佐藤可士和氏インタビュー 物事の構造を見据える「デザインの視点」

デザインが持つ「変革力」

コミュニケーションの不具合から生じる問題

佐藤さんのご著書の中に「コミュニケーション回路の不具合を取り除く」という言葉がありました。「コミュニケーションの不具合」ではなくて、「コミュニケーション回路の不具合」と書かれていたのが僕はすごく印象に残っています。先ほどの構造のお話とつながると思いますが、デザイン戦略をされていくことで問題解決の幅や制度を飛躍的に上げられることができるというようにおっしゃっています。抽象的なテーマに対して新たな視点を見つけて思考と議論を重ね、解決策を見出すという講座は、SFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)の授業の中で佐藤さんが意図的にやられていると思うのですが、特にこれから社会をつくる担い手になっていく若者世代に、「デザインの視点」を持つことの重要性についてお話しください。

まず「コミュニケーション回路」と言っているのは、「コミュニケーション」となるとどうしても、発した言葉やコンテンツのやり取りに目が行きがちになると思ったからです。そこで「回路」という言葉をあえて使うと、回路だから通る道とか仕組みの話をしているのが読者に分かってもらえます。
コミュニケーションって全部コンテンツだけではないですよね。コンテンツというのは今話している内容のことです。内容以外にも大事なことはたくさんあって、実は一番大事なのは文脈だったりします。文脈、コンテクスト。どういう文脈に則ってそれを話しているか。コンテンツだけ切り取られても本当にその人が言っていることの意味が分からないことがあるから、どういう文脈、流れに則ってそれを話しているかということのほうが大事なんですよ。その文脈が理解できていなかったりすると、いくら頑張ってもうまくコミュニケーションできなくなってしまうから。
それと同じで、タイミングとか時間とか量なども非常に重要です。例えば、同じことを何回も親に言われると面倒くさいでしょ? それは量が多すぎるから。だから、「これをやめなさい」というのを声高に何度も言われると逆にやめたくなくなってしまう。それが、「これをやめなさい」というのをタイミングや言い方、文脈を考えてうまく言えると「やめようかな」と思ったりする。そういうことはすごく大切で、それがコミュニケーションということなのだと伝えたかったというのが「回路」という言葉をあえて使った理由ですが、これも表現の一つですね。
文脈の話ですが、意外とみんな気付いていないですね。人に説明するときに、どこまで遡って説明したらいいか。だいたい自分中心でしゃべると、自分が分かっている部分の説明をまず端折ってしまう。それは企業も同じで、企業がコミュニケーションするときに、「みんな知ってるでしょ?」という前提で話してしまうことがままあるけれど、それは一般の人はほとんど知らないことだったりします。だから、遡って「そもそもですね」と話を始めると、みんな理解できたりする。というようなことを、僕は企業のコミュニケーション戦略において考えています。
極論すると、世の中の問題のほとんどはコミュニケーションの不具合から生じていると言ってもいいかもしれないと思います。全部とは言わないけれど、かなりの問題はコミュニケーションの不具合によることが大きいのではないかな。
コロナ禍においても、ワクチンが来ないとか、間違って廃棄されてしまったとかいうのはコミュニケーションの不具合も一因ですよね。もっとそこがスムーズであれば違う展開だったかもしれません。人間はコミュニケーションをしているから人間であって、コミュニケーションをしているからこそ社会が成り立っている。ですから、コミュニケーションは社会そのものに関わるもので、ほとんどの仕事も必ずコミュニケーションが重要になってくるのです。
ところで、そもそもデザインというのは、「なにか今よりちょっとでも世界をよくしようということをクリエイティブの力を使ってやる方法」のことなのではないかと僕は思います。その意味でデザインとは新しい問題解決の方法論だと言えます。近代になってからそういうことが体系化され、みんなの中で共有され、デザインという概念ができていったのだと思います。僕が担当したSFCの「未踏領域のデザイン戦略」という授業では、多摩美や芸大などの美大生に教えるのとは違って、もっとデザインという概念を、専門職以外の人も普通に使えるようなスキルとして広まっていったらいいなと思って担当していました。

大学のブランディング

感染症の影響も含めて、学生の生活や学び方がどんどん変わっていく中で、全国大学生協連は2030年に向けて大学生の生活課題を自分たち自身で力を合わせて解決していき、キャンパスライフをどう築いていくかのコンセプトやビジョンを分かりやすくつくっている段階です。佐藤さんは大学でも教鞭をとられていたり、明治学院大学のロゴをデザインされたりしておられますが、大学をより良くするために、何か一つご教示いただけると嬉しいと思います。

明治学院大学とかはかなり早い段階で大学のブランディングに取り組みました。あとは慶應義塾大学の特別招聘教授や多摩美術大学の客員教授を経験しました。そんなに多くの大学を見ているわけではないのですが、大学って企業に比べると、社会に対して発信する意識が弱いと感じました。それは宣伝をするということではなくて、大学は何を考えて何をしているのかということをもっと発信するべきだと、僕はずっと思っています。
明学のブランディングを担当したのは2006年で14、5年前なのですが、なんというかメニューのないお店に入ったみたいな感じを受けました。値段も書いてないし、メニューもないような・・・。学部の説明などはもちろんあるのですが、もっと分かりやすく来てくれる人にアピールしようという視点がない。僕の高校生時代のように、子ども世代の人口が多かった時代は、大学の定員数の方が少ないのでみんな必死に調べて、メニューがない店でも入っていたのだけれど、少子化の影響で今は逆転してしまいましたよね。明学の仕事が始まった2006年頃から大学全入時代といって、大学への入学希望者数と大学の入学定員数がほぼ同じになり、そこからは、大学定員数の方が余るから、なにかコミュニケーションをしないと選ばれなくなってしまう、という事情もありました。明治学院大学は学長先生がそれを見越してブランディングの必要性を感じられたのです。大学の広報の方や受験担当の方も、理事長も学長も、もっと学生に来てほしいと思っているのだけれど、積極的にコミュニケーションしていくという意識は最初はなかなかありませんでしたね。
でも、それはけして宣伝ではない。宣伝というのは、売り込もうということ。そうではなくて、うちの大学はこういうことを考えていて、こういうことをやっているというのを、もっと正確に伝える義務があります。それはホームページを作っていればいいということではない。今、ウエブサイトがない大学というのはないと思うけれども。
すごく読みたくなるようなコンテンツになっているかというと、あまり力が入っていないのではないでしょうか。例えば、学会に対する発表とか、研究とか、本当にそれがすごく面白くて、その大学の関係者ではない人たちが見ても興味深くできているか。でも、そういう感じではない。だから、デザインするところが、山のようにありましたね。

自分からの視点だけではなくて、第三者の視点や、隣にいる人の視点に立って物事を考えるという話も今日のインタビューの中にあったと思うのですが、そういう努力や工夫に重きを置かないという傾向が強いのかと思いました。

教育とか医療の分野は、そういう傾向がありますね。僕は教育や医療がサービスを、いわゆる一般の企業のように売り込んだ方がいいということを言っているのではなくて、売り込む以前の話というか、自分たちのアイデンティティをもっと正確にコミュニケーションする必要があると思っているのです。でも現状は、その正確にコミュニケーションできているという状況にはまだ達していないという感があります。だから情報が足りていない。「何学部があります」とかいう情報はあるけれど、数多くの大学があり、学部がある中で、偏差値が一緒ぐらいなら何で選ぶのかといったら当然内容になるわけですよね。本当は偏差値でなくて内容で選ばれるようになっていくというのがあるべき姿ですが・・・。その大学で教えている先生や大学全体の考え方やその良さが100%伝わったら行きたいと思う人が増えるのではないかなと思います。

最初に、物事の本質は表層的な部分ではなくて、深い所に目を向けていこうというお話もいただいたのですが、そのお話と通じるところがあると思いました。学部の話はいわば表層的な部分で、その大学にはどんな人がいるのかとか、どんなふうに社会で生きている人を笑顔にするかとか、そういうところがきっと伝わっていない。コミュニケーション回路の不具合という話もあったのですが、その状況が起きているのだなというふうに感じました。

コロナ禍で大学生活を送る若者に ~この経験を強みに~

最後に、佐藤さんご自身が大学生世代に伝えたいことをお話しいただければと思います。今、コロナ禍で人と人とがなかなかつながれないとか、大学生でいえばオンライン講義が多いので、リアルにつながれないという状況があるのですが、そういったところに対する切り込み方というか、人と人とのつながりを回復していくということに対して佐藤さんは今何か考えていらっしゃることはありますか。

そうですね、コロナのことは結構難しいですよね。本当に大学時代って4~6年間大学に行ったとして、18歳から20代前半はものすごく大事な時間だと思います。そのときはあまり考えないかもしれないけれど、その時間はもう戻ってこないので、それを分かったほうがいいですね。だから、非常にかけがえのない時間を過ごしているのだということを忘れないでほしいですね。
最高に楽しんだ方がいい。別に勉強をしろとは僕は言わない。けれど、重要なのは思いっきり楽しめたかということ。何でもいいのです。コロナだから今は行けないけれど、旅行に行ったり、バイトをしたり。部活をやったとか、もちろん研究をしたとか。恋愛でもいいし、麻雀ばっかりやっていたとかでも何でもいいから「いやあとにかくこの4年間は楽しかったな」とか「やり切ったなあ」ということに集中してほしいですね。それは、働き始めたらそういう時間は二度と取れないから。例えば、授業をさぼって麻雀ばかりやっていたとして、そんなこと、働き始めたら絶対にできないわけです(笑)。だから、そういう二度と戻らない時間を過ごしているということをどれだけ自覚できるかということかな。それを1秒も無駄にしないでください、ということですね。
コロナ禍での大学生活というのはね、結構難しい。やっぱりオンラインばかりでキャンパスに行けないということはすごくもったいないし、可哀そうというか残念というかどうしようもないのだけれど、それは自分たちではなかなかどうにもならないことだから。でもすごく特別な年だったというのは確かですよね、2020年とか2021年とかは。多分、ここ何十年で見ても、少なくとも僕が生きてきた中でこんなことはなかったから、とんでもなく特別なトピックではある。だから、そういう特別な時に大学生でいたということはなかなかできない経験だから、それを前向きに考えるしかないと思います。やっぱり僕たちは大学時代にコロナ禍を経験したからそれがいきたと思うことが何年後かにあるといいよね、と願っています。今の状況はどうしようもないけれども、どうしようもないから転んでもただでは起きない。この経験を何かの肥やしにするというか強みにする、というふうに考え方を変えていってほしいですね。

視点を変えていくという話を今日していただいたのですが、視点を変えて、新たな視点で物事を見られるようになる大学生がもっと増えていくといいのかと思います。

そうですね、視点の話はすごく一般的な例だけれど、分かりやすくいうと、コップに水が半分入っていたとして、半分しかないのか、半分もあるのか。それ、両方とも合っているのに、その視点はかなり違う。「もう半分しかない」と思っているのと、「まだ半分もあるよ」というのとは、その次の行動が全然変わっていくから、やっぱり視点というのはすごく大事だなと思うのです。
だから、コロナ禍で大学に行けない、それで最悪の大学生活だったなと思ってしまうのか、僕たちにしか経験できなかった何百年に一度しかないような特別な数年間を大学時代に経験したと思うか。やはりその物事の捉え方というのはその人の全てにつながってしまうから、視点が重要だと思います。

捉え方一つで、きっと十年後も……。

そう、捉え方一つで。今、学者の名前は忘れたけれど、(『史上最強の人生戦略マニュアル』著者フィリップ・マグローの言葉より) 僕が結構好きな言葉で、「事実なんてない。あるのは認識だけだ」というのがあります。要するに重要なのはその事実ではなくて、それをどう認識するかということなのだとサラリと書いてあったところがあって、これはさっきの視点の話と一緒です。1ℓボトルに500㎖水が入っているというのを事実だとしたら、それを水が「半分もある」、「半分しかない」というのは認識の仕方によって「これは大変なことだ」、「これは有難いことだ」となって、全然変わりますよね? 視点というのはそういう話です。その積み重ねで人生が変わっていきますよね。

本日はお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。

皆さんも頑張ってください。

2021年6月10日リモートにてインタビュー

PROFILE

佐藤 可士和(さとう かしわ)

1965年、東京都出身。クリエイティブディレクター。多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン科卒。株式会社博報堂勤務を経て、2000年にクリエイティブスタジオ「SAMURAI」設立。ブランド戦略のトータルプロデューサーとして、コンセプトの構築から一貫して携わり、多方面より高い評価を得ている、日本を代表するクリエイター。
主な仕事に、国立新美術館や東京都交響楽団のシンボルマークデザイン、ユニクロ、セブン-イレブン、楽天グループ、今治タオルなどのブランドクリエイティブディレクション、SMAPをはじめとするアーティストのアートワーク、ふじようちえんや明治学院大学のリニューアルプロジェクト、カップヌードルミュージアム(安藤百福発明記念館)のトータルプロデュースなど多岐にわたる。近年は武田グローバル本社、日清食品関西工場など大規模な建築プロジェクトにも従事。『佐藤可士和の超整理術』(日本経済新聞社)ほか著書多数。毎日デザイン賞、東京ADCグランプリ、亀倉雄策賞、朝日広告賞、日経広告賞、日本パッケージ大賞金賞ほか多数受賞。慶應義塾大学特別招聘教授(~2019年)、多摩美術大学・明治学院大学客員教授、東京アートディレクターズクラブ理事、 2016・2017年度文化庁・文化交流使。2021年2月~4月国立新美術館にて自身初の大規模な個展「佐藤可士和展」が開催され好評を博した。