読書マラソンWEB版 5月特別号

『幸福な王子 ―ワイルド童話全集』著:オスカー・ワイルド 出版社:新潮社

三重大学 田中利佳

三重大学
田中利佳

幸福な王子 ―ワイルド童話全集

『幸福な王子 ―ワイルド童話全集』
著:オスカー・ワイルド
出版社:新潮社

現実をきっぱり見せる本である。
題名の通り、この本は童話集である。
この童話集には9つの作品が収録されている。表題作『幸福な王子』は絵本などでも有名だ。
どの作品を読んでも、私は切なさを感じた。
特に『ナイチンゲールとばらの花』。貧しい若い学生の若い貧しい恋をなんとか成就させようと、自らの身体をも犠牲にして白い薔薇を赤く染めるナイチンゲール。しかしその恋は叶わず、赤い薔薇も捨てられてしまう。よくある話ならナイチンゲールが身体を犠牲にして薔薇を赤く染め、その自己犠牲の甲斐あって学生の恋は無事成就する、というストーリーになるだろう。しかし、ワイルドの童話はこういったベタな展開の上の上を行く。一筋縄では行かない展開には、読者の心に働きかけ、深く沁みさせる力がある。
その人のためを想って行動すればきっとその想いは伝わる、みたいな話は世間に溢れている。一方、どれだけ相手のためを想って行動するその姿がどれだけ美しくても、努力が報われる保証はなく、それどころか踏みにじられ相手に届くことすら叶わないこともまたよくあることだ。そんな美しさがただのエゴイズムにで終わることもある、と残酷さをもって示しているのだろう。それがとても切なかった。
勿論ハッピーエンドで終わる作品もある。そして9作いずれも情景描写に優れた美しい作品だ。しかし、報われない愛情や不本意な結末を持った作品は特に、いつまでも忘れず心の中に留めておきたいと感じた。

三重大学
田中利佳