竹内 涼子さん プロフィール インタビューで紹介された本一覧
4.気になる制作秘話
徳岡
アンソロジーに収録されている作品はどのように見つけるのですか。
竹内
基本的には編者の先生におまかせです。「なぜこのアンソロジーを出すのか」という意味や動機、先生がなぜこのことを研究していて、何を伝えたいのか、というのがあります。学術的な難しいこともありますが、先生方はこれのどこがおもしろくてどう読んだらみんなで考えることができるんだろう、今後に生かせるんだろう、と考えて研究しているんですね。編者の先生が伝えたい形で作品を選び、解説をつけています。作品からどういうことが見えてくるのかということを、力を入れて書いてくださっているんです。なので、収録作品は基本的には編者が選びますが、分量的に難しい場合などもあるので、編集者が取捨選択をすることはあります。
徳岡
作品の収録順も編者の先生が決めるのですか。
竹内
そうですね。特に順番は関係ないという場合は、発表順に収録することもあります。
徳岡
平凡社ライブラリーの本を読んでいて、本の帯の言葉が素敵だなと思いました。これは編集者が考えるのですか。
竹内
そうです。帯は紙の本で書店に並ぶのが前提なんですが。直感で感じた言葉とかこの本が言いたいことをつかんで、この本の一番魅力的なところを知ってもらいたいと思って作ります。編集者は先にその本を読んでいるわけなので「ここも面白い!」と思うからたくさん書いてしまうんですが、まだ読んでいない人に言っても伝わらないんですよね。なので簡潔にするのが良いんだろうなと思います。いくら「面白いよ」と言われても、書店で買う人はまだ読んでいないからわからないですよね。だから「こういう風に言われたら読みたくなるかな」と考えて書いています。
徳岡
帯の言葉を書く勉強はされたのですか。
竹内
していないです。一冊一冊やっていく中で学んでいくという感じですね。自分が面白いと思ったところを全部盛り込んでも読んだ人がそう思うかわからないので、エッセンスを集めて加工する。まず興味を持ってもらうのが大事だと思います。読んでもらうにはどうしたらいいか、一番大事なのは「読んでほしい」という気持ちです。多少技術がいるところですが、何回もやっているうちにうまくいくこともあるかと思います。
徳岡
帯を完成させる前にほかの編集者に読んでもらったりするのですか。
竹内
新入社員時代は見てもらっていましたが、今はしていません。ただ著者の方にはお見せすることはあります。著者が言っていないことを書いて、間違った内容を読者に伝えてしまうといけないので。
徳岡
著者の言っていることと違うことを書いているかも、と不安になりますよね。
竹内
そうですね。書く人と読む人は違うので。誤読の場合もありますし、それが新たな読みになって許される場合もありますし。ただ学術的なことだと、行き過ぎてはいけませんし、難しいですね。
5.編集者のお仕事

徳岡
編集者は、先生が書かれたものを読んで、感想を伝えたり先生にアドバイスをされたりするのですか。
竹内
編集者は専門家ではなく、まず読者なんですね。最初に原稿を見せてもらって、この表現はあまり使われないな、などというところなどはチェックしてそれを直してもらったりもします。
徳岡
私は人が書いた文章を読んだときに、「あ、こういう書き方もあるんだな」と納得してしまって、指摘ができません。そういうのを見つけることって難しくはありませんか。
竹内
人の文章を指摘するのは難しいですよね。でもあくまで書いているのは著者の方なので、表現がおかしかったりしなければ良いと思います。表現は著者のものなので。ただ、その本が誰に向けたものなのか、その人が読んだときに読みやすいかどうかということは考えると良いかもしれませんね。
徳岡
なるほど。読者の立場に立って想像するんですね。
竹内
そうです。「こうした方が読者に伝わりやすいと思う」という風に相手に伝えると良いと思います。
徳岡
ありがとうございます。読者の目線で読むのが、編集者的な読み方なんですね。
竹内
どんな本もそうですね。
徳岡
竹内さんが編集者になろうと思ったきっかけは何でしたか。
竹内
「なんとなく本が好きかも」というところからでしょうか。あとは文化的なこと、映画やお芝居を観てそれについて考えるのが好きかもしれない、と思って。学生のときは批評理論のような本が出せたらと思っていました。そういうところにかかわっていきたいと思ったんです。ちょうど平凡社で難しい批評理論のシリーズを出していたりしたので、それで平凡社を受けました。
徳岡
編集者になろうと思ったら、分析的な読み方ができる方が向いていますか?
竹内
どうでしょう。編集者といっても小説とか漫画とか雑誌とか、分野によって全然仕事の仕方が違います。雑誌だったら「今何が流行で何が売れているのか」などが求められますが、私が作る本は人文書がメインなので、分析みたいなのがやりたい人がやっているような気はします。考えることは好きですか?
徳岡
好きではありますが、どちらかというと感覚的に読んでしまうタイプです。
竹内
感覚って大事です。「これが面白い」とか「これが読みたい」とか「これを読んでほしい」とか、そういう気持ちが一番大事ですね。分析みたいなことはあとからついてきます。とにかく「何を伝えたいか」「何がしたいか」「何をしてほしいか」が大事なので、感覚的で全然良いと思いますよ。
徳岡
お話をうかがっていると編集者のお仕事は幅が広いなと思います。
竹内
自分が今まで関心がなかったり知らなかったりしたことを教えてもらえる機会があるのはすごく幸せです。絵巻物のレプリカや、昔の本などを見せていただけたりすることもあります。美術館や図書館だとそういうものは一部しか見られませんが、順を追って見てみると「こういう物語を伝えたいのか」ということが分かったりするので、それを解説してもらいながら見られるのは、贅沢だと思います。
徳岡
竹内さんは平凡社ライブラリー創刊メンバーとのことですが、当時の印象的な思い出は何かありますか。
竹内
入社して2年くらいのころでしたが、創刊メンバーが初代編集長と先輩と私の3人でした。でも、私は何もわからないわけですよ。短期間でたくさん本を作れと言われて、パニックでしたね。
徳岡
平凡社ライブラリーにかかわる前はどのようなお仕事をされていたのですか。
竹内
入社したての頃は、単行本を作ったり、当時『20世紀の歴史』という翻訳本があって、先輩の手伝いでそれの文章がおかしくないか原文にあたってチェックしたりしていました。なので自分で一冊の本をいちから作るというのは、1、2冊しかしたことがなかったときに、平凡社ライブラリーに関わることになったので、当時はもうパニックでしたね。
徳岡
若かったからできた、というのもあったのでしょうか?
竹内
それもありますね。創刊メンバーとしてかかわったあとは、他の編集部でいろいろ経験しましたが、また平凡社ライブラリーに戻ってきました。
6.白川静先生との出会い

竹内
白川静先生の漢字の本も担当しました。退職した先輩編集者から引き継いで、最初はゲラを送ったりする窓口だったのですが、そのうちそれ以上のこともやることになって。でも、中国のこととか何もわからなくてそれで「こんなはずじゃ」となったんですが(笑)。
白川先生に最初にお会いしたときに「なんだこの人は!」と思ったんです。とても印象的でした。話は面白いしエネルギッシュだし、とてもえらい先生なのに威圧的だったりいばったりすることもなくて、こちらのことを気遣ってくださるんです。なにより学問に対してものすごく熱くて、話が止まらないんですね。書庫から大きい本を持ってきてたくさん話してくださって、「なんて人がいるんだろう」とびっくりしました。
当時先生がされている研究も良く知らずにお会いしたので、失礼なことがたくさんあったかと思うんですが、先生はそういうことを一切表情に出されることもなくて。当時は自分がどんなにダメかとか、先生の仕事がどんなに奥深いかとかも、全然わかっていなかったので、今思うと「申し訳ありませんでした」という気持ちばかりです。
そういうことを一ミリも感じさせず、先生は出版するということがどんなに大変かというのも慮ってくださって、お金の問題とか図版のこととか出版期限のこととかどうすれば売れるかとか、いつも気遣ってくださいました。原稿は言わないうちから届くし、とても優しい。本当に素敵な方でした。
とにかく話が面白くて、ご自身の研究について話されることが面白くて、人の心をつかんで離さない方でした。白川先生に会った方は皆さん一瞬で好きになってしまっていました。いろんな方にお会いしてきましたが、こんな方がいるんだなって思いました。
編集部
それは出会ったときから最後まで変わらなかったのですか。
竹内
ええ。晩年は文化勲章を受章されてすごく忙しくなられて。本来の研究ができなくなるくらい、取材などが入って。体調を崩されて大変だった中でも、それを感じさせないよう、相当無理をされていたかと思いますが、締め切りは守ってくださるし、優しい気遣いは相変わらずで。本当に素晴らしい先生でした。
編集部
うらやましいです。近くで白川先生にお話が聞けるというのは贅沢ですね。
竹内
本当にありがたいことだったと思いますね。ライブラリーにも何冊かさせていただきましたが、かかわらせていただいて、先生と色々やりとりさせていただいたのは、本当によかったな、ありがたかったなと。先生の学問自体も知れば知るほどすごいことだったんだなと思うので。
徳岡
今のお話をうかがっていて、白川先生の本を読んでみたいと思いました。
竹内
ぜひ。読むなら、『
回思九十年』とか、『
文字逍遥』、『
文字遊心』といったエッセイがおすすめです。白川先生の本は一見難しいけど、文章が簡潔なのでカッコいいんですよ。読みやすいです。漢語的で表現も難しいけど、聞いたことのない言葉も調べて意味が分かると、短い文章がものすごく拡がります。一見難しいですよね? でもこの一文にこんなに豊かなことが詰まっている。文章の力というか、そこには確固たる研究の積み重ねがあるので、一文にエッセンスとして出てくるんです。難しくても読んでいけば絶対にわかるし、わかればわかるほど一文の豊かさが伝わってくるという感じです。一見難しくても読み継がれているもの、特に白川先生の本などは丁寧に何度も読んでいくと、わかるときがくると思います。
そういういい文章は早く読むコツはないと思います。自分の関心があって読む場合は難しくても読めますが、そうでないと頭に入ってこないし挫折してしまうこともあるので、またの機会にしても良いと思います。そのときは全然わからなかったとしても、あとで読んだらおもしろくなるかもしれないですし、別の文脈で読むとわかることもありますから。
徳岡
お仕事の場合はどうしても読まないといけない本があると思いますが、そういう時はどうされるのですか。
竹内
そうですね。つらいときもあります(笑)。でも必要性があったら読みますし、大体のものは面白いと思えると思います。自分の気持ち次第かなと思いますね。
徳岡
今日は、平凡社ライブラリーと編集者のお仕事についてたくさんお話をきかせていただきました。ありがとうございました。
(収録日:2023年3月27日)
対談を終えて
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徳岡 柚月(とくおか・ゆずき)
平凡社ライブラリーについて、編集者について、文章の書き方についてなど沢山のお話を伺え、本当に楽しい時間を過ごさせていただきました。ありがとうございました! ある1冊の本を作ったことがきっかけで興味が生まれてまた新たな本が生み出されていく過程など、本を作る楽しみにワクワクします。質問を丁寧に拾っていただき、あたたかくお答えいただき、また本やお仕事への愛や情熱が素敵で、私もこんな風に社会で生きていきたいと未来への希望が膨らみました。
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P r o f i l e

竹内 涼子(たけうち・りょうこ)
平凡社ライブラリー編集長。
新入社員時代に創刊メンバーに。9年前に戻ってきました。白川静先生の本や翻訳書なども担当しています。営業S田とTwitter (
@Heibonsha_L)やってます。ぜひフォローしてみてください。
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