いずみスタッフの 読書日記 173号


レギュラー企画『読書のいずみ』読者スタッフの読書エッセイ。本と過ごす日々を綴ります。
 
  • 京都大学大学院
    徳岡 柚月
    M O R E
     
  • 名古屋大学4年
    後藤 万由子
    M O R E
     
  • 東京工業大学2年
    中川 倫太郎
    M O R E
     
  • 千葉大学2年
    高津 咲希
    M O R E
     

 

 

京都大学大学院 徳岡柚月

9月末

 奈良は吉野に向かっている。京阪電車、近鉄と、電車を乗り継ぐたび景色が日常から離れていく。車内の人の数が減っていき、密度が低い空間は、いつもより一人一人の存在がはっきりして、逆に人間同士の距離が近くなる感じがする。
 暖かな陽光と自然に包まれた昔ながらの町を、電車はゆったりと走っていく。こんな空気の中で読む北村薫さんは格別。『遠い唇』(角川文庫)、短編集だ。表題作が最初に収録されている。《コーヒー欲る(ほる)》という言い回しについての会話から始まる物語。透明で柔らかい味わい。久しぶりに読む北村さんの文章に、心がほぐれる。淡く切ない、または懐かしく、あるいはなんだか親しみを感じる。そんな恋の話が小さな、大切な思いが秘められた謎をエッセンスとして語られていく。ちょっと異色の「解釈」という短編が特にお気に入りになった。宇宙人が『吾輩は猫である』『走れメロス』『蛇を踏む』を「解釈」する話だ。なるほど、そうきたか!ととても楽しい。今度宇宙人視点でそれぞれの原本を読んでみよう。
 澄んだ空気とともに、一文字一文字を食むように物語を進めながら、旅は続く。『遠い唇』購入はこちら >
 

10月中旬

 発売を心待ちにしていた『あなたへの挑戦状』(阿津川辰海、斜線堂有紀/講談社)が出版された。今とても気になっているお二人が共作もとい競作される本著、これは読まずにはいられない! しかも、この本を企画された時、お二人の頭には『いつも心に好奇心(ミステリー)! 名探偵夢水清志郎VSパソコン通信探偵団』(はやみねかおる・松原秀行/講談社)があったという。わたしも小学生の時に夢中になった本で、そういう意味でもダブルで嬉しいのだ。
 早速読む。序文が胸アツすぎる。阿津川さんの「たった一行で人の心に突き刺さるその文章。熱く、黒く燃え滾る情念を抉り取るその筆力。」と斜線堂さんを褒め称える言葉に頷きが止まらない。「鮮やかな筆致を、緻密なロジックを、仕掛けられるカタルシスを愛している」という斜線堂さんから阿津川さんへの告白に親指をグッと立ててしまう。「けれど、こんなものは100年後には観測されなくなっている。客観性が更新されなくなった関係は、過去のものになり忘れ去られていく。」だから、この本を遺したのだ。なんと美しいことだろう。
 阿津川さんの精巧なトリックと工夫が凝らされた文章構成に感嘆し、斜線堂さんの激しく揺さぶるような、優しく擦るような叙情表現に様々な感情が引きずり出された。
 巻末の執筆日記(贅沢……!)で現実に帰還し、この作品をリアルタイムで読める幸せに浸るのであった。『あなたへの挑戦状』購入はこちら >
 
 
 

 

名古屋大学4年 後藤万由子

7月中旬

 小児科の試験勉強をした。夕方お決まりのように机の整頓を始め、これまた脱線し本を読み出してしまった。しかし雑誌を捲っていると「風土記」という言葉が目に留まった。そうだ、地方の古代史が好きなら、これを勉強すれば良いのでは。生協で本を注文。入荷が楽しみだ。脱線に脱線を重ねてしまったが、後悔は無い。
 

7月下旬

 小児科の試験終了。本が入荷したため書籍部へ走った。走りながら、中学時代のことを思い出していた……。
 中学一年生の時だったか。歴史の資料集に載っていた、平城京で出土した様々な地方の土器。これを見て私はひどく驚いた。なぜならそれまで、古代日本人は奈良や京都の都にしか居なかったと思っていたからだ。勿論そんなことは無い。しかし、都から遠く離れた所にも確かに名もなき民衆がいて、そこには暮らしがあった、そんな当たり前の事実に、滑稽にも、雷に打たれたようになっていた……。
 電車内、前に座った人の目も気にせず『別冊太陽 風土記』(瀧音能之/ 凡社)を開いた。古代の民衆が見たであろう景色や作った土器の写真が並んでいて圧巻であった。久しぶりに感動で鳥肌がたった。
 家、夜10時。明日は(文学部の)A先生に博物館を案内していただく。土器や瓦を見るのは楽しみだが早く寝なければ、と悔しい気持ちで本を閉じ就寝。(ここでこの日記を盗み見ている人に説明を。「風土記」とは八世紀のはじめに中央政府の命によってまとめられた各国の地名の由来、産物、民間伝承をまとめたものだ。) 『別冊太陽 風土記』購入はこちら >
 

9月某日

 三浦佑之さんの『風土記の世界』(岩波新書)読了。A先生との読み合わせのため疑問点も洗い出していたら付箋で机が散らかってしまった。この本を読んで風土記が全く違う作品に思えてきた。わざと書かれなかった伝承、地方がヤマト政権に包み込まれる緊張感、出雲王権の謎。のほほんとした民話ばかりと思っていたら、急に中央政権の影が覆いかぶさり緊張感を帯びたのだ。古事記、日本書紀も通読しないと。勉強したいことが芋蔓式に、無限に出てきて気が遠くなりそうになった。好きなものに対して恐怖を覚えるなんて。 『風土記の世界』購入はこちら >
 

10月初旬

 試験勉強が思うように進まない。焦る。夕方、PCを開くと(以前お世話になった研究室の)B先生達から「いつでも遊びにおいで」と連絡が来ていた。やかんがしゅんしゅんと音をたてているのが聞こえてきた。
 

10月某日

 (医学部の)C先生が「気づかないところで少しずつ事は進むものだよ」と何気なく仰った。そういえば前より解ける問題が増えている。
 帰宅。外は寒かったが家に着くと指先がじんわりと温まりはじめた。試験が終われば正倉院展だ。『古事記』(次田真幸/講談社学術文庫)も読み始めよう。母の淹れてくれた白湯をぐいと飲み干した。 『古事記』購入はこちら >
 
 

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