座・対談
「医師として伝えたい『希望』」夏川 草介さん(医師・小説家) P2


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4.現代医療、私たちができること

田中
 『新章 神様のカルテ』を読んで、ベッドの数が足りないという話や医師不足で患者さんがたらいまわしになってしまうとか、日本の医療現場はたくさん問題を抱えているなと感じました。そういう状況の中で、学生の私たちに知っておいてほしいこと、私たちにできることは何かあるでしょうか。

夏川
 学生さんだけに向けるものではないと思いますが、今の世の中には二つ大きな問題があると思っています。
 ひとつは、元気な人は「人が弱っていく姿や死んでいく姿を見る機会がない」ということです。昔は生活の中にそうした景色がたくさんありましたが、今はほぼないんですよ。そうすると人が苦しんで死んでいくときに、想像力が働かないんです。人が死んでいくときというのは、単純に言って嫌な景色がたくさんあります。テレビなどで描かれている「きれいな死」とは全く違います。そういうものを日常生活から締め出してしまったので、死に対する想像力が働かず、自分の家族が死に近づいたときにパニックになる傾向があります。死には誰もが必ず触れることになるので、パニックにならず死と向き合えるように、心構えみたいなものを持っておいてほしいですね。「自分がいかに死に接してこなくて、想像力が働かないか」を、頭の片隅に置いておいてほしいと思います。
 もうひとつは、「現代社会は、医療に関する信仰心がものすごく強い」ということです。メディアの影響だと思いますが、「こんなに小さながんを見つけました」「ゴッドハンドを持つ医者がこんなすごいことをしました」など、今の医療はすごいことができるというイメージがありますよね。でもすい臓がんの5 年生存率はこの 10 年でほとんど変わっていないとか、そういう医療が進歩していない部分についての情報はメディアにほとんど出ません。そうなると、いざ自分が病気になってうまく治療が進まないという状況に立ったときに、「医療の限界なんだ」と感じるのではなく「目の前の医者が悪いからだ」と考えて、医者とぶつかるんですよ。医療に対する患者さんの要求がとても高くなっていると感じます。医療不信の原点にあるのが、メディアから影響を受けた「幻想の医療」なのではないかと思います。
 人間が人間の命をどうこうすることはできないんです。そういう医療の限界があることを、少しでも伝えたいです。また命は難しいからこそ尊いのだということを、若い人たちに知ってほしいと思っています。
 今後も栗原一止は、奇跡は起こさないと思います。そこをくみ取ってもらえれば幸いです。誰が診たとしても、治るものは治るし、治らないものは治らない。『神様のカルテ』というタイトルは、そういう気持ちでつけました。その中で、できることを考えていくしかないんです。それを患者さんと共有できたときは良い時間が過ごせます。そういう医療がしたいですね。

田中
 夏川さんは栗原一止が理想の形だとおっしゃっていましたが、患者さんと向き合う姿勢は栗原一止と同じだと、今のお話を聞いていて思いました。

夏川
 ありがとうございます。そうあろうとしています。


 

5.物語から育む想像力

田中
 少し「神様のカルテ」から離れて、『本を守ろうとする猫の話』についてお聞きしたいと思います。この作品ではなぜ、病院から離れた物語を書こうと思ったのですか。

夏川
 自分でもなぜそれが出てきたのか、いまいちよくわからないんですよ(笑)。ただなんとなく、子どもでも読めて人生に大切なものを伝えられるものが書きたいと思ったんです。
 最近、他者を思いやる余裕がない人が多いような気がします。人が攻撃的になっているなと感じる回数が増えてきたといいますか。それはなぜなのかと考えたときに、想像力が落ちてきているからなのではないかと思ったんです。想像力がないと相手の立場に立つのは難しいです。そしてその原因は、小説をあまり読まなくなったということなのではないかと。
 ビジネス書や自己啓発書のような情報のかたまりの本はたくさん売れていますが、所謂「物語」はあまり読まれていないのではないかと思います。物語は、あらすじだけではわからない部分があります。なので時間をかけてでも、物語をちゃんと読んでほしいんです。『本を守ろうとする猫の話』には小説のタイトルをたくさん入れました。「この本を読んでみようかな」と、子どもや若い人に興味を持ってほしいなと思ったんです。そうしたことを、箇条書きなどの情報で伝えるのではなく、物語の形で伝えたかった。それこそ自分自身が昔読んだエンデの作品や『ゲド戦記』のような、子どもが読めるファンタジーで、一番大切なことをちゃんと書きたいと思いました。

田中
 『本を守ろうとする猫の話』に「本を読むことが人の心を思うことを教えてくれる」と書かれていたのが印象的でした。自分が「どうして小説を読むのか」と聞かれたときには、これからこう言いたいなと思います。
 それから『本を守ろうとする猫の話』を読んだ後に『神様のカルテ0』を読み返したら、その中でも同じことが語られていたので、夏川さんにとって小説を読むというのはそういうことなんだなと思いました。

夏川
 自分が悩んだことを書いたというところでは、どちらも同じことを別の方式で表現したのだと思います。

田中
 大学生だけではありませんが、世間では読書離れが進んでいると言われています。あまり本を読まない人に、どうしたら本を読んでもらえるのでしょうか。

夏川
 難しいですね。みんな忙しくて時間がないですから。私はその答えは持っていないですね。ただ、大人になってから読み始めるのは、難しいというかハードルが高いような気がしますね。そういう意味で、中学生くらいの人たちが「面白い」と思えるものが書きたいと思います。その本がきっかけで、別の本も読んでみようと思えるような。活字を使ってこんな面白いことができるのだということを伝えたいですね。もっと大人向けの本も書こうと思えば書けますが、自分の本が読書のきっかけになったら良いという気持ちがあるので「こういう本を読んでみませんか?」と勧められるようなものを書こうとしています。できるだけ早く、良い本に出合うのが一番ですね。本への信頼感ができると、本が楽しいものだということがわかるので。
 

田中
 最後に、読者の大学生に向けてなにかアドバイスをお願いします。

夏川
 私は子どもの頃に「将来何になりたいの?」とよく聞かれましたが、自分には何もなかったんです。何もないということは欠点とされましたが、ないものはどうしようもありません。でもそうしたときに「何も夢がないから何もしない」という選択をしてはいけないと思うんです。夢があるのは幸せなことですが、夢がないことだって悪いことではありません。おそらく、明確な目標がある人の方が少ないのではないでしょうか。そういう中でどうしたらいいか、それは「できることで最大限努力する」しかありません。生きる目標みたいなものは、生きているうちにわかるもので、続けていくうちに見えてくるものがあります。一生懸命生きているうちに夢が追い付いてくるものなので、何もない人生の中にも、できることはあります。
 私は高校生のときに阪神大震災を経験して、そのときにはじめて医者になりたいと思いました。それまでは本当になにもなく、からっぽでした。でも日常的な努力はしてきました。何もないからといって、何もしないのは無しだと思っていたんです。明確な目標はなくても努力はできます。いろんな努力の形があると思っています。

田中
 なるほど。本日はありがとうございました。
 

(収録日:2019年3月 24 日)

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当選の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。

 

対談を終えて

夏川先生は一止と同じくらい、いやそれ以上に素敵な人でした。私を救ってくれた言葉を紡いでいる人が目の前にいる。あまりの感動に何度も何度もインタビュー中に目が潤んでしまいました。「人と人が支え合っている姿を描きたい」という夏川先生の思いが、私が苦しいとき、辛いときに読み返したくなる理由だと分かりました。先生は「作家である前に医師であるのです」と感じさせるくらい、患者さん思いの方で、私も 4 月から社会人として「真面目」に頑張ろうと思いました。

田中美里
 

P r o f i l e

夏川 草介(なつかわ・そうすけ)
1978 年大阪府生まれ。信州大学医学部卒業。長野県にて地域医療に従事。2009 年『神様のカルテ』で第十回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。同書は 2010 年本屋大賞第2位となり、映画化された。他の著書に『神様のカルテ2』『神様のカルテ3』『神様のカルテ0』『本を守ろうとする猫の話』、そして最新刊『新章神様のカルテ』(すべて、小学館)がある。
 
 

コラム

本業優先で

田中
 『新章 神様のカルテ』の前に『神様のカルテ0』を書こうと思ったのはなぜですか。

夏川
 『神様のカルテ0』は、物語を順番に書いていく途中でサイドストーリー的に書いていたものがたまってきたので、それをまとめたものです。なので、『神様のカルテ0』を書こうと思って書いたわけではありません。いつも物語の大きな本筋は、ずっと頭の中で続いているような、そんな感じですね。

田中
 『新章 神様のカルテ』は連載でしたよね。

夏川
 形式は「STORY BOX」(小学館)の連載でしたが、全部書きあげたものを連載前に編集者に渡していました。仕事柄、明確な締め切りのある連載というのは無理なので。

田中
 以前のインタビューで、小説は毎日帰宅後に 1~ 2 時間書いているとおっしゃっていましたが、現在もそうされているのですか。

夏川
 毎日書くのはやめました。今は月に 1~ 2 日時間をとって、集中して書いています。毎日書くのはもう体力的に無理ですね。書きたいことはたくさんあるのですが、自分の体力が続く限りは医者を続けていきたいので、今は医者の仕事を優先に考えています。
 

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