髙木 朗義 氏インタビュー 防災、減災を 日常生活で実践する~誰もが幸せに暮らせる社会を目指して~

日常生活での災害の備え

フェーズフリーとローリングストック

地域に根差す大学に通う大学生だからこそ特に意識し予防したほうがいいことを教えてください。

まずは自分の災害の備えに取り組んでほしいというのが一歩目です。それが自分で自分を助ける「自助」です。自助ができると、共に助け合う「共助」の段階になっていくのですが、全員がやるのはなかなか難しいかもしれませんね。

でも、災害って、実は特別なことではないのですよ。私たちが生きて暮らしていくことは災害時も同じで、災害によってガス・水道・電気が停止したり、道路や建物が壊れたりして環境や条件が厳しくなるだけです。
普段の皆さんの生活が、災害時にも同じようにできるだろうかと考えてみてください。最近は災害の備え方としてフェーズフリーなどという言い方をします。実際に災害でフェーズが変わったとしても日常生活が変わらず送れるという視点に立ち、普段のフェーズからちゃんと災害に備えておく必要があるという意味です。

フェーズフリー(Phase Free)は、平常時(日常時)や災害時(非常時)などのフェーズ(社会の状態)に関わらず、普段利用している商品やサービスが災害時に適切に使えるよう生活の質を確保しようとする概念。

災害への備えは、例えば、特別な保存食を備蓄しないといけないようなことが昔から言われますが、今はかなり変わってきていています。カップ麺や缶詰など普段から食べている食材をちょっと多めに買っておいて、食べて廻しながら備えるのですね。それをローリングストック法と言い、主流になってきています。災害を特別なことと考えずに、普段から何ができるかを、あまりハードルを上げずに取り組んでいくことが大事です。

ローリングストック法とは、備蓄(ストック)している食料を賞味期限が切れる前に定期的に消費し、その都度買い足して備える(ローリング)方法。

一人暮らしをする学生も多いので、ローリングストック法で備蓄を呼び掛け、フェーズフリーの考え方も伝えていこうと思います。

大学生にできる支援

東日本大震災などで被災した方々の様子をテレビなどで見ると、例えば避難所生活は段ボールで仕切られてプライバシーがほとんど無い空間です。不安を抱えた人たちにとっては、身体の健康だけでなくこころの健康も大切にすべきだと思いました。私たちが実際に被災して避難しているとき、あるいは現地に行って支援するときに、疲れてしまった「こころ」に寄り添うためにとるべき行動があれば教えてください。

多くの方には東日本大震災の被災状況のシーンが印象的で、被災すると避難所で生活せざるをえないのだと捉えがちですが、私が言いたいのは、できるだけ避難所に行かなくても済むようにするということです。避難所に行かなければプライバシーも守れますし、避難所自体も地域の住民全員が避難する想定では作られていないので、なんとか自宅で生活できるのであれば行かなくてもいいのです。そのためにはやはり災害でガス・水道・電気が止まった時に、自宅でちゃんと生活できるよう準備しておくということに尽きるわけです。

一方で、自宅で生活ができなくなって避難所生活を余儀なくされる人たちがいます。そのときには、元気があって動ける若い人たちにぜひサポートをしてほしいですね。やることはいくらでもあります。住民たちは被災して自宅で暮らせないというショックの中で、さらに避難所という二重三重に苦しい環境で生活するので、精神的にも物理的にもいろいろな意味でのサポートが必要です。
東日本大震災の時も多くの若者が被災者の支援に行っていたので、当然そのように動いてくれると信じています。今年も先日の大雨で全国各地が浸水被害に見舞われて、多くの人が避難所生活を送っています。近くにそういう方がいたら、ぜひ皆さんがボランティアで駆けつけて助けてあげてほしいと思います。


東日本大震災後に被災地でボランティア活動をする学生たち(2011~13年当時)

「この人を助けたい」という想い

私自身は避難所生活の経験はありませんが、私は広島県出身で、5年前の西日本豪雨で自宅が1週間ほど断水してしまい、1週間水を汲みに行った経験があります。普段と違う生活になかなか対応できないというストレスを抱えて、やはり私たち動ける若者世代ができるところで活動し、心身のケアも率先して行えればと思いました。

私も東日本大震災の時、学生と一緒に現地でボランティアをしましたが、被災者同士だと「他の人の方がつらい思いをしているのに、自分なんかがそんなことを話せない」みたいな気持ちがあり、つらかった話もあまりできない雰囲気でした。でも、外から来た学生には皆さん気軽に話すことができて、「すごくスッキリした」「あのときのことを話せて良かった」と言われました。避難所では被災した方の話を聞いてあげるだけでも非常に役に立つので、ぜひ関わってほしいと思います。

また私の経験になりますが、西日本豪雨災害のときに学校も断水で1週間休みになり、同じ市内でも山の方が土砂崩れで被害がひどいというので、現地に3日ほどボランティアに行きました。
ボランティアセンターに差配されて伺ったお宅は、家自体は住めたのですが離れの方が使い物にならないくらい倒壊して土砂の流入がひどく、それを掻き出す作業をしました。暑かったし、粉塵が入るからマスクしての活動で本当にしんどかった。でもたまたまご縁があって行ったその家の方から本当に感謝していただいたし、自分自身の人生でもものすごく大きな出来事だったので、今後とも困った人に寄り添うその想い、その精神を大事に過ごしていけたらと思いました。

うん、素晴らしい!

今までのお話から、やはり防災を自分事化することの大切さを改めて感じたのですが、髙木先生がこの研究をしていこうと思われたきっかけは何でしたか。

やはり被災地に行ったことです。私は防災だけでなく、まちづくりや集落支援にも取り組んでいますが、そういうことも含めてこの人たちを放っておけない、助けたいという想いがきっかけですね。あまり複雑なことではなく、目の前で本当に困っている、この人のために自分は何ができるんだろうか、そういう場面に直面したことが大きいと思います。

ベースは誰かを幸せにする心

災害が起こると思って生きている人、地震が起きたら近所の人と協力しようと思って生活している人は少ないと思います。そういう人たちに一歩踏み込んで考えてもらうきっかけになるようなお話をお聞かせください。

ある人が「幸せになるためには、どうすればいいですか?」という質問を受けて、「あなたが他の人を幸せにすることができたら、あなたは幸せになれるよ」と答えました。英語ではペイフォワードなどと言いますが、自分が何かに貢献できた、誰かの役に立ったと感じることが自分の幸せになっていくのですね。 あるいは、ある市長さんが「『ありがとう』と言われる市役所にしましょう」と言っています。人って、誰かの役に立つことで幸せを感じるんですね。「ありがとう」と言われると幸せな気持ちになるじゃないですか。それが防災であれば、備えや被災した人の支援につながっていくのではないかと思います。

ペイフォワード(Pay it forward)は、直訳すると「先に払う」という意味。自分が受けた善意を他の誰かに送ることで、善意をその先につないでいくこと。日本では「恩送り」とも言う。

防災意識における課題

災害を臨機応変に考える

私は愛知県出身で、小中学校からずっと南海トラフの脅威を教えられ、大地震を想定して定期的に避難訓練を受けてきました。岐阜大学に来たときには防災バッグを用意しカロリーメイトを入れておいたのに、『減災教室』をやってみたら土砂災害と水害のところが全部「いいえ」でした。
特に大学生になり違う地域に移り住むと、その地域で起こりやすい災害の特性を知らずに住み続けることもあります。防災や準備など何もしない学生もいると思うので、大学生や大人になってから防災意識を身に付ける方法を教えてください。

私は、防災訓練に課題があると思っています。極端にいうと防災訓練って、「こうしなさい」と言われて、それに従って行動しているだけです。本当にそれで自分の命が守れるのか、確かめたり自分自身で考えたりする機会がないことが課題だと思っています。

緊急地震速報が流れたときに、皆さん机の下に潜りますよね。でも、本当に机の下に潜ることが自分の命を守るためのベストな行動なのかと考える機会はありません。ある小学校で、休み時間に抜き打ちで緊急地震速報を流しました。すると、校庭で遊んでいたかなりの子が教室に戻って机の下に潜ったんです(笑)。明らかにおかしいですよね。机に潜るという手段が目的化されてしまった例です。

ちゃんと自分事としてどう行動するかを考えることが重要になります。恐らく大学生も同じように緊急地震速報を流したら多くの人は机に潜ると思うのですが、「窓ガラスが割れるかもしれないから、窓際の人は教室の中央に移動した方がいいんじゃない?」「プロジェクターが吊られている下は避けたほうがいいんじゃない?」というように災害を臨機応変に考える、状況を想像して自分の命を守るための手段を自分で選択して決める、そういう機会が多くあればいいと思います。

防災に限らず、学び方にも課題があると思っています。本当は頭で学んだことを実現しなくてはならないのに、あまりにも知識偏重になっていて、机上で物事を知れば終わりという傾向が感じられます。
例えば、初めて自転車に乗るときには、マニュアルをいくら読んでも乗れるようにならないですね。それと同じで、トライして失敗して次は違うやり方を工夫する、そういう学び方がもっと広がっていくといいなと思います。インプットは重要ですが、ちゃんとアウトプットしていくということが大切ですね。

組織に求めること

今、個人としての動き方はお聞きしましたが、組織として確認し合った方がいいことがあれば教えてください。

組織のことは、BCP(Business continuity plan:事業継続計画)になります。企業経営する上で重要な資源は、ヒト・モノ・カネ・情報の4つです。でも、そのうちのモノ・カネ・情報はヒトが活用することによって初めて資源となるので、やはり重要なのは人的資源なのです。
一般的にBCPでのヒトの安全確保は、「勤務中に何かあったら避難しましょう」、メール等で「安否確認をしましょう」と流すなど一部しかできてないですね。本来的に言えば、人的資源をちゃんと確保するためには、その人が家に居る時に家族も含めて災害に遭わないことが大事です。なぜなら、家族が被災してしまったら仕事になんて出てこられないでしょう? だから、本当は企業としては、そこをもう少しサポートする必要があると思います。

BCPは非常事態に強い経営管理手法の一つ。策定目的は、自社にとって望ましくない事態(自然災害・大事故・不祥事など)が生じた際に、被害を最小限に抑えつつ最も重要なビジネスを素早く再開させることで、損害を最小限に留める。

地域包括ケアシステムや社会保障分野・防災分野では、一般的には「自助・共助・公助」と言われますが、ここに私は「業助」という概念を入れてはどうかと思っています。業助とは、いわゆる会社や団体、もちろん大学も含めて、組織が業務として防災に取り組むことです。企業には特に若い世代が所属していますので、組織としてその家族も含めて災害に備えている状態であれば、みんなが被災せずに業務が全うできます。そういう形で進んでいってほしいと思います。