一橋大学大学院 齋藤あおい
9月 江國香織を読み返す

今年の夏は暑く、そしてとても長かった。私はしょっちゅう体調を崩し、部屋に引きこもっていた。そういう時は部屋の掃除がはかどる。本棚の整理中に目に留まったのは、『
すいかの匂い』(江國香織/新潮文庫)だった。
本書は11本の短編から成っており、主人公はいずれも年端もいかない少女だ。本作の特徴として、主人公が悪い人、またはミステリアスな人に出会う確率が高い。例えば、主人公の家の下宿で家賃を踏み倒し失踪する者、主人公を自分の逃避行の道連れにしようとする者、等である。上記の二人は年上のおねえさんで、魅力的な人物だが悪いこともする。とはいえ主人公に対しては優しいので、トラウマというよりは不思議な思い出として胸に刻まれる。
確かに自分も、子どもの頃は近所のおねえさんに勝手に憧れては懐いていた。しかし就職や進学で町を去る時、彼女たちは何も告げてはくれなかった。自分は取るに足らない存在だったのだなぁという失恋のような経験を通して、彼女たちへの信仰は薄れていった。私はそんな記憶をすっかり忘れていたのだが、誰もが経験しうる子どもの頃の違和感を、本作は思い出させてくれる。それにしても子ども時代とは、自分自身もなかなか残酷だが、無自覚のまま搾取されてもいて、なんとも危うい時分だったと思う。よくサバイブできたものだ。
10月 残暑と百合

10月に入っても残暑は続いた。さすがに夜間は涼しかったので、人と会う用事はなるべく夜に回すようにしていた。
ある夜、友人に、私が江國香織作品を読み返していることと、それとは別にいわゆる「百合」作品の良さに目覚めつつある話をした。両方の作品に明るい友人は、これが最適解だと言わんばかりに『
落下する夕方』(角川文庫)を貸してくれた。
簡単に説明すると、主人公の彼氏が別の女の子を好きになったと言って別れてしまうのだが、なぜか恋敵が主人公の部屋にやって来て、女二人で一緒に住むという話である。地獄のようだと思うかもしれない。もちろん主人公も戸惑っていた。しかしエキセントリックな恋敵の自由さ、繊細さ、ちょっとずれた優しさを知るうちに好ましく思うようになる。この恋敵はとにかくモテる。主人公の元恋人だけでなく、多くの男性たちからアプローチを受けてはうんざりしている。彼女に入れ込みすぎない主人公だけが、ありのままの彼女を受け入れることができているのが皮肉だ。彼女を愛した男たちにそれができたなら、ラストも変わったのではないか。
本を返し、人生はままならないねぇという話をした。需要と供給が噛み合うことってレアだ。夏が好きな友人も、今年ばかりは嫌そうにしていた。