笠原 将弘 氏 インタビュー

食べること、料理をすること

素材にないものを補う

今までお聞きした話と重複する部分もあるかと思いますが、笠原さんにとって食とはどのようなものなのか、食事や料理についてのお考えを教えていただければと思っています。

食は衣食住という言葉がありますが、人間が生きていくにあたって絶対必要なものじゃないですか。特に僕はそれを仕事にしていますからね、すごく大切な、人間にとって重要なものだと思っているけれども、それを考えた時に食事というのは結局、単純に言ってしまえば、生きていくために食べることだと思うんですよ。

特に家庭の食事というのは、自分や家族の健康とプラスして、本当に食べないと人間は死んでしまうから、生きていくために必要な行為。だから極論を言うと、ある程度の健康バランスとカロリーが取れれば、そんなに味が美味しくなくてもいいわけです。

例えばじゃがいもを茹でただけでも、レタスをただちぎって食べてもいいわけですが、太古の昔はそうだったものを人間っていうのは少しずつ食材を美味しく食べるということを学んで、それがどんどん贅沢になってきたわけで、それが僕は料理だと思うんですね。

料理って理を料ると書きますけど、少しでも美味しいものを食べて、みんな心豊かに季節の食材を味わう楽しさ、娯楽としてそういうものを取り入れていった結果、料理になったと思うので、そこにはやはり美味しさも必要だし、僕なんかはそれを生業にしているからエンターテイメント性も必要になってくる。で、当然美味しく作るには、それなりの技術も必要になってくるわけであって、その技術をいかに身につけるかっていうところも大事になってくるから、料理というのは本当に考え始めるときりがないというか、技術も磨こうと思えば果てしなく磨けるし、創意工夫を重ねるとやっぱり美味しくなるよね、料理って。

料理は本当に一生かかっても答えがわからないし、まだまだ自分も上手になりたいなと思うし、料理という観点でいくと、追い求める自分の中の課題だと思ってやっているけれども、これはあらゆる仕事にも当てはまると思うので、料理ってそういうものが詰まっているのかなと勝手に僕の解釈で考えています。

うちの若いスタッフにもよく話すのですが、例えばレタスを 食べる時に健康を意識してヘルシーだから食べている人が多いと思うんですよね。そのレタスを料理にするとなったときに、僕はないものを補っていくことがその素材を美味しくする一個の方程式だと思っていて、これはないものを補っていくと、結局それが完成するという、いろいろな仕事に当てはまる考え方じゃないかなと思うんです。

レタスってそれだけ食べたらシャキシャキした食感でしょう。味としては、ちょっとほろ苦い、あとは瑞々しさ、そんなものだと思います。そこにないものを足していくと、油脂分はないので油を足そう。そしてほぼ何の塩分も甘さもない、じゃあ少し塩と甘さを入れてみようか。レタスは酸っぱくないので、酸味も入れてあげよう。あとちょっと香りのあるものを入れたらどうかなってやっていくと、その今挙げたものを混ぜるとドレッシングになるんだよね。油と塩分と酸味と香辛料みたいなものにちょっとした甘さ。ドレッシングをかけて食べると、レタスって一気に美味しくなるじゃないですか。だから突き詰めると、すべての料理がそういうものなのかなと思いますね。ないものを補っていくっていうことを、人類は長い時間をかけて発見していったんだと思いますよ。それが、僕が思う食事と料理の考え方というか、自分の考える料理の概念ですね。

自炊のアドバイス

最近では物価高が話題になることが多いですが、欠食をする学生が多いことが問題で、学生もいかに安く食事を済ませるかっていうところも含めて、食べることの楽しさにあまり気づけていないのではないかと思っています。今のいろいろな環境、外的要因とかも含めて、なかなか意識を向けることが難しくなっている世の中ではありますが、そういう今だからこそ若者にできることや、心の持ちよう、自炊することで補えることなど、笠原さんのお考えがあれば、お聞かせください。

本当に今は何でも価格が高いし、お米も高くなっちゃったよね。自炊をしている学生さんたちは大変だと思うけど、でもなんでも高くなっていると言いながらも、やっぱりさっきの話ではないですが、旬のものは割と安く手に入るし、スーパーなどでは特売をやっているものなので、そういうのを上手く活用するのが一番いいと思います。

あとは昔から値段がそんなに変わらなくて、優秀な食材である豆腐やもやしや卵などを上手く使ってみましょう。僕は昔の時代小説が大好きで、江戸時代が舞台の本などを読むと、すごく冬の寒い日に湯豆腐を食べるシーンとか、とても美味しそうなんだよね。豆腐だけだけど、これだけ物に溢れている時代だからこそ、あえて湯豆腐をきちんと作って、醤油とおかかだけでシンプルに食べてみるのも、今の大学生のみんなには意外と新鮮で面白いんじゃないかと思いますけどね。

若者世代へのメッセージ

では最後に、このインタビューの読者の大多数を占める今の若者世代、主には大学生世代ですけれども、その学生に向けて、メッセージをお願いしたいと思います。

自分の子供もみなさんと同じぐらいの世代だし、うちで働いてくれている若いスタッフも大体皆さんぐらいの年齢が多いので、もうほぼ父親目線になりますが、とにかく単純に、次は君たちの世代がこの日本を背負って立って行くわけだから頑張ってほしいなという気持ちですね。

今は世界的にいいニュースがないけれど、つくづく食の面だけ見ても、北から南まで海に囲まれて、恵まれたいろいろな食材がある国で、料理の文化としても素晴らしいものを持っているし、人も基本的にみんないい人だと思うし、やはり日本はいい国だなと思いますね。これだけいろいろな国の料理が美味しく食べられるようになった日本っていうのも、やはり日本人の勤勉さとか器用さとか真面目さとか、いろいろなものが組み合わさってここまできたと思うので、僕は日本人に生まれてよかったと思うし、この日本という国をこれからもっと君たちの世代が良くしてほしいと思っている一人です。

僕は高校を出てすぐ料理の世界に入って、もうずっと料理一筋で生きてきましたけれども、どんな仕事をするにしても、最初から楽なことというのは絶対ないと思うし、基本的に全員に平等に神様が与えてくれているのは、1日は24時間、一年は365日、人生は1回しかない。だからそれをどう上手く使うかは、本当にその本人次第だと思っていて。やっぱり人生のある時期、何か一つ成し遂げたいっていうものがあったら、踏ん張る時期が必要だと思うし、嫌でもすぐにそこから逃げないで、そこを頑張ることによって見えてくる世界というのもいっぱいあると思うし、最初からすべてのことがうまくいく人生はないと思うし、逆にずっと嫌なことばかりの人生もないと思うので。これから皆さんはいいこともちょっと辛いことも経験していくと思いますけれど、それはすべて自分の糧になるから、とにかく無駄な時間だけは使わずに、頑張ってくれたら嬉しいなと思っています。

今回は食を中心にいろいろとお話を聞かせていただきましたけれども、このインタビューの記事を読んで、学生が社会を担っていく際に、まずは食事をしっかりと取ることに意識を向け、大学を卒業したその先の社会で元気に活躍ができるように頑張っていけたらと思います。
本日はありがとうございました。

2025年5月9日 リモートインタビューにて

PROFILE

賛否両論 笠原 将弘

1972年東京生まれ。
高校卒業後、新宿の有名日本料理店で9年間修業、その後、実家の焼鳥店を継ぐ。
30周年を機に一旦店を閉め、2004年9月 恵比寿に自身の店「賛否両論」を開店。
独創的な感性で作り上げる料理が訪れた者の心を掴み、予約の取れない人気店となる。
愛称は「マスター」。 その昔、父親が常連客に呼ばれていたものがそのまま受け継がれ、店の客はもちろんのこと全従業員からもこの愛称で呼ばれている。
『腕・舌・遊び心』をモットーに、父親譲りのセンスと修業時代に磨いた確かな技術で今日も腕を振るい、「日本で一番、人の役に立ち、喜ばれた和食屋だった」と、後世に名を残せることを目標に日々邁進中。
(公式サイトより一部抜粋)

「賛否両論」公式サイト https://www.sanpi-ryoron.com/
YouTube【賛否両論】笠原将弘の料理のほそ道 https://www.youtube.com/@sanpiryoron

CONTENTS

自己紹介とこのインタビューの趣旨

料理の魅力と楽しさ

日本料理の料理人として

食べること、料理をすること

若者世代へのメッセージ