Essay 心に残るコメントカードを書く

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忘れられない読書体験を

田中 のぞみ(熊本大学4年生)

 
 このエッセイを書くにあたって私にとって読んだ本についてコメントを残すということはどういうことなのだろうと改めて考えたとき、それは「忘れないための行為」なのだという結論にたどり着きました。
 毎日寝る前に日記を書いたり、観た舞台の感想をファンレターとしてしたためたり、食事をした店のレビューを誰に見せるでもなく下書き保存しておいたり。私は普段から自分が経験したことを文章に残しておくことを習慣づけています。そして、読んだ本の感想をコメントカードに記録する読書マラソンもそのような習慣のひとつでした。

 私は幼少期から読書が好きでしたが、あるとき自分が読んできた本を思い返してみて、その内容が鮮明に思い出せるものが少ししかないことに気が付きました。そして、内容を思い出せた本は、読書感想文を書いたものだったり他人におすすめしたものだったり、決まって感想を言語化してアウトプットしたことのある作品だったのです。どんな本でも読んでおしまいでは忘れていってしまう、読書で得たものを言語化し自分の血肉にしなくては定着しないということに気が付き、それが自分の経験を記録するという習慣のきっかけになりました。
 大学で受けた古典の講義を担当していた教授の言葉ですごく印象的だったものがあります。“文学を学ぶのは自分の人生では足りなかった分の経験を他人の人生を借りて補うため”という言葉でした。今まで本を読んで感じていた「自分が本を読む前の自分とは別人になった」感覚を完璧に言語化してくれた感じがして、この言葉がすごく腑に落ち、その夜真っ先に日記に記したのを覚えています。本を読むということは、私をときに恋する男子高校生に、ときに国際コンクールに挑むピアニストに、ときに自由に空を飛ぶ魔法使いに変えてしまう魔法のような行為だと考えています。それは本を開いている間だけの魔法ですが、私のなり得なかった誰かの人生を追体験させてくれます。そう考えてみると、そんな体験の中で得た知識や感じたこと、記録しないまま忘れていってしまうのはもったいないと感じませんか。
 
 読書の経験を赤裸々に記録することに対して気恥ずかしさを感じることもあるかもしれません。でも、読み返すのは自分しかいないと考えて、まずは本を読んだときの自分の気持ちを包み隠さずに綴ってください。自分の感情をできるだけたくさん掬いあげてください。読み返したときに恥ずかしくなってしまうくらい強烈な感情は、あなたを本を読む前のあなたとは別の誰かに変えてくれると思います。そして、自分のコメントを見返すことでその感情が何度も思い起こされ、やがてあなたに定着していきます。ときには思い起こされた感情があなたを呼び戻し、その本を読み返したくなることもあるかもしれません。そうなったとき、本を初めて読んだときに感じた感情がより強まるかもしれないし、新たな感情が沸き上がることもあるかもしれません。いずれにせよ、コメントを残し、それを見返すことはより鮮やかな読書体験を得るための秘訣だと私は考えています。
 
 そうしてコメントを書くことに慣れてきたら、ぜひ誰かとコメントの共有をしてみてください。もしあなたとその人が読んだものが同じ本であれば、あなたが追体験したなかでは得られなかったものをその人のコメントが補ってくれることでしょう。もし違う本を読んでいれば、あなたはコメントを通して、その人が追体験した人生の一部を見ることができます。そして、それはあなたが次に追体験する人生を選ぶきっかけになるかもしれません。本を読んで抱く感想は、当たり前ですが人によって違います。印象に残ったセリフも、登場人物に抱いた感情も、共感した場面も読んだ人の数だけ生まれて、だからこそ他人とコメントを共有することには価値があるのだと思います。コメントを共有しあうことで、まるでゲームのマップを開放していくように人生の足りない部分が補われ、自分の世界が広がっていく。それはとても素敵なことだと思います。そして、そのような経験は自分のエピソードとして読んだ本と結びつき、それをあなたの記憶に定着させてくれるはずです。本を読んだ後の自分の感想を言語化して、ましてやそれを他人に見せるというのはすごく怖い行為だと思います。それでも、その恐怖を乗り越えてこそ、あなたの読書体験は忘れられないものになると思うのです。だから、読んだ本の感想をコメントに残してみてください。そして、あなたの追体験した人生を誰かに教えてあげてください。
 
P r o f i l e
田中 のぞみ(たなか・のぞみ)
熊本大学4年生(2024年3月現在)。趣味は舞台鑑賞。推しに会いに行く資金を稼ぐため書店でのアルバイトに勤しむ日々を送る。今欲しいものは性能のいい双眼鏡。2022年度開催 第18回全国読書マラソン・コメント大賞 文芸部門金賞受賞。
 
 
 

コメントカードを書いてみて

布澤 陽和(愛知教育大学3年生)

 
 私は本を読みます。なぜなら、好きだからです。
 何が。
 本当に「本を読むこと」が好きなのか。「本を読んで何となくかっこいい自分」が好きなのか。そんなことをくるくると悩み始めたのが大学1年生のときです。もうずっと考えていました。ばかみたいに。
 私は結構、周りに恵まれるのですが、大学1年目にしては恵まれすぎたみたいです。私が読書サークルや学科、文学の授業で出会う方々は、私よりたくさんの本を読み、確立した「好き」があり、さらにその「好き」を言語化する能力に長けた人ばかりでした。
 太宰を読んで「なんかよく分からなかった」、ハリーポッターを読んで「エグかった」の自分には、びっくりですね。
 最初に戻ります。なぜ自分は本が好きなのか。よく分からない。とにかく好きに自信をもつために、私も彼らのように「好き」を言語化したい、と思ったことがコメントカードを書いたきっかけになります。

 私は、コメントカードを書くときに大事にしていることが2つあります。
 1つは、「コメントカードっぽくないコメントカードにしよう」ということです。書評というよりも、その本のポップやキャッチコピーを書くような、手にとりたい、と本能的に思えるようなコメントを目指しています。例えば、言葉を変えたり、語の順番を入れ替えたり、敬体にしたり、常体にしたり。この「いかにコメントカードっぽくしないか」試行錯誤する時間が私は、とても楽しく、大好きです。
 書くときに大事にしていることのもう1つは、「本の言葉を尊重する」ということです。素敵な本には、必ず素敵な文章があり、素敵な文章には必ず素敵な言葉があります。そのため、私はよくコメントにそれらを引用させてもらうのですが、その際に、表記ミス等がないよう気をつけています。
 例えば、『読書からはじまる』という本においては、「はじまる」が「始まる」にならないように意識しました。漢字表記か、仮名表記かによって、大きくニュアンスが異なると考えるからです。これは私の感覚なのですが、「はじまる」は、自然と大きな世界がひらけていくような、「始まる」は、形式的な合図によって物事が一斉に動き出すような、私の中ではそんなイメージです。やはり、「読書からはじまる」は「読書からはじまる」であるべきなのです。
 もちろん、コメントカードを読み、その本を読み手がどうとらえるかは自由だと思います。しかし、なるべくその本のイメージはそのまま伝えられるように、媒介者である自分が表記ミスなんかでその邪魔をしてしまわないように、気をつけています。
 
 ところで、皆さんの好きな本はなんですか。ジャンルは。ファンタジー、ホラー、ミステリー。小説ですか。漫画ですか。専門書ですか。好きな本ってその人の個性が垣間見える気がして、とてもわくわくします。エッセイなんて投げ出して、好きな本を一人一人訊ねたいぐらい。
 ぜひ、どうか、コメントカードで教えてくれませんか。たくさんのコメントカードが並んでいるのを見ると、本屋さんで本がずらっと並んだ棚を目の前にした時のような高揚感に満たされるのです。
 もちろん、コメントカードを書くのも楽しいです。大学のレポートみたいに形式が決まってないので、自由に、好きなことなのでいくらでも書けてしまいます。私が、コメントカードを書きはじめた理由はアウトプットのためですが、書いている理由は楽しいからです。
 最近は、「楽しい」という気持ちにくわえて、「本が好き」にも自信をもてるようになってきている気がします。それこそ、「本を読むこと」も好きだし、「本を読んで何となくかっこいい自分」も私は好きなのだと認められるように。
 元々「本を読んで何となくかっこいい自分」が好きって自己陶酔という感じで嫌だったのですが、まあ、でも本を読んでる自分がなんかかっこいいのは事実だし、と今では思えています。
 
 案外難しく、面白く、いろんな気づきがあるコメントカード、ぜひ皆さんも楽しんで下さい。
 読書マラソンという名のとおり、私のコメントカードやこのエッセイが誰かへのメッセージになっていることを祈って。
 以上で、「コメントカードを書いてみて」に寄せるコメントといたします。
 
P r o f i l e
布澤 陽和(ふざわ・ひより)
愛知教育大学3年生(2024年3月現在)。最近は、大河ドラマ「光る君へ」に没頭。その影響から紫式部日記や源氏物語に興味はあるが、古文への苦手意識からいまだに手を出せず。2022年度開催 第18回全国読書マラソン・コメント大賞 ノンフィクション部門 金賞受賞。
 
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