土井 善晴氏インタビュー 「食べる」ことは、秩序ある日々の営み ~家庭料理の原点に立ち返って提案する「一汁一菜」~ 

外食の目的がご馳走を食べるハレの日のことだけではなくなり、日常の食事も外食化が進みました。経済成長ともに食事の商品化は進み、食事を「買う」ことがあたりまえになった今、日本の家庭ではこれまで以上に料理をしなくなってきているように思います。
昭和の専業主婦の時代には、日常はもちろん、手のかかったハレの食事も手作りしたものですが、今では、加工食品、冷凍食品を利用し、時短・簡便さを求める傾向が強くみられます。そうした現代の食の現実を知った上で、家庭料理を極めた土井善晴さんがあえて提案するのは、和食の原点に戻った「一汁一菜」です。
一汁一菜とは汁飯香(味噌汁、ご飯、漬物)。ご飯があれば、具沢山のおかずを兼ねた味噌汁を作れば完成(!)。ご飯は左、味噌汁は右、箸を手前に横にきちんと置く、綺麗に整えて、味わって食べる。一汁一菜を食事の基本スタイルにして、余裕があれば一品プラスする。
土井さんが説くのは、日々忙しい活動の中でも、「料理して食べる」を実践して、暮らしを整えることの大切さでした。ご自身の著書や講演・動画などで“食事に込める思い”を説いておられる土井さんに、生協学生委員のメンバーが、学生が食生活をきちんと考えられるきっかけになるようなお話を伺いました。

(2023年2月28日 リモートインタビュー)

インタビュイー

料理研究家、フードプロデューサー
土井 善晴氏

プロフィール

聞き手

全国大学生協連
学生委員長(司会/進行)

高橋 明日香 

全国大学生協連
学生委員会

中野 駿

全国大学生協連
学生委員会

加藤 有希

(以下、敬称を省かせていただきます)

はじめに ~このインタビューの趣旨~

本日はお忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございます。私は全国大学生協連・全国学生委員長の高橋明日香と申します。2年前に兵庫県立大学を卒業しました。本日はよろしくお願いいたします。

同じく全国大学生協連・全国学生委員会の中野駿と申します。名古屋大学4年生で、この春卒業します。

同じく全国大学生協連・全国学生委員会の加藤有希と申します。今年3月に広島県の福山市立大学を卒業します。

全国学生委員会では、学生がより充実した大学生活を送れるようにさまざまな活動をしています。食生活に関しては、リサイクル容器を使ったお弁当の販売・回収や、食育に注目して学生が栄養バランスの良い食事を取れるような取り組みにも力を入れています。
私は土井先生のご著書やインタビューを拝見し、「健全な食事から立派な大人が生まれる」、「食べることは営み、心を育てること」という言葉に感銘を受け、先生をリクエストさせていただきました。環境や経済的な理由から食事をはじめ自身の健康や暮らしの安全の優先度を下げてしまう学生が多いという現状がありますが、先生のお話をご紹介することで、大学生が将来を見据えながら自分の食と健康を考え、安心して暮らせるような機会を作りたいと考えております。

料理研究家の土井です。現在は十文字学園女子大学の健康栄養学学科、食文化コースで、「食事学」や「料理学」/「調理学」など、料理を形而上学とした講義を通じて学生の指導をしています。大自然とつながる食に関わり人間を考える学問です。今まで調理学、栄養学といえばレシピを学び再現する、あるいは栄養とおいしさばかりを教えてきたのです。食事や料理の意味や意義を考えず、食べることばかりに注目してきました。その結果、人間の暮らしと学問が分離しているのです。それを繋げるものが食の文化、料理する意味や意義を考えることです。そして当たり前のことですが、毎日の一食一食の食事が自分の人生と深く関わり、未来を作っていくのだということを忘れてしまわないように願っています。

時代とともに変遷する料理への思い

「料理」って?

先生はなぜ日本の食や食卓に注目して活動されているのでしょうか。先生の活動の背景にある思いをお聞かせください。

私の父、土井勝が料理研究家で、家庭料理を教える料理学校を営んでいました。当時は昭和で専業主婦が主流でしたから、若い女性が花嫁修業として家庭料理を学ぶのは当たり前の時代です。日本料理にはそもそも肉料理がなかったので、料理学校で学んで献立に取り入れ、栄養バランスの取れた食事を作ろうという国を挙げての風潮がありました。昔の専業主婦は夫や両親と共に過ごして、子どもの世話、学校とのやり取り、御用聞き、買い物、料理、洗濯、掃除……家の仕事だけでもたくさんあり、本当に忙しかった。それをこなすことで実は「家庭」という秩序を保っていました。秩序を保つとは、日本人らしい生活文化を維持するということです。文化は人間を守るものですが、そういう基準となるものがなくなったのが現代です。経済発展とともに、仕事と暮らしは家業と言われたように繋がっていた生活が、「暮らし(家事)」と「仕事」に分離します。そして、女性も社会で仕事をするようになると、家事はだれがするのですか・・・。人間は料理する動物なんですね。だから人間は「料理をしないとあかんやろ」と考えています。「料理をして整えて食べる」ことは人間にとって大事なことなのだと伝えたいと思っています。でも 今のように仕事もしながら料理しようと思っても、そんなの無理ですね。でも、時間がなくても、誰にでもできる「一汁一菜」を提案したのです。

ご著書の中に、「おばあちゃんの作ってくれたご飯である「和食」が、ユネスコの世界無形文化遺産に登録された」とありました。学生が食事をあまり作れていない、食事の大切さを思わなくなった現実がある中で、食事を日々の営みにしていくことを先生のお話から伝えていきたいと思います。

土井先生の学生時代

土井先生ご自身は、大学生の頃にどのような食生活を送っていらっしゃったのでしょうか?

私は1957年生まれですから学生時代は77年~80年で、79年に大学を休学して料理を学ぶためにスイスに留学しました。当時は特別な時を除いて、外食の習慣そのものがほとんど無かった時代です。1970年に大阪万博が開催され、ファミリーレストランの第一号店が開店して、日本人に外食を楽しむ意識が生まれましたが、私の学生時代はまだまだ家で食べるのが当たり前。用も無いのに外で食べるということはありませんでした。

ですから食生活ということに関しては、今のようにお寿司屋や焼き肉店は、子供ばかりで入る場所ではありませんでした。友人と一緒に外食するといったら、例えば、野球チームのメンバーでおうどんやおそばを食べるくらいでした。特においしいものを食べるのではなく、出先で時分時(じぶんどき)だから食べるというくらいのことでした。外食の思い出は父に大阪のグランドホテルのビュッフェに連れて行ってもらったことでした。今とは違って、母親が家で作るのが当たり前で、それが一番おいしいことは、家族みんなが知っていました。

「一汁一菜」は料理の入り口

先生は「食事で生活を整える」というお話をされています。今の若者は、コスパ、タイムパフォーマンスを考え効率を意識して動く傾向があり、食に対する時間を削って外食やコンビニで買ってきたもので済ませてしまう人も多いのが現状だと思います。そういった学生がこれから食を通して達成感を感じられるようになるには、どのようなことを意識したらいいのでしょうか。

今言われた“時短”ですが、例えば電子レンジで5分温める、その5分というのは、本当に必要でない無駄な時間になってしまいますよね。その必要のない、意味のない時間という考え方が、一番もったいないと思うのです。料理する時間を考えると、同じように5分あったら味噌汁が作れます。そうしたらご飯さえあれば、手を動かして味噌汁を作って家でサッと食べてサッと片付ける。電子レンジのような便利なものを利用することで、料理の時間を捨てることでしょう。みんな机に向かって勉強しますが、手と頭を一緒に動かすことが料理です。
身体と頭で考えるがつながることが大事です。そこに小さな気づきが生まれます。気づくと嬉しくなるでしょう。その気づきは幸福に繋がっているのです。だから幸福は時間の中にある。それについては、これから、ご自身でしっかり学び、考えることですね。 自分で、料理することに意味があるのは、まず安心して食べられる、栄養的な意味でも健康管理ができる、達成感もありますが、もっといいことと繋がっているのです。それを便利なものに依存すると、そのいいもののすべて放棄することになります。

(前出の)「一汁一菜」が身につくにつれ、慣れると時間もかからなくなりますが、何も時短のためにあるのではなく、昔から日本人が当たり前にしていることです。現代人は忙しいと言われますが、昔の人は今の人以上、全て手作業ですから忙しかったんです。でも、10人の大家族であっても、「一汁一菜」なら作る手間はあまり変わらず実現できる。香川県に生まれた祖母は、毎朝うどんを打って、味噌汁に入れて直に煮込んでいました。「打ち込みうどん」と言われるものです。祖母にすれば一つの熱源、一つの鍋で済むし一番合理的なことだったんですね。味噌汁はご飯に限らず、何にでも合いますから、トーストにバターでも合います。味噌汁にそうめんでも、ラーメンでも冷やご飯でも、お餅を煮込んでもいいのです。味噌汁には自由に工夫する楽しみがあるのです。卵を落とせば食べ応えが大きくなります。ラーメン屋さんのようにボイルしたシャキシャキのもやしを入れてもいいし、味噌汁の自由さ、ポテンシャルの高さが実感できます。味噌汁には無限の工夫ができるのです。
作り方の基本はもう知っていると思いますが、お椀に一杯の具とお椀に一杯の水を鍋に入れて火にかける。に立てば味噌を溶いて少しなじませて出来上がりです。ネット検索してもらえば、私が味噌汁を作っているのがすぐ見られると思います。とにかく一度、具沢山の味噌汁を作ってみれば、びっくりするほどおいしいのができます。皆さんが面倒だと思うことは分量を量るとか、レシピをググって、レシピに従うことです。やらされることっておもしろくないでしょう。おもしろくないことは料理じゃない。味噌汁を自分の思い通りに、自在に作ることで、料理は面倒なことじゃなくなるのです。楽しみであることがわかる。だし汁を取らないと味噌汁はできないとか、たくさん思い込みがあると思います。味噌汁の具材になるものの全てから水溶液、つまりだし汁ができるから想像以上においしくできます。
味噌汁のおいしさは微生物が作ったものだから、人間業じゃないのです。だから毎日食べても飽きるなんてことはありません。もちろん、他に作りたい料理があれば作ればいいし、外食をすることだってたまにはいいでしょう。でも、生活の基本を「一汁一菜にする」ということです。必ずいいことがあります。自炊することで豊かな感性が育まれていくのが実感できる。自分の成長に気づけるってすごいことでしょう。「お味噌知る」(世界文化社)という本がありますから、ぜひ参考にしてください。