たすけあい情報室 (大学関係者向け健康・安全情報)

学生の”心の病”ゼロへ

学生の”心の病”ゼロへ

【リモート座談会】誰ひとり、“心の病”に追い込まないために

約2年にわたって続いているコロナ禍は、学生たちのメンタルに想像以上のダメージを与えていることが、次第に明らかになってきています。実は、新型コロナウイルスで死亡した学生よりも、自殺で亡くなった学生の方が多い、というショッキングな事実もあります。こうした事態を防ぐために、私たちには何ができるのでしょうか。東京工業大学の安宅先生と筑波大学の太刀川先生にお話を伺いました。

(左から)

  • 東京工業大学 保健管理センター 安宅 勝弘 先生
  • 筑波大学 保健管理センター 太刀川 弘和 先生
  • 全国大学生協共済生活協同組合連合会 藤本 昌

藤井 祥子

[司会・進行]
藤井 祥子
全国大学生活協同組合連合会
全国学生委員

コロナ禍の学生の心に寄り添う保健管理施設・学生相談室の存在。

藤井:大学の保健管理施設で、先生方はどのような取り組みをされていますか。

安宅 勝弘 先生
安宅 勝弘 先生

安宅:保健管理センターの中には、心理カウンセラーの先生もいれば精神科の医師もいるので、カウンセリングを受けたい、治療を受けたいといったそれぞれのニーズに応じて対応できる体制を整えています。主に関わる役割が途中から変わるということもありますし、両方が同時並行でずっと在学中に関わっていくということもあります。そういう意味で学生支援サービスとしては、職種間での連携が大事なポイントになると思っています。

藤井:安宅先生の東京工業大学では、理工系ならではの傾向や取り組みなどはありますか。

安宅:学生の相談内容は、おのずと理工系ならではの大学生活に関連したものが多いようです。具体的にいえば、多くの学生がそれぞれ決まった研究室に所属し、限られた人数で、かなり濃密な学生生活を過ごすことになります。実験室で研究し、デスクワークをし、食事もするという、ちょっと合宿みたいな感じの生活が延々と続くことになるというわけです。人間関係がうまくいっているときはいいのですが、そこにボタンの掛け違いやすれ違いが起こると、ちょっと逃げ場がなくなってしまう環境でもあるんですね。

太刀川 弘和 先生
太刀川 弘和 先生

太刀川:筑波大学は広大なキャンパスを誇る大学で、学部も多種多様、さまざまなバックボーンを持った学生がいます。五月病になる新入生がいたり、就活前のプレッシャーに悩む先輩がいたり。結果、うつや適応障害に陥ってしまう、そういう学生が結構います。そんな彼らをケアするために、筑波大学にも保健管理センター精神科と、学生相談室という二つのセクションがあって、それぞれ連携しながらやっています。保健管理センター精神科は、筑波大学附属病院の精神科の医師が兼務しています。

いつもよりちょっと気を付けてあげる、実は誰もがゲートキーパーになれる。

藤本 昌
藤本 昌

藤本:大学生協はメンバーシップの組織なので、もっと私たちのネットワークをインフラとしてうまく活用できないものかな、と思っています。司会進行役の藤井さんもそうですけれども、大学生協の活動に参加している学生が全国に数多くいます。コロナ禍の前には、1万名以上もいたと記憶しています。学生同士が有益な情報交換も含めて気持ちが通じ合う、そんな心のネットワークづくりが今こそ必要とされているのではないかと思っています。

藤井:大学生協のアンケートには、「2~3日、声を発することがない」「生きているだけでも褒めてほしい」「大学の課題に追われていても、毎日カップ麺みたいな物しか食べていなくて」など悲痛な声がたくさん届いていました。

安宅:助けを求めて相談に来てくれる学生であればよいのですが、問題は顕在化しない、自ら相談に来てくれない事例をどうフォローするか、サポートをするかという点です。その仕組みづくりについては、新型コロナの感染拡大前から多くの議論が重ねられてきました。こうした中で、顕在化しない隠れた事例に気づく可能性があるのは、やはり教員なんですね。教員の皆さんにその役割を担っていただくためには、教員の方に対する働き掛け、レクチャーが重要です。
また、まだ大学内でのネットワークを構築できていない学生たちには、生協の方々が考えてくださっているようなネットワークづくりをする工夫、企画が必要でしょう。そもそも友達と出会っていない、仲良くなれていないという人たちは、本来だったら去年の4月、今年の4月に済ませておくべき出会いの場面を遅ればせながら改めてするくらいの気持ちでいればいいと思います。それは全然変なことではなくて、むしろ皆そうせざるを得なくなっているんだから。そのことに何か気後れすることなく、気軽にコミュニケーションが取れるようになればいいのではないか、と。
一方で、コロナであるかどうかに関係なく、人付き合いの場に、もともと苦手意識を持っている人もいるんです。そういう人たちにとっては、今のリモートとかステイホームはあまり苦ではなく、むしろストレスを感じなくていい。むしろ、これから対面の場が増えること自体のストレス対処が必要になってくる。少数派かもしれないけれども、人によって感じるところは違うんですよね。

太刀川:大学でのアンケートや意見をまとめると、学生の間で問題になっているのは「生活が困窮している」「生活が不規則になっている」「運動不足」「孤立して孤独になっている」という四つ。この中で一番心配なのが孤立と孤独です。孤立と孤独こそが自殺にとっての最大のリスクなので、いかにそれを防ぐかということが大変重要になってきます。
ゲートキーパー(自殺の危険を示すサインに気づき、適切な対応を図ることができる人のこと)のやり方で大事なのは、気付いて声を掛けて話を聞いて、適切な相談機関につなぐということなんです。しかし、孤立している学生には、なかなかアクセスそのものができません。そこでポイントになるのが、相談機関同士がつながって情報を共有するだけでなく、「以前よりもおせっかいな声掛けをする」こと。オンラインでのやりとりの中でも、お互いに「元気?」とか、「大丈夫?」とかと声を掛け合って。例えば反応が鈍いとか、以前と比べてちょっと調子が悪そうだとか、やりとりの変化がないかということを注意深く観察して、積極的に声を掛けることが必要だと思います。
また、個人的には、大学や学生にもっと自殺予防の意識を高めてほしいと思っています。現実には、新型コロナで亡くなっているよりも自殺で亡くなっている若者の方がはるかに多いのですから。

コロナ禍という世代共通の経験をこれからの人生にどう生かしていくか。

藤井:最後に、このコロナ禍を経験して、卒業して社会へ出ていく学生たちに一言メッセージをいただけませんか。

安宅:4年間のうちの半分近くが、想定もしていなかった生活様式で過ごさざるを得なくなってしまいました。残念ですが、それ自体はちょっと取り返しのつかないことです。立ち戻ってやり直すことはできません。大切なのは、その経験をこれからの人生の中でどう位置付けるか、あるいはどう生かしていくかということなんです。ただ、これは自分だけではなく、同学年で同じタイミングで学生生活を送ろうとした人たち皆が同じように経験した未曾有の事態。であれば、自分だけじゃないという経験の共有が、これからの自分の人生を切り開き、後押ししてくれるのではないか、と。新たに社会に出た時、新たな人間関係を構築するその時の人とのつながりの重要性というのが、これまでの時代の同じ年代の人たちよりも、ひときわその重要性というのが増すのかなという気がしています。

太刀川:この新型コロナウイルスの感染拡大という事態は、単なる感染症ではなく、一種の災害なのです。学生としてこのような事態を経験したのは戦後初めての世代で、ひょっとしたら2020世代と呼ばれるなど、残念ながらつらい思いをした世代の刻印として残るというか、つらい思い自体はライフイベントで残ってしまう。ただ一方で、戦後の日本が立ち直ったみたいに、被災した皆がその経験を糧に新しい時代をつくっていくかもしれません。そういったことができるような社会になるべきだし、その人たちを応援するというか、ぜひエールとして送りたいですよね。われわれには応援すべき責任があると思います。

藤本:太刀川先生から「災害」というお言葉がありましたけれども、今年は3.11から10年目でもあり、世界中で被災を体験された人同士の心がつながっていると思います。そのつながりが、新たな世界を切り開いていく力になるのだと思います。自身の被災体験から、そんなことを感じました。

藤井:本日は、たくさんのお話をありがとうございました。このインタビューが大学生のメンタルヘルスに向き合っていける力になれたらいいと思います。

profile

安宅 勝弘 先生
東京医科歯科大学 医学部 医学科 卒業(1992)

[職歴]東京医科歯科大学医学部附属病院精神神経科医員研修医(1992-1994)、東武丸山病院精神科医師(1994-1997)、東京医科歯科大学医学部附属病院精神神経科医員(1997-2001)、東京工業大学保健管理センター講師(2001-2009)、同准教授(2009-2012)、同教授(2012-)〜

[委員歴]全国大学メンタルヘルス学会、全国大学保健管理協会、国立大学保健管理施設協議会、日本スポーツ精神医学会、日本犯罪学会など

太刀川 弘和 先生
筑波大学 医学専門学群 卒業(1993)

[職歴]筑波大学臨床医学系精神医学講師(2002-2005)、茨城県精神保健福祉センター係長(2006)、茨城県立友部病院特任救急部長(2007-2008)、筑波大学保健管理センター講師(2009-2013)、同准教授(2014-2019)、同所長(2016-2019)、筑波大学医学医療系臨床医学域災害・地域精神医学教授(2019-現在)

[委員歴]全国大学保健管理協会、国立大学保健管理施設協議会、日本精神神経学会、日本うつ病学会、日本自殺予防学会、日本精神科診断学会など

藤本 昌

全国大学生協共済生活協同組合連合会

神戸大学経済学部第二課程(夜間部)卒業後、1989年大学生協神戸事業連合へ入協(就職)、1999年全国大学生協連へ、2010年より大学生協共済連へ移籍。1995年阪神・淡路大震災を被災体験。全国大学メンタルヘルス学会・個人会員。2021年6月より全国大学保健管理協会ヘルシーキャンパス運営委員。

藤井 祥子

全国大学生活協同組合連合会 全国学生委員

広島県福山市出身。2017年岡山大学文学部入学、同年岡山大学生協学生委員、2020年全国大学生協連中国・四国ブロック学生事務局(学生委員長)、2020年より全国大学生協連理事・全国学生委員。現在に至る。2021年岡山大学文学部卒業。

『Campus Life vol.67』より転載

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