上野 千鶴子氏インタビュー 「未来のあたりまえ」を作るのは私たち
 ~わきまえる男子、わきまえる女子であってはならない!~

ジェンダー差だけでなく、世代差も大きい

おっさん粘土層

大学生協連の学生生活実態調査では、コロナ禍の大学生活を経て社会人となる学生から、「コロナ世代だから」という眼で見られるんじゃないか、自分が本当に社会人になれるのかという不安な声が多く寄せられました。その社会に羽ばたく学生に、気持ちが前向きになれるようなメッセージを頂ければと思います。

「コロナ世代」にはネガティブな意味合いがあると思っているのね? 社会性がないとか? でも大丈夫。あなたたちより上の世代も社会性の無さでは大して変わらない(笑)。私の知人が新入社員のことを「宇宙人」と呼んで、「宇宙人を人間にするのが一仕事だ」と言っていたから。そんなものなのよ、世代差があるし。

私は今の若い人を見ると、女子も変わったけれど、男子も随分と変わったなと思います。ジェンダー差は今でもあるけれど、ジェンダー差だけでなく、世代差がすごく大きいと思う。あなたたちが入っていく社会がすでにある企業組織のようなところは、“おじさん組織”ですからね。

今並行して第二新卒として就活をしている際に、確かに面接官はおじさんの方々ばかりでした(笑)。

団塊の世代である私たち世代のおじさんたちはものすごく評判が悪かった。夜討ち朝駆けで仕事して、飲み会に後輩を誘ってついてこないと相手にしないとか、そういうハラスメントをやっていた人たち。この人たちが職場から消えたら日本の企業は少しは良くなるだろうとみんな期待していた。それなのに、私たちの世代が定年でみんな消えても、職場は変わらなかったの。ということは、40~50代の中間管理職がしっかりおっさんをやっているから。世代を超えて再生産されたのが「おっさん粘土層」なの。粘土層って水も漏らさぬという意味です。

おっさんは会社に長時間いるから会社の中のことはよく知っているけれど、会社の外のことはあまり知らない人たち。企業トップの人たちは外側を知っているから割とリベラルなのだけれど、おっさんには企業トップの姿勢が伝わらない。だからここから下に浸透しないという粘土層。(笑)。その人たちは女子を差別するけれど、若い男子とも世代差がある。今の若い男性が選ぶ自分の将来の配偶者は、家事を一緒にして、と要求する女性でしょう。そういう女性が将来のパートナーになるということを自覚しないと、これからの男性も生きていけない。そういうことがおっさんたちに分かってないのよ。

そうなると、これからの働き方は、否が応でも変わっていかなくてはならないし、変えていくのが皆さん方若い人たち。上司に飲み会に誘われても「いや、今日は妻と約束があります」と言ってパッと消えるような。そりゃ嫌がられるわよ。嫌がられるんだけど、それが当たり前になっていくようにおじさんたちが学んでいかなければいけない。「いや、今日は保育園のお迎えです」って定時に帰る。そうやって組織文化って少しずつ変わっていく。今はちょうど端境期にあると思う。そしてあなたたちが組織文化を変えていく人たち。頑張ってほしいと思っています。

例えば、この前内閣府の研究会で婚姻率を上げるために「壁ドン」のコーチを指導しようという、ばかげた発言をする社会学者がいましたね。また、やんごとなきお方が奥さまにプロポーズしたときのセリフが「一生お守りします」だった。ここにいる男性は、「一生お守りします」というセリフ、怖くて言えないでしょ? 女性は、「一生お守りします」と言われたときに、胸が「キュン」となる? もうそういう世代じゃないのよ。それだけの世代変化が起きていることに、上の世代はあまり気が付いていない、と私は思います。

今後の恋愛もそうですし、人生を歩む際の支えにしたい言葉がたくさんあったと思いました(笑)。

社会にいまだはびこる差別

先日女子の就活生から「就活の時におじさんがすごく差別的な発言をしたけど、言い返そうにも弱い立場だから何も言えなかった。どうしたらいいだろうか」という相談をもらいました。就活生って弱者です。でも就活ってお見合いだからね、向こうだけが選ぶんじゃなくて、こっちだって選ぶんだから。そんな差別発言する人が人事の立場に立っている。じゃ、そこを選んだら、あなたの将来はどうなる? それは考えたほうがいいと思いますよ。あなたたちは全員就活経験者なのよね?

はい、一度は経験しています。

そのときに、例えば差別発言したおっさんが人事の担当にいたら観察することは二つある。一つは、そこに必ず複数の同じ会社の社員がいるから、同僚の反応を見る。その人たちがそれを許容して、誰もそこでクレームを付けなかったら、それが社風だということが分かる。だから、それが第一のチェックポイントになります。

第二は、もし本当にそこに入社した後の自分の将来が知りたかったら、特に女性はその会社に入って10年目、20年目の女性に会ってインタビューするのが一番です。その人の働き方を見て、自分もそうなりたいと思えるかどうか。そうでなかったら、その会社を選ばない方がいいですね。

私にはそういう経験はありませんが、友達から、「これは圧迫面接だったかもしれない」とか、「これはあまり自分で働きたい会社の雰囲気ではなかったかもしれない」という経験は聞いたことがあります。

それで社風はすぐに分かるわよね。大学を卒業したら、一番の新参者としてどこかの組織に入って、人の言うことに従わなくてはいけない。そういう弱い立場になるのだけれど、自分だって選ぶ側にいるのだということと、自分が変えていけると思ってもいいんじゃないかな。

例えば、私たちの世代にとっては、“お茶汲み”をやめさせたことは、すごく大きなことだったのよ。ちょっと教えて。今、職場でお茶汲みどうしてる?

自分で自分のお茶を汲みに行きます。

セルフサービスでしょ? そうなるように誰かが変えていったのよ。

確かに、組織や文化を変えた人がいなければ、今の自分にとっての当たり前の文化もずっと当たり前じゃなかったと考えると、じゃあこれから今の当たり前も壊せる、未来の当たり前を作れるのは私たちなのかもしれないと思いました。

私は「今日の非常識は明日の常識」って言ってきた。「未来のあたりまえを作る」方がかっこいいわね。

考えれば当たり前のことですけれど、その意識を持つだけで全然違いますね。

当時、おじさんたちはなんて言ったと思う? 「なんで女子だけお茶汲みやるんですか?」「いやあ、女の子が淹れるお茶のほうが美味しいからね」。ばかげているでしょ。みんな、マイ湯呑持ってきて、お茶の濃さに好みがあって、職場の人数分、全部覚えなければいけないの。やってられないでしょ。ほんの30年ぐらい前には、そういうことがあったの。

その職場の一人ひとりのお茶の好みよりも、その分の頭のキャパを仕事で使いたいですものね。

イエローカードを切るのをためらわないで!

全国大学生協連の学生生活実態調査では、SDGsの中でも「ジェンダー平等を実現しよう」という項目に関心が高くなっているのが分かっています。ジェンダーについて興味を持って学びはじめる、学びを深めていく学生に、メッセージをお願いします。

その関心を持っているというのは男子女子共に?

男女共になのですが、女性のほうが少し高い結果が出ています。

目の前におじさん・おばさんたちがいて、その固定観念は繰り返し出てきます。例えば、繰り返される高齢の政治家の失言。あなたがその場にいたらどうするかが問われると思います。

森喜朗元五輪組織委会長の性差別発言について、男性に「もしあなたが理事だったら、目の前であのおじさんがあんなことを言ったときにどうする?」と聞いたら、「いやあ、僕も、何も言えないですね」という答えが多かった。森さんは、「うちの理事さんはわきまえておられるから」って言いました。「わきまえておられるから」の次は「話が速く済む」と続く。つまり、わきまえる女の前に、わきまえる男たちが既にいたのですよ。なぜあのおじさんの回りで話が速く進むかというと、根回しと忖度で話し合う前に結論が決まっていたからでしょう。

私は、「わきまえる男たち」がホモソーシャルな同質性の高い日本の男性集団を再生産してきたと思うし、彼らが風通しの悪い組織を作ってきたと思う。そこに女もわきまえて入っていくと、女性も男性と同じふるまいをするけれど、「わきまえない女」が入ると、ノイズが起きる。

※ホモソーシャル:性的な関係を抑制した男性集団の連帯や結びつきを意味するジェンダー研究の用語。

気を付けてほしいのは、自分の目の前で「これ、やばくない?」ということが起きたら、その時その場で「それってやばくないですか?」とイエローカードを出すことです。私は、男性にも「わきまえない男」になってほしいし、女性にも「わきまえない女」になってほしい。被害者にも加害者にもなってほしくないのは当然だけれど、傍観者になってほしくない。特に男性には傍観者になってほしくない。どうしてかというと、すごく残念なことに、男の耳には女が言うことより男のいうことの方がよく届くのよ。

私はイエローカードを出せるかもしれないけれど、男性には届かないということですよね。

届かない可能性、があります。例えば、理系の先生方って割と無邪気にセクハラをなさいます。実際にあったケースでは、工学部のある研究室で教授が「女は子どもを産むとばかになる」と言ったの。ひどくない? じゃ、自分を生んだお母さんはばかなの? その時そこにいた男子の院生が「先生、それはないでしょ」とひとこと言ったら、その先生の顔色が変わったというのです。それを女子が言っていたら、その女子は浮いたかもしれない。「ああ、女がまたあんなことを」って。だからそういう時に、男子が言うほうが効果的だということが残念ながらあるのですよね。そういう時の男性の役割はとても大きいと思います。

確かにそうだな、と聞いていたのですけれど、実際にじゃあ自分が言えるかなと考えると、自信がないなと思いました。

ちょっと待って、「女は子どもを産むとばかになる」ってあれこれ考えなくてもやばくない?

それはさすがに正しくないと思います。でも、どこまでならセーフでどこまでならアウトなのかというのは、結構個人の主観によるところなのかと。結局男がそういう発言をしないことが波風立てないように思って、言わなきゃいいのかという感覚に個人的にはなっています。

「わきまえる男」予備軍だね(笑)。

そうなのかもしれないと、今お話を聞いていて思ってしまいました。

そのどこがセーフとアウトのラインなのか、どこがイエローカードのラインなのかということは時代によって変わります。先ほどの話に出た森さんという政治家は83歳のおじさん。彼にとってセーフだったラインは、今の目から見たらアウトに変わってきたわけですよ。83歳のおじさんはずっとあの信念で生きてきた人だから変わらないかもしれない。でも、あのおじさんにとってセーフだったラインがどんどん変わってきたのは、「それやばいですよ」と言って変えてきた人たちがいるからです。「それやばいですよ」と言った人が多数派になれば、ラインは変わるの。あなたが変えるのよ。

もう、この瞬間から変えていこうと思います(笑)。