上野 千鶴子氏インタビュー 「未来のあたりまえ」を作るのは私たち
 ~わきまえる男子、わきまえる女子であってはならない!~

予測できない社会を生き抜くために

大事なのは孤立しないこと

一つ質問いいですか? これから私が社会に出て実際におじさんが目の前でそういうことを言ったときに、勇気を出してイエローカードを出すことは難しいことだと思うのですが、そのために何か必要な意識とか、一歩踏み出すために必要なことってありますか?

とてもいい質問です。それは応援団を作ることです。「わきまえない人」って、ノイズたてる人、面倒くさい人ですよね。セクハラを告発する人もどんな目に遭うかというと、孤立させられます。あの人変わった人、問題のある人って。だから孤立させるというのが常套手段なのですね。

だから、「私の言っていることってまっとうだよね」ということをちゃんとサポートしてくれる応援団を作っておく。その時その場で言えなくても、例えばウィメンズ・ロッカールームみたいな女子の集まる所で、「ねえ、聞いた? あの発言。ちょっとやばくない?」って。そういう噂は怖いですよ。噂を流させる、わざとリークするとか。で、「今、女性の間でこういうことが広がっているんですけど、これ、やばくないですか」というふうな誘導の仕方をするとか、やり方をいろいろ考えたらいいじゃないですか。だから絶対に孤立しないことが大事。

ありがとうございます。きっと、どの場面においても、ありそうなことですね。

男性も女性も応援団、味方をつくることは大事ですよね。

私が男性に「あなたがあの場にいたらどうした?」と聞くと、「いや、僕は言えないですね」という人が圧倒的でした。森さんの失言も、その場では通ったのです。例えば最近炎上した某有名企業役員の社会人向け講座での女性蔑視発言に、その場では誰もそれにクレームをつけなかった。でも、それを聞いた人が大学に報告したら、大学が直ちに対応し、企業側の謝罪につながった例もあります。それがきっかけで自粛して会社の雰囲気が良くなる例もあります。面白いわね。

私の回りでも、上司のパワハラがとてもつらくて仕事を辞めてしまった友人がいますが、その子が辞めてからその上司は改心して環境が良くなったと聞きました。でも、その友人はどう報われるのかと思って。

犠牲者を出さないと改善しないなんて、酷いわよね。

犠牲者を出さないためにも、自分が変えられると自信を持つ学生が世に出ていくのは大事かなと思いました。

はい、大事です、とても。それと、私が男性に言いたいのは、学生時代にすごくセンスが良くて柔軟な考え方をしている男子が、会社に入って何年かすると社会化じゃなくて「会社化」するの。会社化というのは、おじさんのミニチュアになっていくんです。組織の同化力ってすごいと思いました。

調査からもジェンダーに対する興味が増えているのが気になっていたので、本日学生が考える視点をお伺いできたのはとても嬉しかったです。

「助けて」と言えれば、世界中で生きていける

上野さんから何か、これだけは大学生に伝えたいことをお聞かせください。

今若い人たちを見ていると、なかなかつらい時代に生きているなと感じます。目の前であんな不条理な戦争が起きているのを見ながら大人にならなくてはならないって、本当につらいと思う。私たちの上の世代、日本の戦争の時代の若者、特に男子は自分の寿命は20歳までと思っていました。20歳を超して生きるなんて考えられなかった、大変な時代に生まれ合わせたのです。生まれる時代は選べません。それでも私が教師として若い人たちにこれだけは身に付けてほしいと願ったのは、どこでも、どんな時でも生き延びていける知恵でした。

私は東大で教えてきたけれど、東大ブランドなんて何の役にも立たない場所なんて、世界中にたくさんあります。「東大? なにそれ?」って言われたらおしまいです。ブランドの印籠が効くのはごく限られた世界。そんなものが全く通用しない世界でも確実に生きていける力を身につけてほしい。自分自身に能力やスキルがあるのはもちろん大事だけれど、もう一つは、“能力やスキルのある人を調達する能力”が大事。できる人に助けを求めればいいのです。「助けて」と言えれば、世界中で生きていける。日本だけが世界じゃない、日本なんか背負わなくてもいい。本当にこれから先は予測ができない世界だから、どんな時でもどんな所でも生き延びていってほしい。心からそう思います。

軸足を外に踏み出して探索して調達して、人を頼って生きていくということをこのインタビューで学びました。

私は「『助けて』と言える力があれば生きていける」という言葉が心に響きました。私は自分で何とかしようという人間で、恐らくイエローカードを出す場面でもバンと自分で出したがると思うのですが、「助けて」と周りに言うのはすごく大事なことだと思いました。

自己決定、自己責任という呪文

もう一つ、あなた方の生まれ育ってきた時代と世代の要因が非常に強く作用していると、外から見ていて感じます。時代の流れの中で、あなたたちは「自己決定・自己責任」の時代に生まれ育ってきたのですね。だから、うまくいったら自分の努力のせい、まずくなったら自分の能力が足りないせい、と思っているでしょう? これをネオリベことネオリベラリズムと言います。自己決定・自己責任というのは呪文みたいなものだから、自分がうまくいかないときに、それを誰か他人のせい、社会のせいにできないのですね。自分を責めるのです。で、どうなるかといえば、自傷に走るのです。リストカット、食べ吐きなどで自分を痛めつけます。その究極は自殺です。私は東大生を見ていてそれを痛感しました。自分を責めるからメンタルをやられる。自分は悪くないと思えたら、もっと前向きに生きていけるのですけれどね。

だから、私はあなたたちの世代の一つの問題は、「自己決定・自己責任」のネオリベの時代に生まれ育ってきたことだと思います。人に助けを求めることは悪だという、その考え方はやめたほうがいいです。

※ネオリベラリズム:新自由主義。市場競争を重視し、小さな政府を支持する経済思想。競争で負けることは努力不足の結果であり、自己責任として個人に還元される。

コロナ禍で人と会えない今、人とつながれないのは自分のせいだと思い込んでしまう学生がいるのを今痛感しました。

男性二人の感想を聞きたいですね。

感想の前に一つお聞きします。僕の回りには、自分を悪いと責めて苦しむ友達が大勢います。そういうふうに自分が悪いと抱え込んでしまう若者がコロナ禍で大勢いると思うのですが、そこに差す光というか、心の持ち方にコメントを頂きたいと思いました。

親がそういう育て方をしてきたのですよね。「他人に迷惑をかけない大人になりなさい」って。他人に迷惑をかけないということは、人と関わりを持つなということとほとんど同じです。でも、人間は迷惑をかけて生きていくものです。だったら、上手に迷惑をかけあったらいいじゃないですか。迷惑をかけられても嫌がらない友だちをたくさん持てたらいいのです。そのための条件は、「弱音をさらす」ということ。私から見ると、今の若い子たちはそれができないのよね。弱音をさらさないと「助けて」って言えないから、男性は特に助けを求めるのが不得意ですね。齋藤さんはできるのかしら?

僕は、自分が弱いとか勝てないというのを小三で悟ってしまったので、結果を求めなくなりました。所属していたサッカーチームのメンバーが、コーチとの不仲でみんながやめてしまいました。サッカーは11人でやるスポーツなのに、僕の学年で2人になりました。後輩を借りながら試合をしたのですが、絶対に勝てなかったですね。

チームプレーは一人ではどうしてもできないよね。そう、それが君の挫折体験なの。やめずに踏ん張ったのですね。

はい。

じゃあ、挫折体験でもあるけれど、乗り越え体験でもあるじゃない。なるほど、助けてもらって乗り越えたという体験、素晴らしいわ。お腹見せたらいいのよ、できない、助けてって。

僕は感想を述べます。今日のお話を聞いて、自分がこれから行動して未来を変えていくのだという言葉が強く刺さりました。また、「助けて」と言えない人が自分の回りでも多いと感じているので、自分自身は人に助けを求めるのはあまり得意ではないと思っていますが、まず弱音をさらしてもいいのだと周りに伝わるような関係づくりを今から始めていこうと思いました。

弱音をさらす時には安全な場所とか安心できる相手を選びますよね。だから、相手が鳥井さんを安全だと思えるような、そういう受け手になれるように頑張ってね。

分かりました。ありがとうございます。

本日は貴重なお時間を頂きましてありがとうございました。

皆さんもお元気で。

2022年5月25日 リモートインタビュー

PROFILE

上野 千鶴子

1948年、富山県出身。京都大学大学院文学研究科社会学専攻博士課程修了。平安女学院短期大学助教授を皮切りに、ノースウェスタン大学客員研究員、シカゴ大学客員研究員、京都精華大学助教授、国際日本文化研究センター客員助教授、ボン大学客員教授、メキシコ大学院大学客員教授、コロンビア大学客員教授等を経る。
1993年東京大学文学部助教授(社会学)、1995年から2011年3月まで東京大学大学院人文社会系研究科教授。東京大学名誉教授。2012年度から2016年度まで立命館大学大学院特別招聘教授。2009年5月に認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)を設立し、2011年4月から理事長に就任。
フェミニスト、社会学者。専門は女性学、ジェンダー研究で、この分野のパイオニア的存在。高齢者の介護とケアも研究テーマとしている。『ケアの社会学』(太田出版)、『おひとりさまの老後』(法研)、『フェミニズムがひらいた道』(NHK出版)等著書多数。
1994年『近代家族の成立と終焉』でサントリー学芸賞受賞、2011年度 女性学・フェミニズムとケア問題の研究と実践において「朝日賞」受賞。2019年、フィンランド共和国 Hän Honours (長年の平等への貢献に対する感謝状)受賞。