いずみスタッフの 読書日記 172号


レギュラー企画『読書のいずみ』読者スタッフの読書エッセイ。本と過ごす日々を綴ります。
 
  • 京都大学大学院
    徳岡 柚月
    M O R E
  • 東京工業大学2年
    中川 倫太郎
    M O R E
  • 千葉大学3年生
    古本 拓輝
    M O R E
  • 千葉大学2年
    高津 咲希
    M O R E

 

 

京都大学大学院 徳岡柚月

7月16日 灰白色を染める茜と音楽

 雲が多めの夕方。地下鉄の駅へと歩く。京都に来てから移動は大抵自転車だから新鮮。階段を降りる足がリズムを刻む。頭には、これからのライブで演られるかもしれない曲たちが流れている。
 開演まで30分超。会場前にはお客さんたちが集まってきている。アコースティックライブなので人数は少なめみたい。会場も積み重ねてきた年月とあたたかみを感じて、大事にされてきたことが伝わる素敵な建物。きっとすごく幸せなライブになるだろうな。入場を待つ楽しそうな会話をBGMに本を開く。燃え殻さんの『それでも日々はつづくから』(新潮社)。1本4頁のエッセイ集。エッセイは居酒屋みたいだと思う。ふらっと入って偶然隣り合った人とたわいない、と思えば「人生」を意識するような深い話をする。疲れた時に会いたくなる友人の話から始まるこの本も、日常の中のちょっともの申したいこととか密かな夢とか、するっと心の暖簾をあげてみせてくれるのだ。
 ライブ帰り。余韻に浸りながら小声でさっき聴いた曲を口ずさむ。「このライブがあったから今日はいい日だった、じゃなくて、おいしいものも食べたしライブもあったし今日もいい日だったって思ってもらえるといいな。」MCがリフレインする。エッセイもそんな風な、気楽な、でも日常を大事なものにしてくれる存在だよなと思う。『それでも日々はつづくから』購入はこちら >
 

7月19日 朱に沁みる歌たち

 珍しくお酒を飲んだ。身体が火照ってる。鏡で見たら全身真っ赤。頭は正常なつもりだけど、若干ぼうっとしている感じはある。
 「こけないようにね」というお言葉を頂戴して同行者と別れた。うーん、そんな酔ってないはず……と思うけど、足取りがいつもよりふわふわしている気がする。微熱がある時の感じ、いや微熱の時って結構しんどいから、38度ぐらいの時の感じ? なんてことをとりとめもなく考えながら、帰路を辿る。普段なら自転車だけど、今日は雨が凄かったから徒歩で来たの、よかったな。このなんともいえない浮遊感、ゆっくりじっくり味わいたい。
 無事帰宅。今日はゆったり味わえる短歌を読もう。岡野大嗣さんの『サイレンと犀』(書肆侃侃房)を手に取る。前に『音楽』を読んで以来ファンになった歌人さんで、切り取られる世界が優しくて色鮮やかなのが好きだった。が今回読むと、きらきらした風景の中に、どうしようもない痛みのようなものが混じっていると感じた。なるほど、ひとりの人間でも時と場合によって色んな世界の見え方があるよな。今見えるものを否定せず大切にしていきたいな。まだ熱を帯びた脳でそんなことを思った。『サイレンと犀』購入はこちら >
 
 
 

 

東京工業大学2年 中川倫太郎

5月上旬

 図書館にて。本棚の前でぐるぐる腕を回し、ピタッと止めた所、人差し指の先にある本を借りることが最近のマイブームだ(僕はこれを「ぐるぐるルーレット」と呼んでいる)。あらゆるものが制御可能になりつつある現代、ランダムネスに身を任せるのも案外面白い。
 ぐるぐるルーレットで選ばれた一冊、『饒舌の思想』(開高健/ちくま文庫)を読む。ベトナム戦争の死線に飛び込み書き留められたルポルタージュ。活字から漂う血と泥の生臭さが茹だる密林に充満する。
 肉体の伴わない政治信条は机上の空論に過ぎず、僕はそれよりも地平線の先に広がる美しい景色を想像して、力の限り走り抜けたい。きっと朝陽が待っている。 『饒舌の思想』購入はこちら >
 

6月下旬

 劇作家・別役実のえがく淋しさは僕を虜にした。彼は『不思議の国のアリス』という戯曲集を出しているのだが、そもそも自分はキャロルの原作を読んだことがない。
 そこで『新訳 不思議の国のアリス 鏡の国のアリス』(ルイス・キャロル〈高山宏=訳〉/青土社)を手に取る。キャロルの本職は数学者で、だからか随所に数理的発想の欠片輝く。言葉遊びの翻訳にかかる骨折りを想像して、僕は頭が上がらない。
 幼少期の自分の姿をアリスに重ねる。世界に対する疑問が間欠泉の如く噴き上がっていたかつての時代は本当に何だったのだろうか。僕はいつしか謎を謎のまま丸飲みし、コチコチに固まっていたようだ。 『新訳 不思議の国のアリス 鏡の国のアリス』購入はこちら >
 

7月中旬

 家庭教師のバイトを始めた。個人契約だから業者に余計なマージンを取られず済む。高時給でテンションが上がり、帰りに駅前の本屋さんで文庫本を爆買い。そのうちの一冊、散文詩集『地獄の季節』(ランボオ〈小林秀雄=訳〉/岩波文庫)を紐解く。著者の名前に驚いた。乱暴? なんかヤバそう。
 若気の至りの権化の如き、フレッシュでギラギラした文体が心を鷲掴みにして離さない。あまりにも剥き出しで痛々しく、生々しいものだから、反射的に文面から眼を逸らしたくなる。
 彼の燃焼の産物には、未だ理解の及ばぬ点が多くあるものの、逆に考えたら引き続き楽しめるってことか。それは焼肉屋、噛み切れないホルモンを口の中で転がしつづける感覚に似ている。 『地獄の季節』購入はこちら >
 

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