たすけあい情報室 (大学関係者向け健康・安全情報)

特集 Campus Life Symposium 座談会 キャンパスに広がるたすけあいの輪 コロナ禍の今こそ問う学生相談ネットワークの意義。特集 Campus Life Symposium 座談会 キャンパスに広がるたすけあいの輪 コロナ禍の今こそ問う学生相談ネットワークの意義。

東京大学では、学生のメンタルヘルスの悪化や自殺者の増加を受け、2008年に「学生相談ネットワーク(現・相談支援研究開発センター)」を立ち上げました。ネットワークという、当時は画期的な取り組みであった学生支援の新しいカタチ。Vol.71のテーマである「キャンパスに広がるたすけあいの輪」を受けて、「いかに学生の心を支えていくことができるか」について話し合われた今回の特集座談会では、発足のキーパーソンでもあった古田元夫先生(現・日越大学学長)を中心に、当時をよく知る3人の先生方にお話を伺いました。

Symposium Member

東京大学
名誉教授
古田 元夫 先生
(2016年~日越大学学長・
全国大学生協連 前会長理事)

1968年 麻布高等学校卒業
1974年 東京大学教養学部教養学科アジア科卒業
1978年 同大学院社会学研究科国際関係論専門課程博士課程中退、東京大学教養学部助手、
1983年 助教授、
1995年 教授
1996年 東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻教授 (多元世界解析大講座現代民族動態論専攻)
2001-03年 総合文化研究科長・教養学部長
2004-05年 副学長
2009年 東京大学附属図書館長
2015年~ 名誉教授

東京大学
相談支援研究
開発センター 
教授
渡邉 慶一郎 先生

1993年 信州大学医学部卒業
1993-99年 国立精神神経センター
1999-09年 東京大学医学部附属病院
2009-13年 東京大学学生相談ネットワーク本部 講師
2013-19年 同 准教授
2019年~ 東京大学相談支援研究開発センター 教授
2015年~全国大学メンタルヘルス学会 理事、
2019年~成人発達障害支援学会 理事、
2019年~国立大学保健管理施設協議会メンタルヘルス委員会委員

東京大学 
相談支援研究
開発センター 
教授
高野 明 先生

2002年 東京大学教育学研究科 総合教育科学
博士課程単位取得 退学
2002-05年 東京大学学生相談所 助手
2005-09年 東北大学学生相談所 講師
2009-15年 東京大学学生相談ネットワーク本部 講師
2015-19年 東京大学学生相談ネットワーク本部 准教授
2019-22年 東京大学相談支援研究開発センター 准教授
2019年~日本学生相談学会 事務局長、
日本心理研修センター公認心理師試験委員

東京大学
消費生活協同組合
専務理事
中島 達弥

1998年 龍谷大学文学部卒業
2001年 京都大学生協 入協
2013-15年 京都大学生協 常務理事 就任
2015-19年 京都大学生協 専務理事 就任
2019年~ 東京大学生協 専務理事 就任

学生支援に「ネットワーク」という新しいカタチ

箱庭を使った心理療法もできる相談室
箱庭を使った心理療法もできる相談室

中島:東京大学では、2008年に学生相談ネットワーク本部を立ち上げられました。そこで発足のキーパーソンでもある古田先生に、まずはその背景や経緯についてお話をいただきたいのですが…。

古田:実は、その前年の2007年3月まで、学生担当の副学長をしていました。当時はメンタルに悩みを抱える学生、自殺者の増加などが大きな社会問題となっていましたし、東京大学でも毎年、自殺者が出るなど、その対策に苦慮していたんですね。さらには、障害者権利条約に日本が2007年に署名して、その批准の体制を整える上で、いわゆる障害者に対する合理的な配慮を大学でもきちんと考えていかなきゃいけないという大きな背景があったと思います。
東京大学としても全学的な学生支援体制の強化が求められていたので、学生相談に関わっている組織をネットワークで結び、資源を集中することになったわけです。ついては、保健センター精神科と学生相談所を統合して、がっちりした組織にするという選択肢もなくはなかったのですが、いきなりそうした組織を固めるには、少なからず無理があるので、むしろ、そういう学生相談に関わる組織をネットワークという形で緩く結んで連携体制を整えるというのが出発点としてはいいんではないかということになりました。だから、あえて名称に「ネットワーク」という言葉を使っているんです。

中島:学生支援がネットワークという形で組織化されている大学というのは、全国的に見ても珍しいことなのですか?

渡邉:かもしれませんね。でも、その後はこういう学生支援の組織は統廃合が行われ、各大学でさまざまな組み替えが起こっていますね。従来の精神科の先生が中心となって、心理の先生に治療のオーダーを出す形とは異なる新たな形を模索していたという感じでしょうか。東京大学では、学内にあるさまざまなリソースをうまくネットワーク化することで、学生支援を効率よく進める素地が出来上がりました。そういうふうに裾野を広げていかないと、こぼれ落ちてしまう人もいるので、特に重篤なケースや複雑なケースに対応するにはいい体制だと思います。
実際、保健センターの精神科の先生方と学生相談所の心理の先生方を同じ組織に入れるのは、当時かなりハードルの高いことだったんじゃないかと想像しますね。そのときのメンバーの熱意と、勢いみたいなものがあって実現したのだと思います。

高野:学生の支援は、カウンセリングだけで全て解決できるわけではありません。学内にいる専門的な知識や見識をお持ちの方々と、一緒に対応していかないと難しい事例も増えてきているように感じます。精神科の先生と心理の先生というだけじゃなくて、職員の方々もそうですし、他の支援の窓口の方々もそうです。もちろん、そういった中に大学生協さんの存在もあるわけです。こうしたことは、ますます大事になってきているのではないでしょうか。

中島:組織を確立されて以降、学内の学生の心の問題や自殺の問題が解決の方向に進み出したという実感は得られましたか?

古田:精神科の先生方と心理の先生方、それから職員の皆さん、この3者の協力体制ができたのは、東京大学学生相談のネットワーク本部誕生の一番大きな意義だったと思うんですね。やはり学生の抱える問題が非常に多岐にわたっているので、そういう意味では、いろいろな立場、いろいろな視点を持っている人がネットワークに参加することが、ネットワーク自身の価値を高めることになるのだと思います。こうした方向にこの試みが発展してきたのは、大変重要なポイントだったと思っています。

意見のぶつかり合いは良好なコミュニケーション

心に寄り添い、癒すぬくもりあふれる相談室
心に寄り添い、癒すぬくもりあふれる相談室

中島:組織の構築にはさまざまな障壁や難しい課題もおありだったのではないかと思うのですが、その点はいかがでしょうか。

古田:精神科の先生方と学生相談の心理学をバックグラウンドにした先生方の協働の必要性がこの組織の肝なのですが、お話をすれば「ふむふむ」と言って聞いていただけるのですが、やはり背景が全く違うものですから実際に動き出すまでには、まぁいろいろと…学内の隣接した領域の専門集団とネットワーク本部との関係を調整していくには、それなりにエネルギーを使ったかなという感じがしますね。

渡邉:そうですね。隣接領域の先生方にはそれぞれにポリシーがあって、やってこられた積み重ねの歴史もあるので、それと相いれないとなかなか難しいんですよね。それでも真っ向から対立すると大変なことになっちゃうんで、何とかやっていくという…。

高野:やはり、もともとの育ってきた環境が違うためか、何か一緒に仕事をするときに意見が合わないとか、なかなか相互の理解が得られにくいといったことはありますよね。そういう中で、感情的な部分が出てくることもありますけれども、そういうことも込みでいろいろなコミュニケーションができてきているのだと考えています。真剣になればそれだけ真面目に意見を戦わせることになるので、そういう点では意見のぶつかり合いはあっても互いに信頼して、一緒に仕事をしていく土台になっているという感覚はありますね。
そもそも支援者同士がいがみ合っても、それは本当に不毛な話だし、学生にとってもプラスになりません。学生のために頑張るんだという気持ちさえ底流にあれば、どんなに意見をぶつけ合ってもいいし、それのできる組織であることが大事なんだと思っています。

大学生協の価値をいかに生み出し、活用するか

清潔感あふれるインテリアが特徴のカウンセリングルーム
清潔感あふれるインテリアが特徴のカウンセリングルーム

中島:学生支援のためのネットワークの中には、私たち大学生協の存在もあると自負していますが、大学生協の役割として、どのような取り組みを期待されていますか?

渡邉:大学生協の食堂についてですが、メニューも充実していますし、栄養面においても工夫されています。また、コロナ禍でも営業して、地方の学生の食生活を支えてくださいました。それでも実際に自分で食べに行くと、「今一つインパクトを感じない」「わくわく感がない」と思えてならないんです。もちろん、おいしいんですよ。だから、これはひとえにブランド力の問題なのかもしれません。以前、ドイツの大学を訪れる機会があったんですが、ドイツの大学生協の食堂は、まさに「この食堂、結構いけてる!」みたいな、ある種の感動を与えてくれたんですね。大学生協も、そんなブランド作りにそろそろ本腰を入れてみてはいかがでしょうか?というのが私の希望です。

中島:確かに渡邉先生には以前、食べることと心の健康というのは極めて密接な関係があるので、栄養学的な部分だけではなく、心から元気になるような食べ物を提供してほしいというご助言をいただきました。

高野:食堂の話でちょっと思ったんですけれども、コロナ禍の影響なのか、最近、ハラールのメニューが少なくなっているように感じます。多様性を標榜している大学としては、さまざまなバックボーンを持つ学生にどう開かれていくのかはとても大事。食の面から多様性に触れることは、異文化を経験することにもつながりますし、その一端を大学生協さんに担っていただけたらありがたいな、と思います。
また、昨年開催された全国大学生サミットには私も参加させていただきましたが、学生同士のつながりの場を提供するこうした催しは、コロナ禍であればこそ、たいへん大きな意義を示すとともに、各方面に対して確かなインパクトをもたらしました。コロナ禍に限らず、今後もやっていただけるといいのではないでしょうか。

古田:今、私が働いている日越大学は、ベトナムにできたばかりの小さな大学です。実は、ベトナムの大学には大学生協のような組織はほとんどないんです。そういう所にいると、やはり大学生協が学内に存在していることのありがたみを痛感します。私たちの大学でもこの2年間は、オンライン授業が続き、メンタルヘルスに問題を抱えた学生が増加しました。ようやく2022年3月末から本格的な対面授業が始まりましたが、学生の孤独や孤立という状況がそう簡単には解消できていないという現実があります。
そういうとき、大学生協の食堂や店舗が学内にあることによって、授業とは異なる局面で学生同士が触れ合う機会が創出されるのは非常に意義深いことです。今や、学生自身も困難を抱えている学生の支援相談の担い手ということで、ピアサポートという役割も確立されてきています。そういう意味では、大学生協が学生支援にも積極的にコミットしていく意味というのは、非常に大きいと思っています。

コロナ前よりも、もっと良いコロナ後へ

リモート相談などにも対応
リモート相談などにも対応

中島:新型コロナという非常に大きな経験を経た今、これからの学生はもちろん、彼らを取り巻く我々に対して思うところがあれば、ぜひお聞かせください。

渡邉:学生に対して「こうあってほしい」という話をするときは、自分たちが「どうあるべきか」ということとワンセットであるべきです。そういう意味で、私自身も心掛けているのが「ネガティブ・ケイパビリティー」です。これは「すぐには答えの出ない事態に耐える力」のことですが、例えば「コロナに負けるな」といった簡単な回答じゃなくて、「つらいこともあるし、困難もあるんだけれども、そういうことも人生は含むんだ」というふうに考えること。伝えるべきこちら側に芯というか、暫定的であっても答えがある。それがあって初めて若い人にメッセージが出せるんじゃないかと思うんですね。だから、まず、私たちがどうするかということを話していかなきゃいけないというのが、自分に対する反省であり、今思っているところです。

高野:一言でいえば、コロナ前にまた戻しましょうという話ではないと思っています。むしろ、新しいステージに、どんなふうに進んでいくのかということなのかなと思います。
例えば、オンラインの会議はコロナ前にもあったシステムですけれども、コロナ禍を機にさらに便利に使いこなす術を獲得することができました。オンライン会議は、もはやコロナ禍が終わっても便利に活用されることでしょう。対面授業のよさを取り戻していくことも大切ですが、オンライン授業のよさを捨て去る必要もないわけで、両者を最適に組み合わせて、また新たな試みを通じて、次のステージにどう進んでいくかを教職員も考えなければいけないと思います。

古田:コロナを体験したということを今後の人生や生活で、積極的に生かしていくにはどうすればいいのかということをもっと考えるべきだと思います。
私事で恐縮ですが、私はコロナ禍のベトナムで仕事をしているので、日本とベトナムの間を本当に幾度となく往復していますが、この間に私が受けたPCR検査は実に三十数回に及んでいます。さらに隔離と自宅待機の期間は、延べにすると数カ月にわたると思います。われながらひどい目に遭っていると思うのですが、こうした環境が私の中にある種の強靭きょうじん性を育んでくれたようにも思うのです。
このコロナ禍は極めて異常な体験ですが、これをこれからどう積極的に生かしていけるのかということを、特に若い人たちが学んでいるケースが多い。大学という組織では、非常に大切なポイントなのかなと思います。そういうことが分かると、逆にコロナ禍で非常に大きなストレスを抱え込んで、今、悩んでいる人の苦しみというのもよりよく理解できるのではないかなということを私自身は考えています。

中島:皆さまのお話を伺って、大学生協も学生支援のネットワークの一員として、目標を共有し、貢献すべき役割があることを再認識いたしました。本日は、本当にどうもありがとうございました。

『Campus Life vol.71』より転載

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