いずみ委員・スタッフの 読書日記 156号 P2


レギュラー企画『読書のいずみ』委員・スタッフの読書エッセイ。本と過ごす日々を綴ります。
 
  • 筑波大学3年
    甲斐いづみ
    M O R E
  • 愛媛大学2回
    河本捷太
    M O R E
  • 東京外国語大学4年
    服部優花
    M O R E
  • 埼玉大学3年
    山岸奈緒
    M O R E

 

 

東京外国語大学4年 服部優花

絶賛就活中!

 ついに大学4年の6月に突入した。就活真っ盛りである。公務員を志望している私は、平日は家にこもって勉強、週一日だけ大学に行き毎週末には試験を受ける、という日々を送っていた。落ちたらタイヘン、ということで勉強の合間には民間企業の説明会を回る。気が滅入りそうになる度に心の支えになったのが『竜馬がゆく』(司馬遼太郎/文春文庫)である。土佐の郷士の次男坊として生まれた坂本竜馬は十二になっても寝小便が治らず「坂本の寝小便よばあったれ」と近所の子供たちにからかわれていた。しかし、剣の腕を見込まれ江戸に剣術修行に出てからは「坂本は強い」と評判に。その後幕臣の勝海舟に見い出され、西郷吉之助等との出会いもあり、幕末の動乱のなかで日本の立て直しのため力強く生きていく。そんな竜馬の姿を見ていると、将来は母国の未来を創る一人として働きたいという思いが沸々と湧き上がってきた。休憩のつもりの読書が、期せずしてやる気のカンフル剤となったようだ。よかったよかった。
 

自由に生きたい。

 筆記試験が終わり、面接官との戦いに明け暮れる7月中旬。毎日頭でっかちに「私は国益にどう貢献できるか……」なんて考えて大風呂敷を広げていた。こんな日々の一服の清涼剤となった一冊が『パリでメシを食う。』(川内有緒/幻冬舎文庫)である。この本では、作者がパリで出会った日本人一人一人の人生が語られている。三ッ星レストランを目指した料理人、ヨーヨー・アーティストの男性、マンガ喫茶を開いた夫婦、国連職員になった女性などなど。彼らは自分のやりたいことに正直にノビノビと生きていた。やれ勉強だ面接だと気張ってきたが、何も今就職しなければならないこともないのだ。人生何とでもなる。そう思った途端、スッと余計な力が抜けた。
 

日常から離れて。

 妖怪ものが好きだ。就活がひと段落ついた7月下旬、以前から気になっていた『かくりよの宿飯 あやかしお宿に嫁入りします。』(友麻碧/富士見L文庫)に手を伸ばした。祖父を亡くした女子大生葵は、奔放に生きた祖父のこさえた借金のせいで隠世かくりよの宿「天神屋」の鬼の大旦那に嫁入りすることになる。しかし葵は嫁入りを断り、自分で働いてなんとかしようと得意の料理を活かして離れに小料理屋を開く。妖怪達の思い通りにならない葵の言動が小気味よく、徐々にあやかしと交流を深めていく様は微笑ましい。日常からふっと離れて隠世の世界を楽しんでいると、我が家の夕飯の時間が近づいてきた。葵の作る料理を想像すると腹が減る。いただきます!
 

 

埼玉大学3年 山岸奈緒

 7月下旬。蝉しぐれと蒸した夕時の空気の中で本棚を眺めた。勉強机の隣にちょこんと置かれた、大きくない本棚。まだ埋まりきっていないこの本棚を、ふとしたときに眺めて元気をもらうのが私の日課だ。
 

むかし

 初めに目に留まったのは『天のシーソー』(安藤みきえ/ポプラ文庫ピュアフル)。物心ついて初めて自分で手に取った小説だ。
 そのころ私は小学六年生でひとり妹がおり、主人公のミオは小学五年生で同じように妹がいた。七つの短編集になっていて、幼い彼女たちの世界や感情がやわらかい言葉で描かれている。目次を開いてタイトルを見るだけで鮮明に思い出せる一編一編。小学生には小学生の理屈がある、罪悪感がある、譲れないプライドがある、その透明な美しさ。最初のページから終りの一行までかつての私には共感だらけで、悔しさや不思議やドキドキや秘密、世界のすべてを抱えたような彼女の小さな体をいま、抱きしめてあげたくなる。
 

いま

 幼少期の思い出に浸り、本棚に視線を戻すと今度は『ひとり日和』(青山七恵/河出文庫)と目が合った。これは最近大学生協で見かけて購入したものだ。第一三六回芥川賞受賞作。
 主人公の知寿は二十歳、フリーター。彼女が居候することになったのは、二匹の猫が住む、七一歳・吟子さんの家。知寿の生きている世界と吟子さんの世界(あるいは人生)がほんの少し重なり、あの家に独特の空間を生み出している。ふたりの掛け合いに思わずふっと笑みがこぼれる。吟子さんは、子供でも大人でもない知寿の淡い世界の一部しか知らない。でも全部ぜんぶ分かっているんじゃないかと思ってしまう。私も吟子さんに聞いてみたい。
「あたし、こんなんでいいと思う?」
 

これから

 私はいまもむかしと変わらず情けないままだなあ、なんて少し落ち込む。なにか明るい未来を思い描ける物語は……『コルヌトピア』(津久井五月/早川書房)。
 舞台は2084年・東京。植物を演算に応用する技術「フロラ」が浸透した世界を描いたSF。フロラ設計企業に勤める青年がある事件に巻き込まれていくのだが、その世界観や風景描写、読みやすさが素晴らしく、一気に読んでしまった。都市と緑が一体化した、未来の世界に生きている私を想像してみる。なかなか楽しそうに暮らしている私が思い浮かんだ。
 
 
   
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