今年の夏は暑く、そしてとても長かった。私はしょっちゅう体調を崩し、部屋に引きこもっていた。そういう時は部屋の掃除がはかどる。本棚の整理中に目に留まったのは、『すいかの匂い』(江國香織/新潮文庫)だった。
10月に入っても残暑は続いた。さすがに夜間は涼しかったので、人と会う用事はなるべく夜に回すようにしていた。
今日は待ちに待った日曜日、のはずだが目前に控える課題は自室の片付けである。秋学期が始まりあれこれしている内に、夏休み最終日に清掃、整理整頓したはずの部屋はもはや怠惰な空間へと成り果ててしまっていた。清掃面はいいとして、問題は散らかり放題の本の整頓である。夏休みにうっかり購入した本は読む時間がとれず部屋に積んでおいたため、リアルに「積読」状態になってしまった。ということでそれらの本棚収納作業を進めていると、棚の奥からとある本が出てきた。『ひとりずもう』(さくらももこ/集英社文庫)だ。この本はさくらももこさんの中学・高校時代を綴った、ちびまる子ちゃんのその先、のようなエッセイ集だ。私はこの本を今までに何回も再読しているのだが、その魅力はさくらさんの王道から外れきった青春模様だ。さくらさんは中学ではなるべく目立たないように生活し、高校は女子校に進学して同様に過ごしていたらしいが、高校生活での、特になにもしない文化祭や消極的すぎる部活動、妄想で終わる恋のエピソードなどは王道の青春とは正反対であり、全く充実していないようにも見える。しかし、さくらさんはその日々に肯定的であり、いつのまにか読者はそののんびりと脱力した日々に引きつけられ、むしろその自由さに羨ましくなってしまう。私も高校時代、そこまで劇的な青春生活は送らなくてしばしば「これでいいのか」と悩んだこともあったが、この本は「それでもいいんだよ」と言ってくれる、実に安心感のあるエッセイなのだ。心が温まったのは良かったが、いつのまにか時は過ぎ、変わらず荒れた自室に冷たい風が吹き込んだ。
進まない片付け、溜まるストレス。私の生活環境を改善する目的だったはずが、うっかり精神を病みそうな現状だ。心の換気を口実に図書館へ逃げた私が偶然出会った本は、『あなたのゼイ肉、落とします』(垣谷美雨/双葉文庫)だ。私は「ダイエット小説とは一体……?」と、つい興味が湧き本を手にした。この本は、四人の男女が主人公の短編集である。彼らは自分の肥満体型に不満を持ち、とあるダイエットアドバイザーに減量指導を頼む。実は四人には心にストレスが溜まっている、という共通点があるのだが、そのストレスの原因は夫婦や親子関係、学校でのいじめなどの人間関係によるもので、そこには寂しさや劣等感などが混ざった、現代人が抱く複雑な心境・心理が見られる。アドバイザーは四人の心に潜む鬱屈したものを洗い出し、彼らを肥満改善だけでなく心のダイエットにまで導くのだ。文章はとてもテンポ良くサクサク読め、読後感は非常に爽快な気分が味わえる。なんだか登場人物につられて私まで疲れた心が元気になった。帰宅後掃除、片付けは処理速度を倍速にして再開され、夜には無事自室は片付き、ついでに私の心のゼイ肉も落ちたのだった。
「増税前に!」と学生の身にしては奮発した買い物をした帰り。大金を払い揚々とした心持ち、夕暮れ、そして此処は烏丸御池。足は自然と丸善に向かい、数冊の本を手に「増税前だし」と言い訳をしながら帰宅。
この日京阪線のなかで開いたのは、北村薫さんの『月の砂漠をさばさばと』(新潮文庫)。この中の一編、「さばの味噌煮」を確か小学生のときに読んだはず。「月のー砂漠をさばさばとー さばの味噌煮がーゆきました」このフレーズをよく覚えている。さきちゃんという小学生の女の子とそのお母さん、ふたりの日常を描いている短編に、すっと空気を切り取って描いたようなおーなり由子さんの挿絵が色を添える。月にぶら下がったさきちゃんが描かれている表紙。そんなのできっこないよと一蹴することだってできるが、本を読み終えたあとに見るとただ微笑んでしまった。*本サイト記事・写真・イラストの無断転載を禁じます。