岐阜大学は、岐阜県の「ストップ新型コロナ2週間作戦」(学校への臨時休業要請を含む)を受け、令和2年4月6日から6月3日まで学校閉鎖措置を実施しました。その後、対面授業が再開されましたが、マスクの常時着用や三密の回避など、キャンパス内では緊張度の高い健康行動の遵守を強いられています。生活や学習環境が大きく変化した学生の間に戸惑いや強い不安感が広がりました。
編集部では令和3年3月、同大学保健管理センターで行政との連携やオンラインでのメンタルヘルス相談等を通じて学生の健康をサポートされているお二人の先生方に取材し、岐阜大学の取り組みや、コロナ後の大学と学生へのメッセージを伺いました。
岐阜大学
保健管理センター長
(教授・内科医・産業医)
山本 眞由美 先生
岐阜大学
保健管理センター
(教授・精神科医・産業医)
西尾
(司会・進行)
全国大学生活協同組合連合会
全国学生委員会
藤井 祥子
藤井:本日、司会進行を務めさせていただきます藤井祥子と申します。岡山大学の4年生で、この春に卒業する予定です。
山本:岐阜大学保健管理センターのセンター長をしております山本です。内科医で、現在岐阜大学の学校医・産業医も兼務をしております。
西尾:同じく岐阜大学保健管理センターに勤めております西尾彰泰と申します。専門は精神科です。
藤井:先生方の視点から見た、院生や留学生も含めてのコロナ禍の岐阜大生の様子を教えてください。
岐阜大学
保健管理センター長
(教授・内科医・産業医)
山本 眞由美 先生
山本:昨年4月6日、岐阜県独自の「ストップ新型コロナ2週間作戦」が出され、学校への休業要請に応える形で、本学は学校閉鎖いたしました。桜は満開であるけれども人一人いない、こんな静寂がキャンパスにあるのかという状況から今年度はスタートした次第です。
当初、4月1~6日の間で、新入生の健康診断だけはできましたが、その後は全く会うことができず、学生の顔が見えない時期が続きました。6月4日から対面授業が始まりましたが、新入生の中にはまだ大学の仕組み、例えばメール環境や保健管理センターがどこにあるのかというようなこともよく分かっていない学生がいました。けれども、多くの学生は徐々に新しい大学環境に慣れていったように思います。
夏休みを経て後期からは、できる限り教育の質を落とさないよう対面授業とリモート授業をバランスのいいかたちで提供するという基本方針で、本学はやってきました。例年と比べ大きく違う環境下でストレスを感じる学生はおりましたが、大方の学生は非常に柔軟な適応能力があるのだなと感じておりました。自分がやるべきことをちゃんとやるという姿勢がある人がほとんどでした。もちろん一部には支援が必要な方がいましたが、在学生などはリモート学習を逆にエンジョイしているような部分があったように感じました。
時代によっていろいろなことが起こりますけれども、このコロナという100年に一度の大変な感染症が起こって世界が震撼としているという歴史の中を皆さんが生きた、それを経験したということを、この先の人生の一イベントとして整理し、次につなげてくれればいいなと思っております。
藤井:山本先生のお話の中で、「大方の学生は適応力がある」という言葉がすごく印象的でした。確かに私たちは幼い頃からパソコン・スマートフォン・携帯に触りながら大人になってきた世代だと思うので、割と対応は早かったかなというのは私自身も感じているところではあります。そういうところは「学生すごいなあ」と思われた瞬間でしたか。
山本:そうですね。実は、個人のネット環境が整っていない学生のために、学校を閉鎖している6月までの間でも、一部のPC環境の整った教室を、オープンにしましょうと本学は決断しました。そのときはその部屋を十分に感染対策しなければならないということでちょっとピリピリしていたのですが、実際に使った人は、学生約7,000人のうち数人だけということでした。学校までわざわざ出てこないと何ともならないという人は、ほとんどいなかったようですね。だから大丈夫かというと、もちろんそうではないでしょうけれども、なんとか乗り切るという柔軟な力を持っている人も多いのかなと思いました。
ちょっと話は飛びますけれども、最近は、PCR検査で陽性となった学生や濃厚接触者となった学生が出ております。濃厚接触者で保健所から14日間の自宅待機を指示された本学の学生には、岐阜市保健所から委託を受ける形で、保健管理センターが毎日の健康観察をしています。具体的には電話をして、咳の有無や体温等を確認します。そのときに濃厚接触者になった学生さんとお話しすると、例えば「バイト先で濃厚接触者になりました」、「サークルの試合で」、「たまたま東京から帰ってきた高校の同級生が陽性だったので」というように、皆さん本当に快活明朗な人たちばかりなのです。本来、大学生はアクティビティもエネルギーも共に高く、だからウイルスに触れる機会も増えるし、ウイルスをもらいやすくなるのだなと痛感しました。
けして、濃厚接触者になるような学生たちが不注意だったとか、無茶苦茶に飲み会をやっているとかというのでは無くて、やはり悪いのはウイルスであって学生さんではないと思うわけです。少々エネルギーを持て余し気味で、ちょっとよく考えて慎重にしておけば、2週間も隔離されなくてよかったのに、という人たちもいますけど。いい意味で大学生というのは、本当に人生の中でエネルギーにあふれた年代だというのを逆に再確認した次第です。
藤井:確かに学生はエネルギッシュすぎて動きすぎてしまったというようなところは、コロナとの関係でもしかしたらあるのかしれません。私もちょっとおとなしくしておこうと、今、肝に銘じたところです。
岐阜大学
保健管理センター
(教授・精神科医・産業医)
西尾 彰泰 先生
西尾:オンラインでの相談から伺えた、コロナ禍の学生の様子を話します。まず大学が閉鎖になって4月~6月頭くらいまでは基本的に構内に入れなかったわけですが、その期間とその後とでは学生の様子は違っていたと思います。僕も連休前、4月末からオンラインでメンタルヘルス相談を始めました。というのは、自分も家にいてたまたま英会話をオンラインで学習していたのでカメラの設備等もあり、割とすぐに対応することができたからです。
けれども、やはり在宅でずっとネットを見ていると、特に最初はアメリカで大勢の人が亡くなり、死体を焼くこともできなくて棺がずらっと並んでいる、そういうニュースが流れていた時期ですから、日本もこうなるのではないかと非常に不安になりました。すごく過敏な人たちというのは常に一定数いますよね。震災後にも、放射能を恐れて東京から沖縄に逃げ出したり、日本はおしまいだと毎日泣いたりしているような人たちがいました。今回、やはりそれと同じように過敏になった人が結構いました。
連休明けの5月中旬くらいから、オンラインで授業が始まりました。出席の代わりになるようにレポートが毎日全科目出るのです。それはもうものすごい量なのですよ。そうすると家にいて、毎日何時間もレポートを書くという作業に疲れていきます。週に15本あるとすると、1週間気を抜いたら30本になってしまいます。それがどんどん積み重なって、もうどうしていいか分からない。そもそも1年生はレポートを書くということに慣れていません。途方に暮れて、100本以上レポートがたまった時点で相談に来る、そういうケースが結構ありました。
あとは、数としてはそんなに多くはありませんが、日本に渡航できなくなった留学生がいます。日本人学生と同じように、彼らにもオンラインで課題が出されますが、どうしていいか分からない。研究室の人に会ったこともないし、日本型のレポートというのもよく分からないので泣けてくるという感じでした。
4月5月のロックダウンのときは、だいたいそのように状況に過敏になった人とレポートの苦労、この二つのパターンの相談を受けていたと思います。
6~7月は大学が復帰しましたが、授業は全て対面に戻ったわけではなくオンライン授業も結構残っていたので、引き続き課題の相談がありました。課題を出していない、どうやってこなしていいのか分からないという内容です。
テスト前になると、特に新入生は大学のテストの受け方や、どういうふうに問題が出てくるのか想像もつきません。通常であれば、クラスの人に聞いたりサークルの先輩に過去問をもらえたりします。自分がサークルに入っていなくても友達の誰かは入っているので、その中から情報が回ってくるのですが、全く分断された人は一人で問題を解いていました。大学生の微分積分や線形代数を独力でやるのはすごく難しいですよね。それで行き詰まってしまって泣けてくる。全然分からない、他の人がどのくらいできているかも分からない。だいたい前期の後半はそういう感じでした。
夏休みを挟んで9月に単位の認定が出ると、単位をたくさん落としてしまった人がだんだん発見されてきます。これをどうやってリカバーしていくか。といっても、サークル活動も限定されていましたし、そもそもコロナ禍でもサークル活動をやっている人はやっていたのですね。でも、人とコミュニケーションをとるのが苦手な人、人間関係をつくっていくのが得意ではない人にとっては、今更サークルに入ったり友達をつくったりというのはちょっと難しい。それで机に向かって一生懸命勉強しますが、それも行き詰ってしまう。秋以降もほとんどそんな感じだったと思います。これは今も続いていて、通常春休みにはそんなにメンタル相談は多くないのですが、今年は多いです。どうしても留年してしまったとか、今年度は何もできなかったという人のために、今後どうしていこうかという相談を主に今やっています。
そして今回分かったことなのですが、意外と過去問はネットに落ちていました。僕たち昔の感覚からすると、サークルのボックスに過去何十年分の過去問のコピーがあるというイメージなのですが、今みんなネットに過去問をあげたりしているのですね。確かにサークルに入っていなくて、対面授業が始まっても友達とそんなに話さないという感じの人だと試験の対応は難しいなと思っていたのですけれども、検索すると割とみんながクラウドにあげているということが分かったので、一人でも過去問が手に入る。これはちょっと新しい発見でした。コロナ後もコミュニケーションが苦手な人はそこの問題が常にあるので、いいことを知ったなと思いました。
全国大学生活協同組合連合会
全国学生委員会
藤井 祥子
藤井:過去問がネットに落ちているという話は、実は私も知らなかったので、ちょっと驚きでした。大学生協でも学生にアンケートをとっていますが、その中で出てくる学生の不安やしんどさとかなりかぶっていることが西尾先生のお話にもたくさん出てきて、共感して聞いていました。実際に友達と照らし合わせることができないので、自分のレポートの書き方が合っているのか分からない、自分が本当に正しい勉強の仕方ができているのか、自分の学びが身についているのかととても不安な中、一人で戦って勉強している学生も本当にたくさんいると聞いています。
私の弟は関東圏の大学に進学していますが、「1年中オンラインの授業だから人に会わなくて鬱になりそう」と言います。しっかりしている弟だったのに本当に大丈夫かなと心配になってしまいます。だから学生の学びから来る不安が、心にも影響してくるのは実感としてあります。
この1年間、西尾先生のところに主に相談してきた学生というのは、やはりちょっと過敏な学生であるとか、あとは学びの面から大きく不安を感じている学生が多いとかという分析をされていますか。
西尾:そうですね、そのほかは一緒ですけれどね。例えば、摂食障害がこの時期ひどくなってしまう傾向がありますが、それは例年同じですから。過敏な学生いうのは普段そんなにはいなかったから難しかったですね。そこはちょっと違ったかなと思います。そしてやはり学びの部分、これも例年結構多いのですが、今年は例年以上に多かった。
藤井:例年もいるけれどこのコロナ禍でもやはり……。
西尾:そうですね、例年はほとんど4年生の卒業研究に関する相談が多いのですけれども、今年は1年生が多かった。先生方も言われるのですが、オンラインにしたら1年生は皆レポートを例年の3倍くらいの量で書いてくるというのですね。読みがいがあるけれど大変だと言われます。教室などで他の人のレポートを見ながらやっていると、大して書いていないし、内容のないことを書いて出しているということが分かるじゃないですか。そんなので通るのだというのを見てだんだん手を抜くのですけれども、それが分からないし、不安だからすごく調べてすごく長く書くのですよ。全てのレポートに全力投球しているのですよね。
先生たちは「オンライン授業は結構効果があっていいね」と言うのですが、学生としては大変です。手の抜き方を教えるというわけにもいかないのですけれども、実際に「例年はここまではやっていないと思うよ」というようなかたちでは言っています。
藤井:確かに一人では手の抜き方は分からないですね。
藤井:コロナ禍における大学独自の対応という面ではどうでしょうか。
山本:岐阜大学のコロナ対策の特徴ということで申し上げます。大きく二つです。
一つ目は、保健所との協力体制です。岐阜県で医学部があるのは本学だけですから、岐阜市保健所と私どもとは太いパイプがあります。ですから、感染が発生するとすぐに電話がかかってきます。「これ調べてくれ」、「この子はこのとき大学に行ったみたいだからどういう座り順だったか、どこに誰がいたか、全部すぐにFAXで送ってくれ」というやり取りをしているわけです。これは、コロナだからやっているわけではなく、結核や食中毒が発生したときも常に連絡を取り合っています。日頃の積み重ねで保健所との情報共有がしっかりできているというのは地方ならではと思っています。
二つ目は、森脇久隆学長が内科医であったことかもしれません。つまり「教育の質を最大限に維持しながら、けれども最大限の感染対策を行って、正しく理解し正しく恐れながら正しい対策をとる」という大学の理念をはっきりと出されました。これは現場の私たちにとっては非常にやりやすいことです。教職員にも、最大限の教育パフォーマンスをしながら最大限の感染対策をするにはどうしたらいいのかと考えてやっていただく。保健管理センターとしても、もちろん感染対策を最大限して、必要なこと、例えば健康診断、例えばメンタル支援など、やるべきことは最大限やるという方向性がはっきりしているわけです。学長と私ども現場の人間が比較的近い立場であったことが、結果、やりやすかったという部分があります。
西尾:岐阜大学の学生は岐阜県・愛知県の出身者がほとんどで、国立大学としては自宅生の割合がとても多い大学です。だからコロナでオンライン授業になっても、ただ自宅にいるだけなのですよ。6月から対面授業が一部で始まりましたが、オンライン授業も残っています。名古屋からは通学に2時間ほどかかるので大変ですが、週2、3回なら負担なく通えます。これが愛知県から東京の大学に行っている人だと、週2、3回の対面授業のためにずっと東京の下宿にいなければいけないわけです。その自宅生が多いということと、下宿生でも岐阜・愛知の人がほとんどで実家がとても近いということで、ほかの地域に比べると完全に下宿に引きこもりという人が少なかったと思います。それは岐阜大学の大きな特徴かもしれないですね。中途半端にオンラインと対面をやられると、学生にとってはすごいストレスだと思います。自宅にいられるわけでもないし、下宿にはいなくちゃいけない、周りの様子が分からない。本学の場合、それが比較的緩和されるわけですから。
藤井:今お聞きした学生の様子を踏まえて、今度は保健管理センターの中でどういう動きがあったのか教えてください。保健管理センターと保健所や学内の関連団体との関わりにおいて、コロナ禍でどういう動きがあったのでしょうか。
山本:保健管理センターの内科として、発熱した学生に対する支援はしっかりとしました。大学病院の発熱外来や近隣の開業医さんへ熱のある学生をそのままクリニックに行かせるとご迷惑になるので、事前に問い合わせをしてお願いしています。特に外国人の場合は言葉が通じない場合もあるので、クリニックの先生からの「外来が終わって何時ごろ来てください」というようなご指示を十分に説明をして行かせるというようにしています。
学生には、発熱したり症状があったりしてどうしていいか迷ったときは、保健管理センターに遠慮なく電話するようにと大学から周知しています。それからPCR検査を受けたとか、自宅待機になったとかいうことも、保健管理センターや所属学部に連絡させています。その情報は全て保健管理センターで一括して保管し、全学の管理(モニター)をしています。これは新型コロナウイルスに限ったわけではなく、学校保健法上の感染症は全て報告されるシステムを整えていますので、今回もそれに沿って管理をしているわけです。日頃から整えておいた体制を生かすことができましたので、良かったなと思っております。
先ほど言いましたように、岐阜市保健所との協働もしています。たとえば、自宅待機中の学生に毎日電話をして、体調を確認する仕事もしています。9時頃電話すると「あ、寝ていました」という学生がいたりして、やはり自宅待機になると生活が乱れやすいので、電話してあげることができて良かったなということも経験しました。
10月からの後期の学期開始に際しては、大学全体に向けて「岐阜大学における新型コロナウイルス感染対策について」という文書を作成しHP上にアップしました。つまり、“正しく恐れ、正しく予防する”というような話です。
また、やらなければいけないことは感染対策を十分にしてやる工夫は必要かと思います。たとえば健康診断ですが、事前に完全予約として、密を避けて流れを良くする。レントゲン車も一人ずつ入って、消毒してまた一人入るというように感染対策をきっちりやっているということを本学の保健管理センターのHPのトップに掲げて、「健康診断は自分の健康管理には必要なことですからきちんと受けてください」と申し上げています。もちろん、これは、文部科学省や厚生労働省の指針に従っています。
西尾:昨年4月よりオンラインでメンタルヘルス面談を持つようになりました。今現在は、オンライン相談は3割強から半分くらいでしょうか。春休みでサークルも活動していないから、下宿生も大学に残る必要もないので、オンラインが多いのかと思います。その中から見えてきたことをお話します。
一つ、学生が勉強するスペースがないという問題があります。ロックダウンのときには、図書館も閉まっているし、家では親が働いている。当時は親も自宅で仕事をしている人が多かったのです。そうすると、親と仲が悪い人はつらい。嫌なのですよ。勉強する場所がないというので、大学で場所を貸し出していた人が何人かいます。ロックダウン、コロナ禍に関係なく昔から行き場がない、研究室に行きたくないという人に、大学が勉強場所を提供するというのは、実は以前からやっていました。そのときは、親が家にいるから嫌とか、図書館に行けないからとか、そういう感じでもうちょっと利用が多かったかもしれないですね。
あと、コロナ禍だから特別というのは、例年なら4年生が多いのですが、卒業研究に向けて行き詰る。だいたい9月ぐらいになると、卒業研究を全然やっていなかった学生が判明して、先生が連れてくるというのがよくあるパターンです。ところが、今年は判明しないのですね。ゼミもオンラインだけでやっているし、研究室に毎日のように来ていなければ、特に情報系などの実験が必要ない研究室に関しては、研究室に来なくても許されるというところがあったので、例年よりも発見が遅れてしまった。そういう学生は、発見された時点で卒業が間に合わない。今からどうにもカバーできないということがあって、例年よりもちょっと4年生のサポートがうまくいかなかったということがあります。留年決定という状態で相談されても、こちらもできることが何もない。例年とは違うサイクルだったので4年生に関しては発見が遅かったし、サポートが間に合わないことが多かったような感じがします。
山本:西尾先生がおっしゃったリモート相談ですが、本学では4月から早々に開始しました。総務省が中部圏の11の国立大学を調査なさり、コロナ禍における学生支援状況についてリモート面談を実施してメンタル支援に力を入れている大学として、高く評価していただきました。この中部圏では、西尾先生のご尽力で学生の精神的な支援の取り組みを全国的にアピールできたというところです。
西尾:どこもオンライン面談をやっていると思うので、それはそれほど先進的なわけではありませんよ(苦笑)。オンラインをやり始めた4月5月は、僕も家で仕事をしていました。出勤もできなくはなかったけれど、学生と同じような条件に身を置こうと思って引きこもったのですが、ずっと家で誰とも話さずパソコン仕事をしていると、その状態がなんてつらいんだろうと思いました。それで昼間家の周りを散歩すると、桜が咲いているのに桜なんて誰も見ていない。昼間パソコンに向かっているのは不健康だなと感じ、午前中は散歩をする時間をつくったほうが心にも体にもいいと思って、週に1日だけ診察時間を夜にしました。なぜかというと、自分が午前中に運動したいから(笑)。僕の家の前は金華山という山でして、そこに運動のためにやたら登っていたのですよ。夜は危険だから登れない。単に金華山に午前中登りたいから夜に診察をした。そういう生活をしていると、こういう話って学生にとってもいいなと思ったのですよね。やはり、昼間は歩かなければ駄目だよねって。そして自分でも昼間明るいうちに日常の雑務をこなし、夜に相談を受ける。どうしても昼枠がいいという人もいるので、昼間の相談も継続しています。実家暮らしで両親が出勤する、そうするとそんな相談は親がいないときのほうがいいですよね。学生の都合もさまざまです。だから昼の枠と夜の枠を作った。そこが画期的だったと思うのですよ、今も続けています。
この状況で、自分が家で仕事をするときに、ヘルシーな生活をするためにはどのように体調や心の管理をするのかを自分が身をもってやっている。だから、診察枠も夜になるというのは、すごく学生に説得力があると思いました。そこが総務省には妙に評価されたのかと思います。
藤井:私も今のお話は非常に大事なところだなと思っています。相談した先生に「昼間運動しろ」と言われても、「先生だって運動してないじゃん」って、多分学生もそんな先生の言うことを聞きたくないと思うのですよね。なので、とても説得力があるなというのは非常に感じました。やはりそういう西尾先生だと相談したい学生がたくさんいるのだろうなというふうに思いました。
西尾:4月に、いつもの桜の名所を昼間歩くと誰もいない、でも桜だけはきれいに咲いているんですよ。これは見る価値があるよと。
藤井:そうですね、ずっと家に引きこもっていたら、全然季節を感じられないままに夏が来てしまったみたいな。私も昨年はそういう春を過ごしてしまったので、ちょっともったいなかったなという感じがします。
山本:Afterコロナについては、2つあります。ひとつは科学的な根拠に基づいて自分の健康行動を判断していくという能力で、大学を卒業するまでに身に付けたい教養の一つだと思います。“自己健康管理能力”とも言いますが、これは労働安全衛生法という法律の中でも「労働者の自己保健義務」として自己の健康を保持すべきと義務付けられています。あまりそういうことを自覚して働いている労働者はいないと思いますが、その能力を身に付けるのは社会に出る前に大事なことと思います。コロナ期に学ぶ健康教育の一つの指針だろうと思います。
もう一つは、先ほどのリモート相談や健康診断のやり方もそうなのですが、このコロナでいろいろと工夫したことで、実にたくさんあるわけですね。リモート相談などは、西尾先生がおっしゃっていらっしゃるように、相談者も相談を受ける方も非常に便利であったりする。健康診断も密にならないように完全予約制にして、1人1分というようにしたら全然混まないし、待ち時間があったものが今は30分で終わってしまいます。体温測定もいちいち受付けでアルコール消毒して「はい、脇に挟んで」とやっていたのが、今は非接触型でできるわけです。それではこれからもこうすればいいじゃないかと。新型コロナウイルスに対峙することによって、まさに業務改善につながった。これはAfterコロナになったからやめることはなく、そのまま使えばいいはずです。このようなことがAfterコロナにつながるはずですね。
藤井:確かにそういうコロナで獲得した知恵や技っていうのもとても大事なことですよね。学生のほうも、「保健管理センターの先生が自分たちのことをこんなふうに思って対応してくださっているんだ」ときちんと理解すると、センターをちゃんと使えるようになると思いますし、大学を信頼して通えるようになるので、そういうところからもセンターの皆さんの対応が学生の学びにつながってくるのだと、今お話を聞いていて感じました。
西尾:このコロナ期間に感じたことはAfterコロナにも継続してほしいですね。
今年はいつも以上に1年生の勉強の相談をたくさん受けたので分かったのですが、1年生の講義の内容と講義で使われる教科書や資料がすごく使いにくいのですよ。それと、講義と課題や試験内容とが全然一致していない。学生にある程度学校に来させてみんなで相談することを組み入れるのを前提に課題がクリアできるようになっていて、独習で解決できるようになってないのです。その授業の内容と買わせている参考書の内容がもっとリンクして、それを見ながらやると課題が解けると、そういうふうにしないと全然だめで、学生はそれぞれ見比べても、独学では全然分からないわけです。僕も見ましたが、関係性がちゃんとできていない。
やっぱり学生は一生懸命に勉強しているのですよ。今まで対面で理解できるようにやっていたところがかなりあったと思うのですが、これから大学の先生は、学生が一人でちゃんと習得できるように授業を構築して、問題集や参考書を構成しなければいけない。そういうことがあまりできていないことが判明したと思います。僕はね、これは結構大きな問題なのではないかと思っています。ほかの先生方が感じていらっしゃるかどうかは分からないけれど、考えていただかなくてはいけないことだと思うので、僕からのお願いですが、これを機会に各先生方がそういうことを考えてくださったらいいなと思います。
リモートに限らず、学生は一人で勉強しているんですよ。他の友達と相談しながら、過去問を見ながら勉強する人たちだけではないということをもっと前提にした講義をしていただきたいと思います。
山本:今の西尾先生の御指摘ですが、コーチングスタッフが日本の大学では不足していることと関係があると思います。医師とか臨床心理士とか資格を持った専門家でなくても、学生に寄り添って支援できることはたくさんあります。大学の先生方には素晴らしい講義と素晴らしい学問を提供していただくべきと思いますが、この崇高な学問を教える側と教えを受ける側、つまり学生との間を埋めるスタッフが日本の大学では不足しているのかなと思います。
コロナ以外の例になりますが、最近、ミャンマーからの留学生がたて続けに内科に相談に来ました。頑固な頭痛、生理痛、皮膚症状ですが、国別の留学生数を考えると多いのは間違いありません。同国内の混乱については連日報道されていますから、「ところでご家族は大丈夫ですか?」「どこにお住まい?」という話題を向けると、「友達は今、デモに出ている」「夜間はネットが遮断されている」と。それを延々としゃべって、帰るときにはちょっと楽になったような顔になってくれます。私も「平和的解決を祈っているよ」と申し上げますが、保健管理センターだけでなくコーチングスタッフがいれば、彼らの心に寄り添うことができるのではないでしょうか。将来の悩みとか、いつ帰国できるのかとか、ミャンマーからの留学生は夜眠れず悩んでいることが見えてきます。
藤井:私の知識不足・理解不足があるので申し訳ありませんが、保健管理センターの先生のお仕事は保健管理だけではなくて、学生の学びをあるべきところまで広げるということも、改めて理解した次第です。
最後に、これからAfterコロナに向けて、学生にこういうふうに生活を送っていこうよというようなメッセージをぜひいただきたいと思います。今は、対面授業とオンライン授業とが並行して走っている状態だと思います。首都圏はずっとオンラインという大学もありますし、地方では対面授業も少しずつ増えている状態かと思うのですが、大学生協としても大学生活はコロナ前には戻らないのだという認識で、これからのAfterコロナの中で健康や安全や学びをしっかりと考えていかなくてはならないのですが、そうした中で大学生に新しい生活へのアドバイスを頂きたいと思います。
山本:特別なことはありません。今日お話したように、一つ目はコロナに限らず、科学的に冷静に考え、物事を判断していってほしいということ。コロナも予防接種を打って、いつかは落ち着く時が来るでしょうが、次に起こる災いに対峙する際、この考え方が我々を助けると思います。二つ目は、目の前のことをまず一生懸命やるということ。この二つは人間力につながります。大学では人間力を付けて社会に出ていっていただきたいと願います。そのお手伝いを、私どものような保健担当職はしています。
西尾:去年今年の大学生は、リモートで授業を受けたりリモートで就職活動をしたり、それまでとは全く違った経験をしました。いろいろなアプリ・ソフトを使い、新しい勉強や仕事の仕方を模索していた時期だと思います。これはすごくいい経験でしたが、社会に出たときにちょっとがっかりするかもしれません。それに全然適応していない企業なんていくらでもあると思うのですよね。もうコロナが終わったから、元通りに働こうみたいな企業もたくさんあることでしょう。でもそれではだめだということが、今この時期を乗り越えた学生には分かると思います。
これからの社会は、働き方、生活の仕方が根本的に変わっていきます。今の学生は、何も適応しない、する態度を見せない会社と、そこで変化をつくっていく会社とを見比べることができます。その経験値を積んだことがすごく良かった。あえて言いますが、社会に出るにあたって駄目な会社は受けなくていいと、そのくらいの感じで臨んでほしい。この1年、2年を乗り越えた人というのは、自分の生活や仕事の仕方もまっさらな視点で見ることができます。会社がこう言っているからこうしなければいけないのではなくて、全く新しい気持ちで仕事の仕方を見られると思うのです。そういう眼を養ってほしいし、そういうふうな上から目線で会社を評価して選べばいいのではないかと僕は思います。
藤井:今の大学生はコロナ世代とか言われているようですが、コロナ禍を生きた大学生としてこの経験を活かしながら、まずは自分の頭でちゃんと考えようという点はしっかりと発信していきたいと思います。また、健康と安全に関しては、自分でちゃんと知識を蓄えて健康に生きていくということを意識して生活していきたいと思いました。
本日はお忙しいところ、お時間を割いていただきましてありがとうございました。
『2021 大学生の健康ナビ』
キャンパスライフの健康管理
2021年4月発行
本書は大学生の皆さんが生涯にわたっての自己健康管理能力を身に付けるうえで一助になることを願い、1998年に岐阜県大学保健管理研究会が発刊しました。その後毎年改訂を重ね、2015年版からは特に大学生のこころの問題に関係する内容を大幅に拡充して、現代の学生生活に一層適した内容になっています。
好ましい生活習慣は将来の病気を予防するだけでなく、人生の満足度や生活の質も向上させることにつながります。健康に生きる知恵の蓄積は、自己健康管理能力を磨いていく人間力の成長過程と言っても過言ではありません。生涯の健康を維持するために、ぜひ学生生活の中で健康に生きる知恵を身に付けていってください。