わが大学の先生と語る
「人を感じ、人と寄り添うインタビュー」琉球大学 上間 陽子先生

人を感じ、人と寄り添うインタビュー

 上間先生の推薦図書


P r o f i l e

上間 陽子 (うえま・ようこ)
1972年、沖縄生まれ。琉球大学教育学研究科教授。
専攻は教育学、生活指導の観点から主に非行少年少女の問題を研究。1990年代後半から2014年にかけて東京で、以降は沖縄で未成年たちの調査・支援に携わる。

■著書・共著 著書に『裸足で逃げる』(太田出版)、共著に『若者貧困』(明石書店)がある。
  • 安次富亮伍
    (大学院M2)
  • 山岡那央
    (理学部4年)

 


 

『裸足で逃げる』
上間陽子/太田出版/本体1700円+税

 上間陽子先生の著書『裸足で逃げる』(太田出版)が話題になっている。その本は沖縄の夜の街で働く6人の少女のライフヒストリーだ。暴力によって大きくゆがめられながらも、その中で自分なりに悩み、選択し、成長した彼女たちの人生の軌跡を、先生自身が調査を続けながら寄り添い引き出してきた彼女たちの声とともに丁寧に紡いでいる。
 人には他人に話せないことが多かれ少なかれあるだろう。特に社会的にネガティブなイメージを持たれることは、なおさらだ。そのことが事実を見えづらくすることがある。本書に登場する彼女たちの身に起こった虐待やレイプ、暴力、離婚は決して遠い世界の話ではなく、観光で栄える沖縄の一角にある現実なのだ。その現実に関する実態把握や社会的な認知は薄く、その点において本書は先駆的である。しかし、本書はそのことを「問題だ」と直接判断はしない。それは彼女たちの人生に対する上間先生なりの向き合い方であろう。「彼女たちは暴力の中で生かされているのではなく、自らの人生を必死に生きている」そういった感情が本書の中からは散見される。人間味のあふれる上間陽子という研究者だからこそ、彼女たちの言葉にならない声を消化することができたのであろう。
 「かわいそうな女の子」ではなく、「必死に生きる少女」の記録として、読者の皆さんにもぜひ本書を読んでほしいと思う。
 そして今回は、著者である琉球大学の上間陽子先生に、本で語られていること、先生の日常についてお話をうかがった。

 

 

1.きっかけ

山岡
 先生はどのようなきっかけで夜の街の彼女たちと関わることになったのですか。

上間
 自分では彼女たちと関わりたいと思っていなかったのですが、仕事上、関わることになってしまった感じですね(笑)。

山岡
 もともと大学では教育学を専攻されていますが、専攻のきっかけは?

上間
 専攻を教育学にしたのは、社会を変えるには教育しか変える場所がないと思ったから。

安次富
 そう思うきっかけになった事件とか事故などがあったのですか。

上間
 やはり、本にも書いた中学生のときの体験が大きかったです。どうして女の子たちはこんなに不自由なのだろうと思っていました。高校は地元を離れて沖縄のいわゆるエリート校といわれる進学校に進学したのですが、あるとき、同級生の男の子が外で肉体労働をしている人を見ながら、「勉強しないとああいうふうになっちゃうよ」と言ったのが衝撃的でもあり、そう言った男の子をかっこ悪いとも思いました。また、沖縄には階層差というものがあることとか、沖縄の政治の利権の萌芽のようなものを感じることもありました。そういうものを見たとき、自分は染まらないでおこう、そして、中学校の頃のことは忘れてはいけないなという決意はしていました。

 

 

2.インタビュー対象者との接し方

安次富
 先生はいろいろな意味でリスクがある子たちと関わっていると思うのですが、彼女たちのリスクを聞くことも難しいことだと思うし、それを出すことも難しいことだと思います。後日、彼女たちにインタビューデータを返すわけですが、研究全体を含めて彼女たちと接するときになにか心掛けていること、意識していることはありますか。

上間
 時々聞かれるのだけど、「心を開かせる」ということは一切考えていなくて、ちゃんと私がその方の行為の意味を分かるかどうかということに焦点を合わせています。きちんとはまる質問をしないといけないなと思います。質問は、相手の文脈とか文化にマッチしているかどうかが重要だと思うので、そこを探せるかどうかを考えています。あと、リスクの高い子の背後に虐待があるかどうかということはもちろん当然考えていて質問項目として準備していますが、実際にどのように尋ねるかはケースバイケースです。たとえば、自宅でインタビュー(聴き取り)をすることも多いのですが、家の中の様子は情報としてできるだけインプットするようにします。インタビューのときは、用意した質問項目はあらかじめ全部頭に入っていますが、その場で感じたリスクをどのタイミングで聞くかということを考えています。だからインタビューは、心を開いているかということはまったく関係なくて、すごくテクニカルな話だと思います。それを考えて質問項目は設計しています。

安次富
 私も子どもたちに話を聞くときには、空気が変わるその瞬間までいかにもっていくか、みたいなことをよく考えることがあります。「考える」というより「感じる」に近いのですが、「ここが勝負どころだな」みたいなタイミングがあるように感じます。そこにもっていくうえでなにかコツはありますか。例えば、話のストックとしてネタみたいなものを持っているとか。そういうのとか他になにかあったりしますか。

上間
 何歳で、どこの地域に育っている子で、どこの中学校出身か、というところで考えるし、そこの想像はしていますね。ただ、分からないからこそ聞けることもいっぱいあるので、一概に事前情報が多ければいいというわけではないと思います。汎用性があると思うのは、「私はあなたに興味があって、ちゃんと知りたいと思っている」ということ。私はけっこうしつこいですよ。尋ねる口調はかろやかにしているけど。あと、しんどい話に入っていくときには、ちょっとこちらも躊躇することはやはりあります。本に登場する亜矢さんは最初会ったときに、「この子は、たぶんレイプがあったな」と感じていて、だから、その子の生育歴を聞くうえではずせないと思っていたので、最初の性体験を聞くことがスタートになると思っていました。何歳でいつ、どこで、と聞いていくのですが、事前に、それは車のなかかもしれないし、相手のお家かもしれないし、ラブホかもしれないということは考えます。相手が何歳くらいの人でどこの人なのかによっても相当異なる体験になるので、そういったことを頭のなかでいっさいがっさいシミュレーションしてから聞きます。意外だと言われることがあるのですが、私はインタビューの設計はかなりやってると思います。毎回毎回インタビューシートをつくっていますし、もちろん完全にそれを聞くということはしませんが、その項目は頭にいれていきますね。
 

<コラム>インタビューシートとは

 調査によって違いますが、沖縄の調査では「中学時代」のことをしっかり聞きます。そこでつくられているネットワーク、性体験、将来展望、地域移動感覚といったものが、その後の仕事や生活に影響を与えていることが多いのです。それをベースにしながら、次の項目の流れを考えます。共通項目は、「日常生活の過ごし方」「中学時代」「学校体験」「仕事」「家族・親密圏」あたりで、その聞き方は2,3パターン考えています。また、回数を重ねる方の調査のときには、その方の職場周辺、そして地元の家から中学校の道のりなどは見に行きます。
 

 

3.インタビューのコツ

安次富
 インタビューをするときに、なにか決まりごとみたいなものはありますか。

上間
 ありますあります。ところで、安次富さんのルーティーンってなんですか?

安次富
 例えば私だったら、子どもが緊張しているなと感じたら、対面で座るのは緊張するから椅子をずらそうねと、位置を変えたりとかして、話しやすい環境を作るようにしています。先生にも、そういう感じの決まり事ってありますか?
上間 今日のおふたりのフォーメーションはよくインタビューする時に使うのですが、親しい人は自分の正面、次の人はこっち(左側)、これはもう身体感覚でそうするかな。これはコツだと思います。親しい人とは顔を見て話すのに慣れていますが、慣れていない人とは目線を外した方がいいと思うので。でも一番のコツは、インタビューされる子は待ち合わせの時間にまず来てくれないので、必ず仕事を持っていきます。1時間位で終わらせられる量の仕事を待ち合わせ場所に持っていって、にこにこ会えるようにします。

山岡
 ウチナータイムですか?

上間
 ウチナータイムというか、風俗の仕事をしている子たちはまず、約束の時間を持たないで生活をすることが多いんです。たとえば出勤の際は電話をかけて、その子のいるところまで迎えの車が来ます。だから親しくなる前の最初のときは、1時間ぐらい待ちは当たり前ですね。待ってる間に持ってきた仕事をして、その子がやって来たら「おお!嬉しい」と言って、インタビューを始める。それがルーティーン。あと終わったら本人に感想を伝えます。これはとても大事な気がしていて、手紙でもメールでもLINEでもなんでもいいのですが、必ず感想を伝えます。そこには、おもしろかったことや頑張りを拡張するような言葉を書くことが多いです。本人の話を聞くと、ほんとうにそう思うので。それが嬉しかったと言われたこともあります。あとね、仲良くなったら遅刻しないの。だから最近はすぐに会えるようになりました(笑)。

 

 

4.大学のゼミについて

山岡
 普段、先生のゼミはどんな感じで進められるのですか。

上間
 大学院ゼミは門下生みたいな、弟子入りする感覚なんですよね。だから10何人とかの人たちが一堂にいます。他大学からくる方もいますよ。うちのゼミは基本3時間超えです。データを読んだり、関連文献をいくつも参照したりするから、時間がかかって、合宿になるととにかく部活みたいでした。開始が午後1時だとしたら10時までぶっ通しでやって、そこから飲み会。そして、翌日10時からまた再開、みたいな感じです。長時間でしたね。私はいま教職大学院というところに移ったので、学部や大学院のゼミ生・院ゼミ生を持っていないのだけど、琉大の子たちはほんとうに勉強するから、議論が深まっていって、おもしろいですね。

山岡
 私は理学部なので文系のゼミってどんな感じなのかがまったく想像つかないのですが。

上間
 文献講読がメインで、卒論を書く人たちは、自分が持ってきたデータの解釈について考える、といったことを中心に進めていきます。データ解釈を巡っての文献などの参照なども適宜します。

山岡
 では、卒業論文のテーマとかは全部自分で決めるのですか。

上間
 決めます。だけど最初にうちのゼミに入るときには、個人面談をしていました。テーマが本当に大事で、深く掘り下げられるかどうか、その人にとっての切実感があるのかどうかをみますね。それはその人にとってほんとうに大事だということになると、すごくおもしろいところまで研究が進みます。だから最初にそれはすごくやりますね。

山岡
 理系とは全然違うんですね。

上間
 いろんな人がいました。ゼミは本当におもしろいと思います。

山岡
 私の卒業研究は教授からテーマを与えてもらえるんですね。文系の友だちは自分でテーマを決められると聞いていたので、ちょっと羨ましいと思っていました。

上間
 理系だとそれはありますよね。

山岡
 若干やらされている感じもあるのですが学部生だとやれることが限られるので、やはりできる範囲で先生から卒業テーマを与えていただけるのはありがたいことだと思います。とはいえ、文系の人たちは自由だなと、少し羨ましく感じます。

上間
 私たちはむしろ、ゼミ生に合わせて勉強することが多いですね。

安次富
 そこがメインみたいな感じですね。特に大学院とかだと、そのやりたいことを勉強するために入って、そのために授業を組んでいくみたいな。

上間
 安次富さんのための講読会なんかもやってたもんね。そっちに合わせてましたね(笑)。

山岡
 すごく楽しそうですね。普段交流する機会があまりないので、こういう機会があり嬉しく思いました。
 
(収録日:2017年7月6日)

 


対談を終えて

今回のインタビューを通して一貫して感じたのは、上間先生の素直な人柄だ。すべての暴力に対する拒否、どんな相手に対しても一旦それをそのまま引き取る尊敬など、彼女の中での信念があり、それを素直に表現している姿を垣間見ることができた。著書に出てくる女性たちはその素直な人柄によって語ることができたのではないかと感じた。我々も設定時間を大幅にオーバーしてしまうほど、彼女の魅力に惹かれ楽しい時間を過ごしてしまった。
(安次富亮伍)

今回、急きょインタビュアーをさせて頂き、とても緊張しましたがとても対談の雰囲気がよくお話ししやすい環境で楽しく過ごすことができました。普段、教育学部の方と個人的にお話しする機会がないのでとても貴重な体験をすることができました。今回の対談で居場所づくりと相談する場所の大切さについて知りました。私も教職を取っていて教育についての勉強もしていますが、この対談を終えてより一層勉学に励んでいきたいと思いました。
(山岡那央)

 

<コラム>上間先生の一日

上間
 明け方4時には起きています。同業者の夫と忙しさは一緒なので、家事と育児は分担しようと決めています。朝二人で30分くらいザザっと、お家のことをやります。掃除、ご飯、洗濯。あと、土曜日は8時半から12時までシッターさんが娘を預かってくれるので、その時間に夫と二人で一週間分のご飯の下ごしらえから、大掛かりなお掃除などのお家のことを全部やります。

山岡
 朝4時に起きるということは、夜は何時くらいに寝るのですか。

上間
 9時に娘と寝ます。ただ、この本(『裸足で逃げる』)を書いているときは3時に起きて、3時から6時ぐらいまで書いて、そこからお家のことをやっていました。

安次富
 なんでそんなに朝早いんですか。

上間
 そこの時間しかないんですよ。そこが勝負という感じですね。娘は、起きている間はしゃべっているし、「母ちゃんそばにいて、自分をみて!」というので。娘のそばで本や論文は読みますが、原稿を書くことはできないですね。でも調査をやっているので、そうも言ってはいられません。調査とはいっても、要するに彼女たちの支援と介入がらみで動くことになるので。この前も出張前日の夜に、あげたてのエビフライを食べようとしているときにヘルプがはいって、家を飛び出して、その日の帰宅が真夜中でした。だからこそ、毎日の生活やルーティーンにこだわるのだと思います。
 


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