土井 善晴氏インタビュー 「食べる」ことは、秩序ある日々の営み ~家庭料理の原点に立ち返って提案する「一汁一菜」~ 

食べることは日々の営み

秩序のある生活を心掛ける

ウィズコロナで対面が増えてきている今、楽しく大学生活を送っている人もいれば、思ったような大学生活を送れないという人も結構います。そういう人に、家が心地いい場所であったり、食が心身の健康につながったりすることを伝えたいと思います。もう一つ、「食べることは営み」ということで、まずここから頑張ってみることを1つ作れたらと思っているのですが、何かご提案いただけますでしょうか?

「これだけはきちんとするぞ」ということを心に決めることです。食につながることで言えば、お料理をすれば、台所には、洗い物ができるし、ガス台もシンク汚れます。だから、鍋を洗う、炊飯器を洗う、器を洗う、シンクも綺麗に洗ってから水気を拭き取る。汚れたら綺麗にする。ものを使ったら片付けることです。汚れをそのまま放置すると秩序が乱れたままになりますから、どこかしら居心地が悪くなる。秩序があると心地よいのです。机の上が散らかっていたら、なんか嫌でしょ。部屋を片付けたら気持ちが良くなるし、やる気がでる。それを実現しやすくするのが、一汁一菜です。食事を済ませてさっと片付ける。綺麗に片付いた状態を基準にしてください。それは自分を見つめることにもつながります。自分の基準知るということですね。

大学生が自分と向き合う1つのきっかけに食事がなればいいなと思います。私も一人暮らしを始めてから、最初はコンビニばかりだったのですが、土井先生の本に出会って、お鍋にお水を入れて温めて、お味噌を溶いて卵を入れるだけなんですけれども(笑)、それとご飯でいいなと思えました。

具材をもっと色々入れて見ればいいですよ。スーパーで季節の野菜を買ってください。
味噌には、色の濃い豆味噌、米味噌は赤いのが定番で、甘い白味噌もある、それに麦味噌というのも少し甘めだけど美味しい、色々試してみるといいですね。味噌はそれを好きなように混ぜて使ってもいいのです。味噌を求める時に大事なことは、伝統的な熟成期間の長いもの、ちゃんとした素材のものを選ぶということが大事です。

食を通して自然とつながる

私は最近、お茶碗も好きになってきて、休日に陶器を巡ったりするようになりました。自分でも「いい生活してるかも」と満足したり、外に行くきっかけになったりしていると感じています。

そうそう、食事って、全方向的にいろんなものとつながっていますよね。日本を語るには「豊かな自然」が欠かせない。日本の文化は、自然を基にしてできたものなのです。自然とのつながりがすごく大事で、お茶碗など土のものが何で美しいと思うかというと、何か温かみがあって、自然とつながっているからなのですね。
先ほど、「器を取り合わせる」と言って、複数の器をコーデュネートして、お膳の上がきれいになるようにすることです。お膳の上にお料理を並べて「ああ、ええなあ きれいなぁ」と思えることが大事なんすね。器にはいいもの、あまり良くない器もあります。いいものわるいものが、わかるようになればいいですね。それが目利きの仕事ですが、自分の目で見ていいものと悪いものを見極めてくださいね。

間違ってはいけないことですが、自分の好きなものは必ずしもいいものではありません。嫌いなものが悪いものではないのです。美意識という点では、「いい」ものは誰が見ても絶対的にいいもので、それが見えないとしたら、あなたが未熟だからです。だから、「いいものを見る」経験が大事です。なんでも見ればいいんじゃなくて、いい物を見ること。

自炊する学生へのアドバイス

僕はこれから一人暮らしをしていくのですが、ご飯と味噌汁と、さらにもう一品付けるとしたら、どんなものからだと手軽に始められるのでしょうか。

ご飯と味噌汁の次には、時々お肉を食べたら元気になります。お肉を食べたいなと思ったらシンプルに焼く、炒めるだけで料理になります。今日は塩の気分だなとか、塩以外にも醬油をかけて食べるとか、肉を炒めている時に味噌も一緒に入れたらどうだろうか、ちょっとしょっぱいなと思ったら砂糖も入れてみるとか。
季節の食材を見つけて買ってきて、調理としては、「焼く」「煮る(茹でる)」「炒る(揚げる)」「蒸す」「なます(刺身)」といった調理法を当てはめて、その日に相応しい調理法を選べばいいのです。調理を複雑にしないで、食材1種と調理法を組み合わせることから始めれば、いろんなことが分かってきます。気づきは次回に役立つし、自分のおいしそうって感覚を頼りにお料理すればいいと思います。お料理に失敗はないのです。ちゃんと食べられるものができます。炒める方が茹でるよりもおかずとしての存在感は大きくなりますよね。今日は醤油で味付けよう、塩にしてみよう、味噌にしてみよう、味噌に砂糖をちょっと入れてみよう、というふうに工夫して、「食べられるようにすること」プラス「味付け」さえできればいい。料理をそんなに難しく考えなければいいと思います。

何か難しいものを作らないといけないのかなと思っていましたが、シンプルでいいのですね。

春になったら菜の花やアスパラガスをゆがいて、マヨネーズでもお醤油でもつけて食べれば、それだけでOK。それが今の季節と自分をつなげることになります。

有限なお椀の中に無限の工夫がある

僕は引き続き自炊を頑張ろうと思っています。調味料って持っていた方がいいんですか。

だって、欲しくなるでしょう(笑)? 味噌が無かったら一汁一菜の味噌汁ができないし、自炊するのなら、味噌はいりますよ。味噌は味噌汁にするだけじゃなくて、調味料にすれば、甘味を補って味噌炒めができる。あとは、醤油、砂糖、塩がこれだけでかなり色々な味付けが楽しめます。日本の調味料は全て、麹を使った発酵調味料です。塩も生成されていない自然塩を選ぶことです。調味料をいいものを選べば、お料理はおいしくなります。

母に「今日お味噌変えてみたよ」と言われることがあったのですが、なるほどそういうことだったのかと、今納得がいきました (笑)。

味噌はそのまま白いご飯に乗せればおかずになります。
おかずの作り方は、「作りたい食べたいと思った時に一つずつ覚えていけばいいです。

最低限「さしすせそ」は揃えつつも気楽にやって、食でいろいろと変化を見られるような人になりたいなと思います。

大学生活を送る若者へのメッセージ

最後に、大学生活を送る若者に向けてメッセージを頂けますか。

今は先行きが見えにくい時代です。私がみんなに「こうしたら幸せになれるで」なんて、食事以外では何も言えません。いろいろ分からないところで、みんな不安を抱えていると思うのですよね。逃げ出しても、不安はずっと追いかけてくる。辛いから逃げたくなってしまうけど、不安の正体をちゃんと自分で見極めて向かっていくこと。それを知ることで覚悟ができます。怖いから見たくないとか、汚いものは見ないとか、逃げることはいくらでもできます。でも、怖いけどしっかり見て、そういうものだと自分で引き受けてください。腹を決める、そうするとカッコいいから(笑)。それだけで十分違うかなと思います。みんな頑張ってください。そして楽しんでください。

今の大学生に食事を通してきちんとした生活を送ってもらえたらいいなと思います。本日は本当にありがとうございました。

PROFILE

土井 善晴(どい よしはる)氏

1957年、家庭料理の研究と普及に尽力した料理研究家、土井勝・信子夫妻の次男として大阪府で生まれる。芦屋大学教育学部産業教育学科(現・経営教育学部経営教育学科)卒業。スイス・フランスでフランス料理を、大阪の「味吉兆」で日本料理を修業。
父・勝氏より引継ぎ、20年以上にわたって出演した『おかずのクッキング』(テレビ朝日)をはじめ、『きょうの料理』(NHK Eテレ)などの料理番組に多数出演し、柔らかな船場言葉のトークで親しまれる。92年、「土井善晴おいしいもの研究所」を設立。
十文字学園女子大学招聘教授・東京大学先端科学技術研究センター客員研究員などを務め、食文化教育活動に貢献。フードプロデューサーとしては、地域食の洗練化、レストラン総合開発を担う。対談・講演会・講座・メディア出演など、活動は多岐にわたる。日本の食文化の振興・発信に多大な貢献を果たしたことにより2022年度文化庁長官表彰。『一汁一菜でよいという提案』(2016年グラフィック社、のち新潮文庫)、『一汁一菜でよいと至るまで』(2022年新潮社)等、著書多数。
2002年から健康のためマラソンを始め、国内のマラソン大会に出場して何度も完走している。

土井善晴おいしいもの研究所ホームページ https://oishiimonok.com/