座・対談
「平凡社ライブラリーはこうして作られる」
平凡社ライブラリー30周年×『読書のいずみ』企画 第二弾
竹内涼子(編集者)

※平凡社の「平」の字は、二つの点が漢字の八になった旧字体のため、実際の表記と異なります。
 

平凡社ライブラリー コメント大賞開催中

開催期間:2023年5月8日~8月31日
平凡社ライブラリーを読んで、感想コメントをお寄せください。
素敵なコメントを送ってくださった方10名に、平凡社グッズをプレゼントします。
詳細・ご応募は下のボタンからどうぞ!

平凡社ライブラリー30周年✖️『読書のいずみ』企画 平凡社ライブラリー コメント大賞

※選ばれたコメントは、『読書のいずみ』177号(冬号)でご紹介します。
※応募対象者は、大学生・大学院生・教職員です。
 
 平凡社ライブラリーが今年30周年を迎えました。174号では編集長の竹内涼子さんに平凡社ライブラリーについてエッセイを寄せていただきましたが、今回は第二弾企画のロングインタビューです。平凡社ライブラリーが1冊1冊どのように企画されて私たちのもとに届けられるのか、詳しくお話をうかがいました。
 

竹内 涼子さん プロフィール インタビューで紹介された本一覧

 

1. 名著を新しい形で


徳岡
 平凡社ライブラリーの本を色々買わせていただきました。学術的な作品から文芸的な作品まで幅広く扱っていらっしゃって、特別感のある充実した時間をすごすことができました。すごく素敵な読書体験でした。

竹内
 ありがとうございます。
 

徳岡
 まず、『幻想童話名作選』(泉鏡花、内田百閒、宮沢賢治ほか<東雅夫=編>)を読んだのですが、美しい物語がたくさん並んでいました。名だたる作家さんたちの、名前は知っていてもまだ読んだことがない作家さんの作品だったり、読んだことのある作家さんの作品でも「こんなものも書いているんだ」と新しい発見があったり。楽しく拝読しました。


竹内
 まさにそれが狙いです。平凡社ライブラリーではアンソロジーをたくさん出しています。『幻想童話名作選』もそうなのですが、それぞれ編者の方の「こう読むと面白いよ」とか、有名な作家でも「こういう風に読めるよ」ということを意識して出しているので、そう言っていただけるのはとてもありがたいです。今出すからには、若い方に読んでもらいたいと思っているので、徳岡さんのような方に読んでいただけて嬉しいです。

徳岡
 大学の図書館で平凡社ライブラリーの本を検索したら、たくさん借りられていました。大学生がいっぱい読んでいるのが嬉しかったです。

竹内
 そうですか。平凡社は人文書が多く、あまりベストセラーはないんですが、大学で勉強する上で必読書となるようなものを出しているんです。なので、大学図書館でたくさん借りられているのはとても嬉しいですね。

徳岡
 平凡社ライブラリーの新刊が読者の手に届くまでの工程をお聞きしたいです。

竹内
 編集部で編集者が「こういう本を作りたい」とそれぞれ企画を持ち寄って、これまでのラインナップとか想定読者に合うかとか、予算や他社から出ていないかなどを検討して、最終的に企画を決定し、制作、印刷、出版へ、という感じです。
 もともと文庫本というのはすでに出ている単行本をコンパクトな普及版として出すというのが通常でしたが、平凡社ライブラリーでは、もちろんそういうものもありますが、新しい形で編みなおしたり新訳で出したりすることもあります。今の読者に新しい形で提供したいからです。また平凡社でかつて出していたけど手に入らなくなってしまった本を復刊することもあります。その場合も、ただ復刊するだけでなく、「今どういう風に読むか」「なぜ今これを復刊するか」を考えて、著者がご存命の場合は増補したりして、今に合った形でさらに長く読まれるような工夫をするようにしています。

 

 

2. きっかけは1冊の本から


徳岡
 編集者にはどんな方がいらっしゃるのですか。それぞれの企画はどのように立てられるのでしょうか。
 

竹内
 色々です。なので、本の企画の立て方も本当に色々です。例えば私は平凡社ライブラリーでチェコ関係のものを出したりしているんですけど、それの始まりは『カフカの恋人ミレナ』(M.ブーバー=ノイマン)という本でした。ミレナはカフカの恋人だった女性で、ジャーナリストでもありました。ただナチスに捕まってしまい、強制収容所で亡くなります。『カフカの恋人ミレナ』は収容所で出会った著者がミレナについて書いた本です。その中にミレナがカレル・チャペックのことを語った文章が出てくるんです。カレル・チャペックは当時のチェコ・デモクラシーの象徴のような人で、新聞のコラムも書くし、「ロボット」という言葉を生んだ戯曲も書いたりして、チェコの人々にとても尊敬されていました。その彼が、ナチス・ドイツによるチェコスロヴァキアの解体後亡くなったときのことをミレナは「生きるのをやめた」と書いていて、それがすごく印象的でした。そこからカレル・チャペックってどういう人なんだろうと興味を持ったのが、彼の本を出すきっかけでした。カレル・チャペックの本は『ロボット』や『園芸家の12カ月』などの翻訳は出ていましたが、評論やエッセイで読めるものが当時はなかったんです。それでカレル・チャペックのエッセイ集をぜひ作りたい、ということで飯島先生にお願いして『いろいろな人たち』を出しました。またチェコにとどまらず人々が感じる普遍的な日常のことも魅力的に書いていると知って、続編も出しました(『こまった人たち』)。それからカレル・チャペックはお兄さんと仲良しで、お芝居を共作したり、本の挿画や装幀をお兄さんが担当したりしていたんです。カレルとともにお兄さんの文章も読んでほしいと思い、『ヨゼフ・チャペック エッセイ集』(ヨゼフ・チャペック)も出したりしました。さらにチェコの人気作家ハシェクのエッセイ集(『不埒な人たち』)や、チェコ語翻訳家の平野さんとチェコのSFの本(『チェコSF短編小説集』)も出しています。一冊の本との出会いからつながって、いろいろな企画が出るということが結構あります。


徳岡
 なるほど、そうなんですね。

 

 

3. 時代や社会背景の変化とともに

竹内
 もうひとつこれも新訳のエッセイなのですが、『自分ひとりの部屋』。ヴァージニア・ウルフというイギリスの作家の作品を学生時代から社会人になったばかりのころに読んでいて。これは100年前の作品なんですが、「女性が物を書くなんてとんでもない」という時代に、女性がどうやって物を書こうとしてきたかというのをたどっています。もともとこのエッセイは100年前にイギリスで女性が大学に進むようになって、女子学生たちに向けてなされた講演をもとにしているんです。女性が小説を書くなら500ポンドの自分の収入と部屋がなければだめということを書いていて。いろんな女性たちが悪戦苦闘しながら「書く」ということを獲得する過程を描いています。それとともに、女性が書いたものは世間に流布していない―― 当時の有名な作家はみんな男性で、女性同士の物語もなかったので、そういう欠落した物語をこれから書いていくのが大切じゃないか、ということを言っている本です。訳者の片山さんの詳細な注や解説でより身近に感じられ、とても心に響きます。女性への励ましみたいな本ですね。
 それと同時に、会社に入ったころから先生たちと「研究会」と称して色々な映画やお芝居を観に行っていたんですが、それは今で言うLGBTQ関連のもので。これらを観ているうちに、そういうのを文学で短編集として出せないかということになって、最初に生まれたのがこの2冊です。ひとつは、利根川さんとの、女性同士の物語が読みたい、という話から生まれた『新装版レズビアン短編小説集』(ヴァージニア・ウルフほか)。これは2015年に復刊したもので、1998年に最初に出したときは『女たちの時間』というタイトルでした。当時はまだ今のようにLGBTQなどの言葉もなかったですし、インターネットもなく、当事者の方が書店で買いやすい形にしようということでこのタイトルになったんです。より広い女性の物語を求める人に届けば、という想いもありました。そしてもうひとつは対になる形で1999年に大橋先生と『ゲイ短編小説集』も企画しました。こちらはオスカー・ワイルドとかヘンリー・ジェイムズとか有名な作家の作品ばかりなんです。名前は知られているけど、同性愛という視点では、特に日本では見られてこなかったので、これまでの文学的正典(キャノン)を揺るがす新たな視点を提示できればと思いました。約四半世紀前のことです。


徳岡
 興味深いです。

竹内
 それが、『新装版レズビアン短編小説集』を出した2015年にはだいぶ世の中の文化状況が変わっていて、「百合」や「BL」といった新しい文脈ができていました。まずは『ゲイ短編』について「復刊しようかな」とTwitterで呟いたら反響があり、新しい世代の人たちが受け止めてくれるんだと知り、復刊したんです。百合とかが好きな人も、女性同士の物語を求めるところがあるのかなと思って、『レズビアン短編』も復刊し、そのときは「女たちの時間」をサブタイトルにしました。さらに幅広いテーマで『クィア短編小説集』を2016年に出しました。A.C.ドイルとかメルヴィルとか、知っている作家たちの作品の中にもそういう風に読めるものがあるというのを示せれば、と思いました。その一方で、「BL(ボーイズラブ)って何?」と。そもそも日本で出てきたのは1970年代半ばで、そのときは「やおい」と呼んだりしていました。そのときから女性が男性同士の作品を書く文化が生まれて、それが今でも続いていて、いつの間にか商業的にも成り立っています。編者の笠間さんによるとほかの国では、すでに19世紀後半ごろからこのような作品が女性の作家により書かれていると。私自身、「女性が男性同士の関係を書いたり、それを読みたい女性がいたりするのはなんだろう」という関心があったので、『古典BL小説集』(ラシルドほか)はとても面白かったです。さらには日本の男性作家が書いた、少年が少年を愛する作品もいっぱいあるという話になって。川端康成や武者小路実篤などみんな知っているけど、「どうして少年が少年を愛する作品を書いているのか」という関心からまとめたのが『少年愛文学選』(折口信夫、稲垣足穂ほか)です。書かれているのは大体明治の末から昭和半ばです。編者の高原さんによると日本はもともと男色の文化がありましたが、それとも今の同性愛とも違い、明治から昭和半ばまでの、家父長的な国家にすべて取り込まれていくことへのアンチテーゼとして書かれたような少年愛の文学があって、それを集めたのがこれです。どれもつながっているアンソロジーなんですね。このように一冊をきっかけにできていくという形もあります。また先生方と話していて、たまたま「これおもしろそう」と生まれるものもあります。

徳岡
 編者の方はどう選ぶのですか?

竹内
 先ほども言った研究会から生まれたり編者の先生から提案いただいたり。私の場合はわりと研究者の方が多いです。大学の先生とかですね。例えば『病短編小説集』(E.ヘミングウェイ、W. S.モームほか)や『疫病短編小説集』(R.キプリング、K.A.ポーターほか)は、もともとは文学と医学のことを研究されている石塚さんとそういう本を何か出せないかという話をしていて、でも難しすぎたりあまり身近ではなかったりという課題がありました。そのときに、「テーマで集めた短編集を出していますよ」とご提案したら、「それならできるかも」となったんです。
 みんないろんな病気のことをテーマにした作品を書いています。『疫病短編小説集』はコロナ禍に入ってから緊急で出したんですが、疫病は大きな出来事なので、いろんな作家が書いているんです。どういう問題が出てくるかとか、天罰だとか差別だとか環境だとか、戦争につながるだとか。そういうことが当時実際に起こっていました。そういう背景が、疫病を描いた作品を集めると見えてきます。そうすると、論文集は読めなくても、すごく知りたいと思いますよね。こういう形で読んでいただければ、読者の興味も広がるし、そういうことについて考えるきっかけになるのではないかと思いつつ出しています。

 
 
P r o f i l e

竹内 涼子(たけうち・りょうこ)
 平凡社ライブラリー編集長。
 新入社員時代に創刊メンバーに。9年前に戻ってきました。白川静先生の本や翻訳書なども担当しています。営業S田とTwitter (@Heibonsha_L)やってます。ぜひフォローしてみてください。
 

「座・対談」記事一覧


ご意見・ご感想はこちらから

*本サイト記事・写真・イラストの無断転載を禁じます。

ページの先頭へ