私が学んだ東京外国語大学では多くの留学生が在籍し、国際的な問題に関心がある学生、中でも特にジェンダーに関するトピックに興味のある学生がとても多かったです。ジェンダーに関する理解を広めていこうという声が国際的にあり、生協学生委員会の中にもその応援をしていきたいという動きがありました。
6月には「プライド月間」※として、店舗も虹色に装飾したり、ジェンダーに関する書籍を紹介したりということを通してLGBTQ+について広めていこうとしたのですが、そこで直面したのが、やはり当事者でないと分からないことがたくさんあるという実態でした。当事者ではない第三者にとっては、どの程度踏み込んだらいいのか分からないし、どんなことを言ったら傷つけてしまうのか、そういうセンシティブな問題になる境目がちょっと難しいなあと思っていました。
※プライド月間…6月に世界各地でLGBTQ+の権利を啓発する活動やパレードなどのイベントが実施される期間。1969年6月にアメリカのニューヨークで起きた「ストーンウォール事件」がきっかけになっている。
↑東京外語大学生協学生委員会TuCoSの活動
X(旧Twitter)より、2023年6月20~30日に実施したプライド月間の様子
私からお聞きしたいのは、当事者の方との会話や接し方において、第三者はどのようにするのが心地よいと感じられるのかということです。
例えば山田さんは、初めての学校生活でこの子と仲良くなりたいと思ったら、どう話しかけますか。
普通に挨拶して友達になろうと言います。
そうですよね。この子はLGBTQ+の子だからと対応を変えなくてもいいと思います。
恋愛の話がセンシティブになるだろうという考えをお持ちなのであれば、それも当事者の私からすると、そこに気を使われることに気を使っちゃうんです。恋愛のことは触れてほしくないと思っていて、友達と恋愛の話題になった時にはこちらがうまくかわすだけであって、山田さんが「聞いちゃいけないこと聞いちゃったかな」「触れちゃいけないことに触れちゃったかな」と思うのは、すごくこちらとしても申し訳ないと感じます。
自分がすごく仲良くなりたいと思った人がたまたまLGBTQ+の人だったら、「これ言っちゃいけないな」「これ言わないでおこう」ということを続けていると、本当に仲良くなれないと思うんですよ。対人間っていうのは普通と変わらないので。
意外と私は、否定されることも嫌ではないんです。3歳ぐらいからずっと20年近くこの性と向き合ってきて思うのは、私のことを「なんか重いな」とか言って、ちょっと小馬鹿にするような態度をとる人でさえ仲良くなれる気がするんです。
自分でも理由は分かりませんが、むしろ私の性に寄り添おうと近づいてくる人には、逆に拒否反応が出てしまうんです。「そういうの求めてないのに」って思っちゃう。むしろ何も気にせずに「俺たちめっちゃフレンド!」みたいな感じでフラットに来られるほうが、こっちも話しやすいし笑い合える。
LGBTQ+の人だから、そうじゃないからっていう、そこの境目って意外となくていいのかなって思うんです。もうそろそろそういう世の中をつくっていかないと。
今、日本はLGBTQ+に対して遅れていると言われています。政府もLGBTQ+を理解しようと動きだしていますが、言葉だけが先行して、そこにみんなの心が追いついてなければ意味がないと思います。「あなたも普通の人だよ、日常の中にとけ込めるんだよ」って対人間同士で感じ合うことが、一番大事だと思うんです。
私には全然なかった視点だったので、大変勉強になりました。確かに最近はLGBTQ+という言葉が先行しているという感じがあります。それを理解しようという風潮が若者の中で広まっていると思うのですが、実際にはそういったことはあまり気にしないで、みんなが1人の人間であるというところにフォーカスして日常にとけ込むということが大事なのだと思いました。
自分の性について迷っている学生が、自分と向き合い、様々なことに挑戦する勇気を持つためには、大学はどうすればよいか教えてください。
いろいろな方法はあると思いますが、私だったら交流の場を増やすとか、何かを成し遂げた人をお招きして、スピーチしてもらうとかでもいいと思います。
私は高校卒業後に専門学校に行って今21歳なので大学生の年齢なのですが、やはりいろいろな人の経験や価値観に触れることは、LGBTQ+に関係なく、誰しも経験すべきことだと思います。自分の知らなかった世界を知る事はとても刺激になります。
私はTED※で、様々な人のスピーチを聞いています。こういう職業なので、いろいろな人の話を聞いてその人の考えを知るのは、自分も頑張ろうと思えるし、すごく勉強になります。発信者として、もちろん誹謗中傷もありますし、性別がないという新人類すぎて前例がないので、自分が失敗例になる場合もあります。
※TED(Technology Entertainment Design)…世界中の著名人によるさまざまな講演会を開催・配信している非営利団体。プレゼンテーション映像は、YouTubeにも上がっている。
でも、そうやって人の話を吸収することによって、失敗が失敗ではないと思えるようになりました。私が好きなのは、『この世に失敗はない』というスピーチです。全校の前で挨拶する時に、歩いていてずっこけて大恥かいたとします。その時は失敗だと思っても、それが 5年後10年後、みんなで集まってお酒が飲めるようになった時に笑い話に変えられれば、それは恥ずかしい思い出ではなくて面白い話になります。
未来の自分が助けてくれると思えば、私が今感じている失敗は失敗じゃないと感じられるスピーチなんですけど、それまではそういう価値観が私にはなかった。でもその人の話を聞くことによって失敗が全く怖くなくなったんです。だから、いろいろな価値観に触れたりいろいろな人と関わったりすることが、特に今の私たちにはすごく大切なことで、そういう機会を増やすのはいい刺激になると思います。
様々な価値観や世界観に触れるためには、人の話を聞くことが一番だと思われますか。
私は人に会って、話を聴くのが大好きです。「聴く」って、心でちゃんと感じて聴くって意味です。本当にそれで人生が変わったと言っても過言ではないし、人の話を吸収して今の私が出来上がっているのは間違いありません。
読者の大多数を占める大学生にメッセージをお願いいたします。
自分のことを自分が一番知っていると思うのは実は間違いで、人を見て人の話を聴いて人の価値観に触れた時に自分を初めて知るのだと思います。他の人の強いところや自分が欲しがっていた部分に気付き、自分の足りてない部分を知る。人と関わることに疲れてしまうことはあるし、誰のことも信用できなくなってしまうこともある。でも、また人を信じようとする心に変えてくれるのも人で、常に私たちは人と関わらなければ生きていけない。
大学の授業で学ぶことはたくさんあると思いますが、人が人から価値観とか人間関係など人間性の部分を学ぶことは最も大事なことだと思います。
私は学力が飛びぬけて良かった生徒ではなかったけれど、人と関わるのは大好きです。けんかをした時の解決方法や先生とのジェネレーションギャップの解決の仕方も、人との関わりの中でいろいろな価値観に触れたりいろいろな本を読んだりしたことで成し遂げることができてきたと思っています。
これからの未来をつくるのは私たち世代やその下の世代で、下の世代が新しいものを持ち込んできた時に、自分たちもそれを受け入れるだけの広い心を持てるように、今を十分に生きていければと思います。
様々な価値観に触れている井手上さんだからこそのメッセージだと思います。本日は本当にありがとうございました。
2024年4月26日リモートインタビューにて
井手上 漠 氏
2003年生まれ。島根県隠岐郡海士町出身。男性として生まれるが、幼少の頃より自分の性を男女の枠に当てはめられるのに戸惑いを感じていた。17年、中学3年時に自分のことを書いた弁論文『カラフル』で「第39回少年の主張全国大会」に出場し、文部科学大臣賞を受賞。18年、高校1年時に第31回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストでDDセルフプロデュース賞を受賞。「可愛すぎるジュノンボーイ」として注目を集め、21年に発行された初のフォトエッセイ『normal?』は、発売前に重版が決定した。高校卒業後は上京して芸能活動に専念し、多くのメディアに出演、モデルとしても活躍する。22年、ジェンダーレスファッションブランド「
インスタグラム @baaaakuuuu
X(旧ツイッター)@i_baku2020