読書マラソンWEB版

『ままならないから私とあなた』著:朝井リョウ 出版社:文春文庫

北海道大学 小笠原 明信

表紙

『ままならないから私とあなた』著:朝井リョウ 出版社:文春文庫

「価値観を揺さぶられる」
とある本の帯に書いてあった言葉に引き寄せられ、私は手を伸ばした。

同じものを見て、同時代を生きてきた友人でも感じ方が全然違うことがある。人間らしさ―人と人とのつながりやムダにも価値がある―を大事にする雪子と超合理主義の薫は幼馴染み。本作では幼い頃からの音楽好きで作曲家を目指す雪子と、天才的研究者としての薫の姿がその時々の場面を切り取りながら描かれる。小学生からの親友である二人の方向性や考え方は成長とともに離れ、そして燻った思いは対立の時を迎える。その対立シーンは圧巻のもので、読者は心拍が高揚しているような気分さえ覚えた。

各々の考えをぶつけ合う二人だが、そもそも「正しさ」はどこに存在するのだろうか。科学的データも、信頼する著名人の発言も、時代や場所などによっては「間違い」へと変わる。 私達が生きる「世界」は一つのようでいて、一つではない。無数の世界同士の交わりにあると思う。他者は自己にとってままならないものだし、だからこそ私とあなたは別の人間でいられるのだろう。フィルターバブル現象の如く、同じ意見や考え方を持つ人と居ると「ラク」であるが、制御できない故の面白さというのもある。
概して私たちは同じ「世界」に生きている。時に認め合い、ぶつけあう。人を想う。淘汰ではなく、そんな揺さぶられる経験を大切にして生きていきたい。その度に世界は新しく再構築される。間違いなく、その経験をくれたのがこの一冊。

本著は表題作及び「レンタル家族」の中短編からなる。読了後の爽快感はないが、ぜひ価値観の揺れを楽しんでほしい。

 「自分にとって都合のいい新技術とか合理性だけ受け入れて、自分の人生を否定される予感のするものは全部まとめて突っぱねるって、そんなのずるくない?」



北海道大学 小笠原 明信