前田さんはTwitterなどで「美大卒じゃなくてもデザイナーへの道は開ける」とおっしゃっていて、その言葉が自分の中では力になっています。もちろん努力はすごく必要だと思うのですが、「それだけが道じゃないよ」と言われたような気がしてうれしかったです。私のように自分の専攻、専門分野ではない業界に行きたいと、就活で挑戦する人も多いと思うのですが、そういう人に向けてアドバイスをお願いします。
美大とか専門学校に行っていないけどデザイナーになりたいという人ですよね。そうですね、「前田デザイン室」に入ってください(笑)! これ、実際に美大出身ではないメンバーで、前田デザイン室を活用して、デザイン会社に就職したメンバーの成功例があるんですよ。彼は、美大関係ではない普通の大学生で、今年パッケージのデザイン会社に入ったんです。「前田デザイン室」って、いろいろな世代層のデザイナーがいます。中には商学部出身でデザイナーになった人もいて、僕も含めいろいろなデザイナーからアドバイスをもらえるんですよ。その彼はコミュニケーションを取るのがうまくて、人気者で甘え上手。周りの人々にポートフォリオを見てもらったり、どういうことを面接でアピールすればいいかのアドバイスをもらったり。僕は彼に『宇宙兄弟』の編集をしている会社コルク※にインターンの紹介をしたこともありました。なぜかというと、彼のコミュニケーション能力と行動力を見て、彼ならいけるなと思ったからです。
※株式会社コルク(CORK INC.)
https://corkagency.com/corporate/about
そうやってプロのデザイナーに混ざっていくことが大事なんじゃないでしょうか。美大とか専門学校は何がいいって、デザインに日頃から触れている人が周りに大勢いるのですよ。もちろんカリキュラムもすごいのですが、それだけじゃない。デザインに興味があって勉強していると、日常の会話からデザインの話が入ってきますからね。その積み重ねは大きいですよ。例えば英語も一緒で、使わないと身につきませんよね。留学したら英語が身につきやすいのは、周りに英語をしゃべる人がいるからです。ですから、周りにデザインの話をする人を増やしたらいい、すると自分もデザインの話をするようになる。興味もわくし、アドバイスもできる。だから英語を学びに留学するような感じで前田デザイン室に入るといい。宣伝みたいになっちゃうんですけど(笑)。
ありがとうございます。そういった環境というのは確かに影響するなというのは実感しました。
仲のいい友達って服装が似るじゃないですか。あんな感じで、一緒にいると知識や価値観が似てくるんですよね。だから周りにいる人って大事ですよ。
周りにいる人が大事ということで、今はそういう環境にいなくても飛び込んでいくような勇気を持つことが大事なのかなと、話を聞きながら考えていました。そのような勇気は、どうやったら持てるようになるのでしょうか。
すごくいい質問ですね。僕も元々非常に慎重で、こんなオープンな感じでもなく、“上司の後ろで職人のように佇んでいる無口な人”という感じだったんです。昔、一緒に仕事をしていた外部の会社の人からは「なんかキャラ変わりましたね」とよく言われます。任天堂を辞めて1年はそんな感じで一人で仕事をしていたのですが、もうちょっと仕事の規模を大きくしたかったし、自分の指名でもらえる仕事を増やしたかったというのがあって、キャンペーンを行うことにしたんです。
僕が変わっていったのは、「躊躇しないキャンペーン」。それを決めてしまうことによって、恥ずかしいこと、今までやらなかったこともできるようになりました。その頃、全然知らない、ある芸人さんの講演があって、今までだったらまず行かないけれど、ちょっとでも気になったら躊躇しないでやると決めて、聞いて、オンラインサロンに入って、と、そういうルールを課しました。仲のいい友達に「そんなん入んのや」と言われても「いや、本当は入りたくないけどキャンペーンやから仕方ないねん」、「キャンペーン頑張ってんねん」と言って言い訳にできるから、ちょっとでも気になったらやってみる、躊躇しない、という期間を設けると変われましたね。
学生委員会でも、いろんなキャンペーンをやってチャレンジしてみてもいいかなと思いました。
逆に今の大学生・若者にしてもらいたいキャンペーンってありますか?
大学生に? 何でしょうね。デザインに興味のある学生・若者が増えたらうれしいなぁと思いますね。「『勝てるデザイン』読んでみようキャンペーン」(笑)。さっきの話につなげると、「やりたいことを見つけないキャンペーン」かな?
僕はデザインについて話すときに、フェチの話をするんですよ。性的なものじゃなくて、誰しも自分だけの変態的フェチがあるじゃないですか(笑)。僕はレゴブロックみたいなカラフルでツルツルしたものが昔から好きで、小さいときはレゴを口の中に入れていたんですよ、すごい気持ちいい感覚があって。なんかそういうのを見つける、「フェチを発見するキャンペーン」とかいいかもしれないですね。
今後、クリエイティブの分野でも、テクノロジーがどんどんどんどん発達していって、最近フォトショップでも写真を勝手に補正する、古い写真を補正する機能などが発表されていますし、イラストレーターというアプリも手書きで書いたロゴをAIがパッときれいなデザインにしてくれる時代が来ます。そうなると、技術とかみんなフラットになるので、自分が作る思想とか哲学が重要になってきます。僕はその根本は自分のフェチだと思っています。クリエイティブの根本。だから自分のフェチを見つけておくといいのかなと思いますね。
フェチを見つける際に、何かコツはありますか?
自分の気持ちと対話して、出会ったときになんかこれちょっと好きだなとか、気持ちいいなとか、なんでだろうと考えたり気付いたりすることが大事なのではないでしょうか。なんとなく同じような服を買ってしまうことなんて、絶対にあると思うのですよね。それって何なのだろう。僕は角丸とかが好きなんですよ、角が丸いもの。襟が丸いシャツなんて、買ってしまいそうになります。あと、水玉とか。丸いものが好きなのかな。カラフルで水玉のものって買いそうになります。
「なんかちょっと好き」が強いものが、今考えただけでも何個か見つかったので、他の人から見たら「全部同じやん」「いや、違うねん」というやつがそれかも、と思いました。
そうそう、そうです。過去から現在まで続いているようなことは、未来にも起こり得るので、自分にとっては普遍的なものなのですね。小さいときから同じで、今もそうだというものを見つけるといいと思います。『勝てるデザイン』という本の中に最初に年表がありますが、自分で年表を作っていくといいと思います。
今のお話を聞いていて、何となく「これ、フェチかな」と思うことがありました(笑)。私は絵画とか歴史とか昔のものがすごく好きで、その美しさとかが認められているものって、やっぱり誰かがずっとその価値を訴え続けてきたから残っているんだろうなと強く感じているので、それもフェチになるのかなあと思いました。
そうそう! 追求するのがいいと思います。
『勝てるデザイン』で、「ただデザインするのではなくて、相手の心を動かすことが大事なのだ」と書かれていたと思います。私たち学生委員会の日々の活動も、参加する人や、私たちの発信するものを目にした人の心を動かしたい、知ってほしいと思って取り組んでいることがたくさんあります。相手の心を動かすためにどんな工夫をされていますか? これが大切だ、ということがあればお聞きしたいです。
「心を動かす」というのは、デザインだけじゃなくて仕事をする上での全てかなと思っています。心を動かすとは、一言で言うと「相手の想像を越えられるか」ということです。僕は最初に相手の期待値を低い状態にして、それは自然体でやっているのでわざと低めるわけではないけれど、相手が自分のことをどう思っているのかを把握してそれを越えよう、みたいなことを意識してやっていますね。
どれだけ相手のことを考えられたか、どれだけ案を考えたか。完全にラフのクオリティを越えたようなものを作ってくるとか、頼まれていないことまで考えて作ってくるとかされたら、絶対嬉しいじゃないですか。感動じゃないですか。それくらいのことはしたいなと思っています。
そうですね、『勝てるデザイン』の中でも「第三者視点になって一回自分のデザインを見てみる」と書いてあり、それはすごく大事なことだなと思いました。私も自分で作品を一回完成させた後に、ここは小さくて見づらいな、とか考えながら振り返るようになりました。デザイナーじゃなくても、いろいろな人がそういうデザイン的な思考を持てたら、周りの人との意思疎通がもっと上手にできるようになれそうだなと思いました。
コロナ禍は少しずつ回復してきているとはいっても、まだまだ頑張りたくても頑張れない、なかなか一歩を踏み出せないという学生もいます。そんな読者の大多数を占める未来に向けて頑張ろうとしている若者世代に向けて何かメッセージをお願いします。
僕が一つ何かを極めようと思ってやってきたことは、多分今の時代でもずっと通用することだと思います。やりたいことを見つけろとか、僕等の時代よりも面白いものが目の前にちらつくとか思いますが、何か一つ自分の才能を見つけて、やりたいことなんて置いておいて、磨きたいものを磨いていくことをひたすらやっていくといいのかなと思います。今ちょっと「やりたいことを見つけないといけない地獄」にいる若者は、磨きたいものを見つけられるようになってくれたらいいなと思っています。
今回のお話の中にさまざまなキーフレーズがありました。僕たち3人も将来に向けて極めたいこと、自分の中で大事にしたいことが整理できたと思います。本日はお忙しい中本当にありがとうございました。
ありがとうございました。僕も楽しかったです。
2022年6月17日 リモートインタビュー
前田 高志氏
1977年、兵庫県伊丹市出身。グラフィックデザイナー。大阪芸術大学デザイン学科卒業。01年任天堂株式会社入社。企画部にて約15年間、宣伝広告デザインに従事。16年2月よりNASU(ナス)※という屋号でフリーランスとして活動。専門学校HAL、大阪芸術大学にて非常勤講師(現在はいずれも退任)。18年6月 株式会社NASU※を設立し代表取締役に。幻冬舎・箕輪厚介氏のオンラインサロン「箕輪編集室」でのデザインワークで注目を集め、自身のコミュニティ「前田デザイン室」※開設。雑誌『マエボン』、『NASU本 前田高志のデザイン』を前田デザイン室として出版。コミュニティ作りの経験を生かし、19年10月よりNASUの新事業としてコミュニティ事業を開始する。20年1月よりレディオブック株式会社のクリエイティブディレクターに就任。NASUで手掛けた名刺が、レディオブックが「スクーデリア・フェラーリ」とパートナーシップ契約を結ぶきっかけとなる。株式会社コルク・佐渡島庸平氏との出会いより、本来の夢であった漫画の世界を目指す。2020年『勝てるデザイン』を出版(幻冬舎)。2021年『鬼フィードバック デザインのチカラは“ダメ出し"で育つ 』(MdN)。Art Directors Club(NEWYORK)、OneShow Design、全国カタログポスター展経済産業省商務情報政策局長賞 他。
※NASU:デザインで「成す・為す・生す」の意。
※株式会社NASU https://nasu.design/
※オンラインサロン「前田デザイン室」https://whats.maeda-design-room.net/