主人公ともいえる彼女にも自分のことを乗せれば、今の自分にしか書けない小説になるなと思って。小説を書くうえでまだまだ技量が足りない部分があるので、補完的に自分の感じたことをそのまま書き込むことが、この作品に熱を生むのかなとは感じていました。

 

手賀
 綾の「深海」の感覚がすごく印象的でした。坪田さんが小説を書かれるときもそのような感覚がありますか。

 

坪田
 「深海」は一番自分がのめりこんで書いているときの感覚ですね。僕も前作を書いていた頃は持っていたはずの感覚なのですが、この作品が出るまでの五年の間で薄れてしまっているところもあったので、その感覚を自分も取り戻したいという思いも込めながら綾を書いていたと思います。

 

手賀
『探偵はぼっちじゃない』でもそうでしたが、今回でいえば綾や景だけでなくほかの登場人物たちもそれぞれに抱えている事情があって、誰もが主人公に据えられるような存在だなと感じました。このように、いろんなキャラクターに物語があるということは意識して書かれていたのですか。

 

坪田
 そこはかなり意識して書いています。特にバレーボール部のメンバーに関してはいくらでも記号的に―― たとえば、身長が高い、バレーボールが上手い等―― 書くことができてしまうのですが、それでは小説としての面白さ、リアリティが損なわれてしまいます。ですので、まずは意識的に一人ひとりのことをしっかり掘り下げて書いていきました。かつ「部活とは何だろう」と思いながら書き始めた小説でもあったので、それぞれのキャラクターにそれぞれの種類の部活への向き合い方を乗せましたね。そうやっていろいろなキャラクターが生まれました。

 

手賀
 それは坪田さんの身近にいる人の向き合い方も観察しながら書いていかれたのですか。

 

坪田
 そうですね。

 
 

手賀
 この『八秒で跳べ』は高校生でなくても、また私のようにバレーボールやスポーツにくわしくない人でも共感できる部分が多い小説だと思いますが、どのような読者層をイメージして書いていましたか。

 

坪田
 やはり部活で悩んだり苦しんだりしている人に届いたらいいなと思っています。特に僕自身が中高とそういうタイプだったので。「明日から頑張ろう」とまではいかなくても、明日の部活がちょっと楽しくなる、愛おしくなる小説になればいいなと。それだけでなく、部活に携わってなかったり、部活をやめた人も部活に対して嫌悪感を抱いているような人たちのことも切り捨てない物語にしたいという気持ちもありました。そういった中でたとえば浦井というキャラクターがいます。

 

手賀
 浦井の「本気で悩んだり葛藤したり、つまりなにかに夢中になっている。そういう対象がない俺からすると、君たちは異星人だ」という言葉がとても印象的でした。敢えて熱中するものを持たない浦井という人物を描いたのはそういう思いがあったからですか。

 

坪田
 高校生ってそれだけじゃないですよね。バレーに打ち込んでる、漫画を書くことに夢中になっているというキャラクターだけ出てきて、「夢中になるって素晴らしいよね」と言っている小説は嘘臭くなると思ったんです。自分ではそうじゃないことも分かっているし、そうじゃない人たちも沢山見てきましたし、それは全然悪いことでもなんでもない。むしろそういう人たちのこともしっかり書かないと嘘になってしまう、というところから浦井というキャラクターが生まれました。

 

手賀
 ご自身も中学からバレーボールに取り組まれていますから、そういう自分とは違う立場の人物を描くことは難しくなかったですか。

 

坪田
 実は、僕は高校のバレーボール部を一年生でやめているんです。それはちょうど『探偵はぼっちじゃない』の単行本が出て小説を書くことに集中したいなと思ったタイミングでした。そこからはほぼ毎日帰宅部の人たちと一緒に帰って彼らの話をいろいろ聞いたりしていたので、浦井は自分や自分の身近な人たちに近いですね。

 
 

手賀
 もうひとつ、タイトルについてですが、最初にタイトルを見て読み始めるわけですけど、私はスポーツにくわしくないので「どういう意味なんだろう」と思いながら読み進めていました。

 

坪田
 多分バレーボールをやっていても、このタイトルの意味を考える人は多いと思います。序盤に出てきた「サーブを八秒以内で打たなきゃいけない」というルールはバレーボールをやっている人ならみんな知っていることですが、書きたかったのはむしろ終盤に出てくる「八秒」のことだったので、そちらが一番このタイトルの意味を表していますね。

 

手賀
 組み立て直す「八秒」というのは、バレーボールの話だけに収まらなくて人生にも当てはまるもっと大きなメッセージだなと思いました。

 

坪田
 書く前はそこまで明確には見えていませんでしたが、書きながら「八秒」のもつ意味が主人公の変化に合わせて広がっていきました。
 バレーボールってミスがチーム全体の失点につながるスポーツなんですね。試合中にミスで落ち込んだり、考え込んでしまったりすると次のプレーに影響が出てしまうことがよくあります。バレーボールを題材に書き始めるときに最初に考えたのが、そのバレーボールの特徴をなにかこの小説に絡めて書いてみたい、ということでした。そして自分の思考をプレーの中で最適化していくというのはバレーボールにとどまらなくて、いろいろ広げていけるのではないかと思ったのです。

 

手賀
 この小説の中でも立場の違う綾が、客観的にバレーボールのルールの異質さを指摘する場面がありました。やはり、違う分野に熱中しているキャラクター同士が言葉を交わしたりするからこそ、そういう気づきがありますよね。

 

坪田
 そうかもしれないですね。やはりバレーボールを書こうとするとどうしても専門的な話になりがちなので、そうさせないためにバレーボールを知らないキャラクターを置いて、バレーボールについて質問するというシーンがどこかに必要だなと思ったんです。綾もまたなにかに夢中になって打ち込んでいるキャラクターだからこその視点でしたね。

 

手賀
 私も綾がいたからルールを理解しながら読み進められましたし、試合中の描写も今まで読んだバレーボールを題材にした小説よりイメージしやすかったです。試合中のシーンを描くときにも工夫されたことはありますか。

 

坪田
 なんだろうな、ボールの流れが分かりやすいようにしたい、そして専門用語を使いすぎない、ということですね。ボールの流れをシームレスに追うような描写にしていけば、動きが見えるかなと。あとは、読者には試合の描写で止まってほしくないので、専門用語とそれ以外の分かりやすい言葉、両方のバランスを考えながら書きました。専門用語でもセッターは大丈夫かなとか。

 

手賀
 セッターはわかってもらえそうですね。

 
 

手賀
 学生生活が忙しい中、今も小説を書くこともバレーボールも続けていらっしゃいますが、景もバレーボールを切り離さず、綾も書くことを離さずに前に進んでいきます。そうやって「一つのことを続ける」ということもこの物語の大きなテーマになっていますよね。

 

坪田
 そこは今回のテーマとしてひとつ持っていた部分ですね。僕にとってバレーボールも小説もどちらも同じように好きですが、特に小説を書くことに関しては好きとか嫌いとかではない。これって何なんだろうなという問いみたいなものは前作を出して以降ずっとありました。結構苦しみながら書いているけどずっと書き続けているし、ずっと書きたいと思うのは何なんだろうなと思っていたので、最終的にこの作品を通して、その答えにたどり着けたのではないかと思います。それが「切っても切り離せない」ということなのかと思います。

 
 

手賀
 坪田さんにとって小説を書いている時間、小説を書くというのは何だと思いますか。

 

坪田
 生活の一部ですね。自分がやらなきゃいけないことでもないし、かといってやりたいことというとまたちょっと違うけど、そういう次元を一つ抜けて、自分の生活の一部になっているのではないでしょうか。この小説の最後のほうで景のバレーの向き合い方として出てくるんですけども、それが自分にかなり近いと思っています。そういった部分で自分のことを景のバレーボールに重ねたところはあります。

 

手賀
 読者もそれぞれの人物に自分を重ねて、景にとってのバレーが自分にとってはこれだなと感じることができるかもしれませんね。

 
 

手賀
 坪田さんが小説を書き始めたのは、いつ頃からですか。

 

坪田
 小学生の頃、はやみねかおるさんの「夢水清志郎シリーズ」(講談社青い鳥文庫)を夢中になって読んでいたのですが、それで僕も「物語を書きたい」と思って小学校低学年の頃から物語を書き始めました。そこから中学生になると毎年一冊ずつ自由研究で書いて。

 

手賀
 自由研究ですか?

 

坪田
 はい。毎年自由研究があって、テーマは自由なので僕は小説を書いていました。ですから、小説を本格的に書くようになったのは中学生の頃です。

 

手賀
 私は自分が読み返すものとして日記とかを書いていますが、坪田さんは中学生の頃から周りの人に自分の文章を見てもらう機会があったのですね。

 

坪田
 小学生の頃に書いていたときは図書委員をしていて、なにか書いたら図書室に置いてくれるというシステムがあったのですが、「誰も読まないだろうなあ」と思いつつ書いて図書室に置いていました。中学の自由研究は完成した作品が一般公開で展示されるんですけど、そこでも「小説なんか読まないだろうなあ」という思いがあったので、誰かに読まれるという意識はそこまでありませんでしたね。

 

手賀
 さきほど、書くことが生活の一部とおっしゃっていましたが、読むことはされていますか。

 

坪田
 そうですね、はい。ただ読書のスピードはかなり遅いので量は多くないんですけど、読書は日常的にしてます。

 

手賀
 最近、なにかおすすめの本はありますか。

 

坪田
 この間読んで面白かったのは『未必のマクベス』(早瀬耕/ハヤカワ文庫)です。IT企業に勤める会社員の話で、犯罪小説でもあり恋愛小説でもあり、ミステリーでもありという一口でジャンル分けができない作品なのですが、ただただ小説として、そして文章がめちゃめちゃいいんです。一つのジャンルに絞れない文章のいい作品というのが僕は好きで、自分もそういう作品を書きたいなと思いますね。

 

手賀
 ちなみにこれから題材にしたいテーマやチャレンジしてみたいジャンルはありますか。

 

坪田
 自分が中学生のときに中学生の主人公、高校生のときに高校生の主人公の小説を書いたので、必然的に次は大学生を主人公とした小説で、かつもう少しエンターテインメント性のある小説を書いてみたいです。『八秒で跳べ』も『探偵はぼっちじゃない』も自分が成長していく中で書く必要があった小説でしたが、「書きたい小説」はそれとはちょっと違う場所にあって「自分が読者として読みたい小説」なので、それを模索しながらいろいろ書いていきたいなと思っています。

 
 

手賀
 それでは最後に、同じ大学生に向けて『八秒で跳べ』についてメッセージをいただけますか。

 

坪田
 高校時代を思い出してみずみずしい気持ちになってくれたら嬉しいです。部活とバレーボールを題材にしていますが、バレーボールを知らなくても部活に入っていなくても、部活を経験してない人でも楽しんでいただける小説だと思います。もしかしたら大学生にとって高校生は歳が近いので、ちょっと気恥ずかしくなってしまうかもしれませんが(笑)。もう少し歳が離れている方が一歩引いて読めるのかもしれませんね。

 

手賀
 小説を読んで高校時代をなつかしく感じますし、振り返ってみると高校はいろいろな人が集まって雑多というかおもしろい空間だったなと思いました。

 

坪田
 貴重ですよね。大学は自分と趣味嗜好が近い人や同じ考えの人とかと溜まりやすいけど、自分と全然違うタイプの人達が集まる雑多な環境というのは高校特有のものだと思うので、それをちょっとなつかしく思ってくれたら嬉しいです。

(収録日:2024年1月26日)

 
 
P r o f i l e

●坪田侑也(つぼた・ゆうや)
2002年、東京都生まれ。2018年、15歳の時に書いた『探偵はぼっちじゃない』で、第21回ボイルドエッグズ新人賞を当時史上最年少で受賞、翌年KADOKAWAより出版された。中学、高校時代はバレー部に所属。現在は慶應義塾大学医学部3年生(2024年3月現在)。
 

聞き手プロフィール

●手賀梨々子(てが・りりこ)
慶應義塾大学4年生。小説を書くことが生活の一部になっているという坪田さんの言葉を聞いた時、今作の登場人物たちの姿を思い浮かべました。ご自身の学生生活での様々な出会いや体験が、私たちの心に響く小説に繋がっているのだと感じます。授業や大学図書館のお話もできて楽しい時間でした。これからの作品も楽しみにしています。ありがとうございました。
 


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