新学期 特別インタビュー
本は世界を開くきっかけになる


松﨑 泰(東北大学加齢医学研究所) × 渡部夏帆(東北大学4年)

 
 

1.本を書くきっかけ

松﨑 泰Profile

著書紹介


『「本の読み方」で学力は決まる』
川島隆太=監修、松﨑 泰・榊 浩平
青春新書インテリジェンス
本体880円+税
読書習慣と学力の関係を大規模な調査から科学的に明らかにした一冊。
本を読む際の脳の活動の違いや、親子の「読み聞かせ」が子ども・大人両方の脳を鍛える効果があるなどの驚きの事実が満載(渡)。
渡部
 先生が所属されている加齢医学研究所は、何をしている所なのでしょうか。

松﨑
 この研究所では様々なテーマを研究しています。英語名(Institute of Development, Aging and Cancer)にするとわかりやすいでしょうか。人間の発達——子供の頃の狭義の発達だけではなく、生涯発達のこと、老年期のことを扱うことも多いです。それから、Cancerというのは癌ですね。分子レベルからヒトを対象としたレベルまで広く研究されています。

渡部
 そのなかで、先生はどのような研究をされているのですか。

松﨑
 ここで行っている私の研究は、大変マイナーな領域で、子どもに関する研究です。主に生活習慣の解析が多いですね。ものによっては学力との関係だったり、脳の機能や構造などデータの解析を行っています。

渡部
 ご著書『「本の読み方」で学力は決まる』(川島隆太=監修/青春新書インテリジェンス)を読ませていただきました。この本をなぜ書くことになったのか教えていただけますか。

松﨑
 読書時間がどうやら少なくなってきているだろうという問題意識自体はもともとあったのだと思います。同時に、本を書く半年前、やはり本は読んだ方がいいだろうという結果が、この本の最初のほうに載っている仙台市の学力データ解析のプロジェクトのなかで話題にあがってきて、それが大きなきっかけだったのではないかと思います。学力というのは子どもの能力を測る一つの指標でしかないのですが、それにしても、やはり本を読んでないとだめらしいということは、興味深かったわけですよね。この本を出す少し前に、個人的にいろいろと解析をしてみたところ、やはり読書時間が減っている。悲しいことに中学生で減っているんですね。例えばアンケートをとると、平日の読書量についての質問では、中学生の場合「全く読まない」という回答が一番多いという事実を知ってしまい、がっかりしました。でも、読むに越したことはないのではないかと思います。

渡部
 そうですよね。一般的なイメージで本を読むと賢くなるという認識があるのですが、この本を読んでデータで裏付けされていて、すごく興味深かったです。

松﨑
 難しいですよね。本を読むと頭が良くなる、みたいなことは私が子どもの頃も先生や親から言われたけど、子どもにとってはそんなことはわからない。まだ現実として受け止められないし。だから子どもの頃は、まだ少し馬鹿にしているところがありました。でも、体感として、大学時代はひまじゃないですか。だから私もかなり本を読みました。乱読ですが。どれだけ覚えているか、身になっているかはわからないけど、読みましたね。読んで損をすることはなかったですし。ただ、たとえば、スマートフォンを使って動画サイトを観るといった娯楽につながるサービスを利用していると、楽しいからそれで何時間もすぎてしまうんですけど、それが日常で生かせるかというと、そんなに生かせる気もしない。もちろん、ゲームをやって友だちと仲良くなれたら、それはそれでいいと思います。でも生きていくにあたっての教養につながるかというと、本は読んでいてよかったと思いますが、娯楽はそこまでそういう感じがないかなと、個人的にも思います。そういう意味で、若い人——高校生や大学生の話を聞くと、時間があればスマホをみて話をしない、話はするけどゲームばかりやっている、という現状を少し心配したりもします。

渡部
 スマホはサクサクと情報がとれるので、あっという間に時間が過ぎるのはわかります。

松﨑
 それを変えられるのかと考えると、そういう世の中の流れで、簡単に変えられないのではないかと思います。でも本はとても楽しいものだし、新しい文化が入ってきたからといって本を読まないのは寂しいのではないかという気はしています。

渡部
 先生は大学生時代にたくさん本を読んでいたとおっしゃっていたのですが、どんな本を読まれていましたか。

松﨑
 あまりよく思い出せないのですが、新書が多かったですね。というのも、大学に入った頃って、「自分がこれから何を学ぶのかも分からないし、何を読んだらいいのかもわからない」という感覚が凄くあったと思うんですよ。新書って薄いし、いろいろなテーマが並んでいて楽しいし、手に取りやすかったんですよね。当時、東北大川内キャンパスの図書館の2階に新書コーナーがあったんです(現在は1階)。そこを1時間くらいうろうろして読みたい本を手に取って……ということをよくしていました。
 


 

 

2.現代は文字と人との関係が怖いところがある


渡部
 先生は、この本をどのような思いをもって書いて、どのような人に届けたいと思いましたか。

松﨑
 私が書いたのは主に4〜6章ですが、前半の部分は中学生の親御さんが読まれるといいかなという内容です。やはり、子どもが育っていく過程のいろいろなタイミングで「本は読むといいよ」とか「隣に置いておくといいよ」とか「読み聞かせるといいよ」というのが、この本のメッセージなのかなと思うのですが、(残念ながら大学時代のデータは載っていないのですが)生まれてからある程度成長する(中学生のころ)まで幅広く親御さんだったり本人だったり、人それぞれが「本を読むといいのかもな」と思えるような内容を書けたらいいなという思いはありました。

渡部
 確かに、私は小中学生でもないし親御さんの年齢でもないけど、自分の小中学生時代のころを思い返しながら読んでいて、私もあのときの習慣が今につながっているのかなと感じました。小中学生のときは熱心に勉強した記憶がなくて、遊んで習い事をして部活をやって、土日は本を読むのが楽しみだったという感じなので、この本のデータとかつての自分を照らし合わせながら読んで、面白かったです。

松﨑
 書いているとき私も似たような感じだったと思います。自分がこの成長段階で本とどういうかかわり方をしてきたか、ということを振り返りながらの作業だったかなという気がします。

渡部
 このなかで大学生に知ってほしい事実があれば教えていただけますか。

松﨑
 ここには中学生までのデータしか書いていないので、大学生にこうしろと言えることはあまりない感じはしますが、本を読むことでいいことは何か、どんな役割を果たすか、ということを考えたら、中学生のころまでの読書と大学生の読書ってそう違わないのではないかと思うんです。本を読むことで、世界を知る、想像力をつける、いろんな考え方を知る、というところはとても重要なのではないかなと思います。というのも、今は文字情報が減っているかというと、そうでもないような気がするんですよね。スマホを開けばいろいろな文字情報が入ってきますよね。ニュースもいっぱいあるし。新聞も今の人たちがどれだけ読むかわかりませんが……。渡部さんは、新聞は読んでいますか。

渡部
 読んでいません。たまに図書館で空き時間に読んでいますが。

松﨑
 私も学生の頃は読んでいませんでしたが(笑)、今は読んでいます。印刷された媒体でじっくり文字を読むことは無いけども、入ってくる情報自体はたくさんあるじゃないですか。それを無自覚に受け入れているところがあると思うんです。そういう意味でも、いまの文字と人との関係は怖いところがあるなと常々思います。書かれたもので、ある人の立場の意見とか、小説だったら一貫した物語を読み通して自分のなかに吸収していくという経験って、とても貴重だと思います。でも、時間がないとできないじゃないですか。やっぱり大学のうちになんとなくでもいいので、手にとって面白ければ読めばいいし、そうでなくても一応目を通すという感じでもいい。いろんなものを読書体験として取り入れていけばいいのではないかと思います。

渡部
 大学生の読書について、読書時間が0分という大学生が48%で、60分という大学生が26.7%(第54回大学生協学生生活実態調査 2018年実施)で、読む人と読まない人の割合が二極化しているという結果が出ていますが、先生はどう思われますか。

松﨑
 難しいところですね。読書時間に限らずいろいろなものが二極化する方向に動いているのではないかと思うんです。つまりいい方と悪い方に、ということなんですが、読書時間も分かれてしまった現れのひとつではないかと思います。本を読まなくてもハッピーに生きられるのであれば、それはそれでいいと思いますが、個人的には、本を読むことで広がる世界があると思うので、いろいろなものを手にとって読んでもらえるといいのではないかと思います。小説でなくても雑誌でもいいですし、写真集でも面白いのではないでしょうか。強制はなかなかできないですよね。


渡部
 読む大学生にも読まない大学生にも、読み方を提案するとしたら、どう伝えますか。

松﨑
 書店ってとても楽しいところだと思うんですよね。目についた本を手に取ってパラパラめくるだけでもいいし、面白そうだと思ったら買えばいいし。

渡部
 わかります。私も書店に行くのがすきなので、ずっと永遠に居られる感じがします。

松﨑
 書店に行くだけでも、そこでいろいろなものをみるだけでも、楽しいのではないかと思います。
 

3.電子端末と本との付き合い方

渡部
 先生は、電子書籍は読まれますか。

松﨑
 読みます。本棚は有限じゃないですか。本をいっぱい買いたいけど、どうしても本棚に入りきらないので、自分でこのタイプの本は電子書籍でいいかな、というルールを決めて、使い分けています。

渡部
 これから電子書籍が増えていくと思うのですが、どうつきあっていけばいいと、先生は思われますか。

松﨑
 ズバリ言ってしまうと、好みでいいと思います(笑)。個人的に、紙の本を読むほうが好きなんですよね。時間がたってヨレヨレになっていたりとか、独特な香りとか古い本で時代を感じるものとかが好きで…。図書館で(本当はいけないことですが)書き込みがされている本があって、それを見て「この本はこういう読まれ方をしていたんだな」というのを知るのも好きです。

渡部
 電子書籍の勢いがすさまじいですが、先生は、紙の本は残ると思いますか。
 


松﨑
 個人的に残ってほしいですけど、時代の流れもあると思いますね。紙で見たいものもあるじゃないですか。たとえば、片手にひらいて作業をするというのもいいですし、ふとしたときに本棚から取り出してパラパラとみる、という行為が電子書籍ではできないので寂しいですね。タブレット端末やスマートフォンの本質というのは、多機能性なんですよね。携帯電話は電話の機能にメール機能がついているというものでしたが、別の次元からやってきたスマートフォン、オリジンとしては、スマートコンピュータ、結果として今、何でもできるようになってきているわけですよね。それだけに、邪魔されやすいんですよね。LINEとか、音楽とか、飽きたらスマホに娯楽がいっぱいあるじゃないですか。そういう意味で、本に集中するのは出来ないのではないかと思いますね。私は読みたい本は、理由がなければ紙で買います。

渡部
 先生は、スマホはあまり使わないのですか。

松﨑
 必要があれば使いますが、それほどではないですね。便利ですけどね。最近、許せないことがひとつあるんです。

渡部
 なんですか。

松﨑
 ご飯を食べながらスマホをいじっている人が、許せない(笑)。
 
渡部
 (笑)自分でも心当たりがあります。スマホ中心に過ごしてしまっているなあと自覚するときがあります。

松﨑
 便利で楽しいものなので、それが基本になってしまうと良くないのではないかと思います。それが中心になって、いままであった紙の本を読むとか、図書館に行くとか、そういうものが一つ一つなくなっていく可能性があるわけで、そういうのは、寂しいですね。

渡部
 
小さいもの(スマホ)から世界がひろがって、何でもできているけど……。

松﨑
 
ただ、入ってくる情報は断片的だったり間違っていたり、あるいは一方的な視点だったり、といろいろな危険があるわけです。幸か不幸か、頭のいいAIがいろいろな情報を好みに応じて選んでくれるのがデフォルトじゃないですか。やはりある一定の長さをもって、ある人が主張したり物語を書いたり、というものをきちんとひととおり体験して、一冊本を読んで、それでいろいろと考えるというのは、本でなければできないことだと思うんです。

渡部  そうですよね。SNSとかも、テーマとか確証がない情報とか、責任なく発信された情報が凄く溢れていると感じます。その点、本は、書き手の立場や意思という芯を通して綴られた一冊なので、価値があると思います。

松﨑
 ある程度のまとまった主張を読み取るのはとても難しいことだと思います。それは本を読まないとわからない。5枚か10枚の論文でも構わない。その人の考え方や立場を判断するのは、やはり量を読まないとできないことだと思います。そこは、本とそのほかの媒体(ニュースを含む)の違いなのかな。

渡部
 それでは最後に、大学生に向けてメッセージをいただけますか。

松﨑
 大学は本がたくさんあるところで、本はいろんな人の考えや知識や世界観を知ることができるものです。そういう環境に身を置くのであれば、やはりそこにある本を読むべきだと思います。書店、生協や図書館で、興味が向いた本を手に取ってみるといいと思います。それはみなさんにとっては、知らないことを知るきっかけになったり、将来を思い描くときの助けになったりするのではないかと思います。

渡部
 ありがとうございました。
(取材日:2019年10月16日)
  
P r o f i l e

松﨑 泰(まつざき・ゆたか)
東北大学加齢医学研究所助教。
東北大学教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科修了。博士(教育学)。
小児の脳形態、脳機能データと、認知発達データから、子どもの認知機能の発達を明らかにする研究を行っている。

著書紹介



渡部 夏帆(わたなべ・かほ)
東北大学文学部4年。人間の行動が社会に及ぼす影響を考える勉強をしています。春からは気持ち新たに社会人として頑張ります。本の著者にインタビューという貴重な経験をありがとうございました。

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