佐藤可士和氏インタビュー 物事の構造を見据える「デザインの視点」

佐藤さんご自身のこと

人生で一番大きかった経験「誕生」

インタビューの中でも伺いましたが、インスピレーションを感じたり経験を積んだりする中でご自分の中に落とし込まれていったり、なにか着想を得たりということが、きっと佐藤さんのこれまでの生活の中であったことと思います。一番印象に残った経験、自分自身をつくっているなと思われる経験をぜひ伺いたいと思います。これまでの経験の中でつくられてきた佐藤さんの中身をお聞きできればなと思いました。いかがでしょうか。

結構難しいですね。何かな? あ、子どもが生まれたことかな。それはもちろん、みんなはまだ分からないと思うけれど、全然違う、全く違う人生になりました。それまでは、もちろん自分も親に育てられて結婚してということだったのだけれど、結婚までの過程は、変わるのは変わるけれどその変化は想定内。自分が考えている延長上にあったので、そんなに「え?」みたいなことはなかった。でも、子どもが生まれると、さっきのように「そもそも電気がなければインターネットが使えない」というような気付きが山ほどありました。みんな自分の子どもの時のことなんて忘れてしまっているけれど、例えば赤ちゃんが生まれると、本当に人間って一人では生きていけない状態で生まれてくるということも分かったりする。
牛とか馬とかほかの動物って、割と生まれてすぐに立ったり走ったりしますよね。人間は全然違う。まさに手も足も出ない。30分でもほおっておいたら死んでしまいそうで「命ってそういうことなのか」というような衝撃が多々ありました。人間って食べないと死んじゃうんだとか、食べることで大きくなるんだとか。言葉ってこうやって覚えていくんだとか。
それらはすべて当然のことなのですが、分かっているようで分かっていなかった。子どもが生まれて目の当たりにすると、聞いて知ってはいたことをすべてリアルに体感した。それから東京の街中で、ベビーカーを押していると、今まで全く気付かなかったのだけれど、歩道は結構ぼこぼこで、全くバリアフリーじゃないということが分かった。普通に歩いていた時は全然気付かなかったけれど、平らじゃなくて、ベビーカーと一緒だと通れないということがかなりあり、ああそうなのか、これ、車いすの方は大変なんだろうな、とリアリティをもって感じることができました。
そんな風に、子どもが生まれるまで見えないことが山のようにあった。そういう意味でいうと、子どもが生まれたことですね、経験としてはそれが一番大きいかもしれない。今中3なのですが(笑)。

今のお話は、最初のほうでお話しいただいたことと結構通ずるなと思いました。新たな視点からというか、深く物事を考えたら見えたというお話です。そういう経験がきっと考える視点を広げたり考えを深めたり、いろいろなことに気付くきっかけにもなるなと思いました。そういう経験ができる場や機会を大切にすることの大事さが分かりました。

「色」について

すみません、これは私の興味本位なのですが、佐藤さんの好きな色は何だろうなとずっと考えていました。いつも使われる色がきっとあるかなと思うのですが、そのお好きな理由も一緒にお聞きできたらなと思いました。

好きな色? 色は難しいな。色ね。仕事だと赤はよく使いますが。

そうですよね、結構赤を使われたロゴなどは多いと感じております。

赤も好きなのだけれど、一番好きな色と言われてもなかなかないかなあ。でも、色って単体で存在しない。赤をよく使っていると今言ったけれど、例えばユニクロのロゴでも、あれは白と赤ですね。白いところに赤があったり、赤の中に白の文字が書かれていたりして、色としては二色なんです。それが黒と赤だとすごくイメージが変わってしまう。黒バックに赤いロゴだと全然違ってくる。そういうバランスもコントロールしながら、かなり綿密にデザインしています。めったなことでなければ黒バックに置いちゃいけないとか。だから、色は結構難しいですね。
でも、割とはっきりとした彩度の高い強い色は好きです。赤とか青とか緑とか黄色とか、その一番彩度が高い、鮮やかな色。色ってグループに分かれているから、一番混じりけのない強い色が好きなのかな? 仕事ではそれを使いこなして、シンプルで明快、かつ記憶に残る強いクリエイションを考えていますが、プライベートでそれが好きなのかと言われるとちょっと分からないですね。ちなみに最近洋服だと白と黒ばかり着ている。ちょっと明確な答えじゃないけれど。

いいえ、ありがとうございます。色の話は興味本位ではあったのですけれど、やはり強い色とか混じりけのない色を扱えるというのは、それを生業とされている方だからこそだと思います。お聞きできてすごく興味深いなと感じました。ありがとうございます。

最近僕もユニクロで買い物をしたのですが、緑色のドラえもんがいて、ロゴも緑色になったユニクロがありました。佐藤さんがデザインされたのは赤と白の、今ご説明いただいた色であったと思うのですけれど、やはりあれは、環境など明確な意図があって変えられたのでしょうか。

そうです。あれは、サステナビリティ、以前からSDGsが言われていましたが、今、サステナビリティに対して、世界中でそこに向かっていかなくてはという意識が共有されていますよね。企業としてもちゃんとそういう活動をしているということを宣言したりと、ブランドコミュニケーションの中心にそういうことを持っていないと支持されない時代になってきています。あれは、ユニクロ全体が緑になるというのではなくユニクロのサステナビリティの活動を象徴するキャラクターとしてグリーンのドラえもんとコラボレーションしているという、一つのプロジェクトです。