京都大学3回生 徳岡柚月
3月上旬

気持ちよく晴れた日の午後4時頃。スーパーへと出かける道すがら、最近見つけたお気に入りの本屋さんに立ち寄った。ゆっくり店内を見て回っていると、1冊の本が目にとまった。
『わたしの名前は「本」』(ジョン・アガード=作、ニール・パッカー= 画〈金原瑞人=訳〉/フィルムアート社)『読書のいずみ』前号の「座・対談」に登場された金原さんが翻訳され、大好きな女優・エッセイストの美村里江さんが帯を書かれ、長年のお友達である「本」が語り手を務めるらしい。
うれしい出会いに胸を躍らせながらページをめくっていくと、語り手の「本」が自身のこれまでの人生(本生?)をユーモラスに話してくれる。まだ文字がなく、人が口で「本」を語っていた太古から、活版印刷が主流だった近代、そして、電子化した「本」の仲間が現れ、どんどん数を増やしている現在まで。「本」の長い歴史が、味わい深い挿絵とともに美しいレイアウトで記されていた。その物語を読んで、初めて私は「本」の思いに触れ気持ちを想像した。
遙か昔から今まで人間のそばに居続け、沢山のことを伝えてきてくれてありがとう。これからもどうぞ末永くよろしくお願いします。読み終わったとき、「本」にそう伝えたくなった。全ての本がより一層愛しいものになった。
3月下旬

空がきれいな水色で、自転車を漕いでいると少し暑いと感じる午後2時過ぎ。今日はバイトがある日。少し早めに家を出て、バイト先の少し向こうの、お気に入りの本屋さんへと向かう。
お店に着くと、迷わずある場所へと進んだ。そこにあるのは、1冊の写真集。
『スティーヴ・マッカリーの読む時間』(スティーヴ・マッカリー〈渡辺滋人=訳〉/創元社)。夢中で本を読んでいる上半身裸の一人の異国の青年と、彼に寄りかかる、優しい目とまるで微笑んでいるような口元をした1頭の象。前にこのお店で見かけ、表紙の彼らに一瞬で心を奪われた。そして次に読むのはこの本にしようと決めた。
ページをめくる度、違う国の、全く別の人が現われる。でも、みんな本を読んでいる。ときには犬や、象や像まで一緒に。さらにおもしろいことに、みんな同じようにそこに書かれていることに夢中っていう顔をしている(楽しそう、難しげ、といった違いはあるけれど)。国も人も(動物も)読んでいる本もバラバラなのに、ここまで表情って似るものなんだと驚いた。どの顔も真剣で、顔の造形に拘らず、全てが美しく思えた。なにかに夢中になっている時の顔って誰でも本当に素敵なんだと実感した。この本を読んでいる私もこんな顔をしていたらいいな。そんなことを考えながら、本を読む彼らをしばらく見つめた。