高校生の質問にお応えします!

コロナ禍で受験勉強に苦労されている受験生や、そもそも大学か専門学校か、または就職をするかで悩んでおられる高校生が多くおられる事と思います。

少しでも「大学進学」についてお考えいただけることを願い、大学試験までの約半年間 大学教授へお願いをし、「高校生の質問にお応えします!」というコーナーを設けました。

毎月月末には公開いたしますので、お楽しみに!

質問にお応えいただく大学の先生

紀 葉子先生
紀 葉子先生

東洋大学 社会学部 教授:紀 葉子 先生

1986年 立命館大学文学部卒、1988年 立命館大学大学院社会学研究科、博士課程前期課程修了
1991年 立命館大学大学院社会学研究科博士課程後期課程, 修了(社会学博士)

専門分野·研究テーマ 社会学
「聖なるもの」の社会学、日系ブラジル人の生活世界に関する調査研究、フランスにおけるネオジャポニスムについての調査研究など。
主な著書·論文
『日仏社会学叢書 第3巻 ブルデュー社会学への挑戦』、厚生社恒星閣
『日仏社会学叢書 第4巻 日仏社会論への挑戦』、恒星社恒星閣
『大学事典』、平凡社、「大学の民主化」「ダイバーシティ」「ジェンダー」他
所属学会
日本社会学会、関西社会学会、日仏社会学会、大学評価学会

11月

Q

「受験勉強には『集中することが大切だ』と先生方は仰います。
どのようにすれば「集中力」は高まりますでしょうか。」

山口県立高等学校 F.Tさん

Q

 入試の監督をしていると、最初の15分くらいで一通り問題を解いた後、机にうつ伏せて眠りはじめたり、周囲が気になってキョロキョロ見回しはじめたりする受験生がいる一方で、終了の合図があるまで問題と答案用紙を繰り返し見直している受験生がいます。きっと、前者は集中力が15分くらいしか保たず残りの時間は休むか気晴らしをするしかないのでしょう。わずか15分でも集中して正解できれば良いのかもしれませんが、人間は誤ちをなす生き物です。フランスの哲学者バシュラールは唯一確かなこととして人は誤るとしました。実際、全知全能の神でない限り、間違えない人はいません。だからこそ、誤答を制限時間いっぱいまで探し続ける集中力を養うことの大切さを、先生は指摘されているのでしょう。
 では、どうすれば良いのか? その答えは容易ではありません。おいしいと感じるものが違うように、楽しくて夢中になれるものが違うように、集中するためにどうすればよいのかは人によってそれぞれ異なりますし、集中することは身体をそのように習慣づけることでもあり、一朝一夕に身につくものでもありません。試行錯誤を繰り返しながら、自分が最も集中できる方法を見つけそれを身体に癖づけてゆくことが必要です。試験時間が60分なら60分、90分なら90分、タイマーで時間を設定し、問題を解き回答を点検する訓練を続けてみてはいかがでしょうか。
 実際に、進学後の試験でも30分で意気揚々と答案用紙を提出する学生より終了の合図まで粘りに粘る学生の答案の方が優れている傾向がみられます。集中力を高めるための訓練は決して無駄にはなりません。水の呼吸拾壱ノ型凪が無敵であるように、自分なりの全集中の技を日々の鍛錬で身につけましょう。

10月

Q

「受験勉強の”やる気“を一定に保つ方法を教えてください。」

千葉県立高等学校 M.Sさん

Q

 ”やる気”を一定に保つ前に、まず、”やる気”を出さなければなりませんよね。どうして自分は受験に臨むことになったのか、振り返ってみましょう。大学に入りたいと思ったのはどうしてなのでしょうか? 周りが受験ムードに染まっていったからなんとなく…というのであれば、なかなか”やる気”が高まりませんよね。理由を自分の外に求めながら気持ちを高めるのは難しいことです。周囲の盛り上がりでなんとなくその気にさせられたとしても、部活動や体育祭などの競技で「勝ちたい」という気持ちが高まった時、厳しい練習は苦にならなかったりしますよね。「勝ちたい」という理由は自分自身を満足させるためかもしれないし、仲間と喜びを分かち合いたいからかもしれないし、励ましてくれる家族の思いに報いたいからかもしれません。理由は多様であっても、「勝ちたい」という気持ちが自分の内側からふつふつと沸き起こるならば、”やる気”はそれに伴うものです。受験勉強を始めたきっかけを思い返してみましょう。大学のアカデミックポリシーに惹かれたから、尊敬している先輩が進学しているから、高校の友達と同じ大学に通いたいから、進路指導をはじめとする先生の助言に報いたいから、いつも温かく応援してくれるお母さんの笑顔が見たいから……理由はなんでも良いのです。そのために「がんばろう」という思いを新たにすれば、きっと”やる気”もついてくるはずです。
 受験勉強をすることは、勉強の内容を憶えることにだけでなく、日常的な勉強を通して対処法を身につけてゆくことに意味があります。受験だけなく、これから先の人生で”やる気”を保つことが求められる場面はいくつもあるはずです。自分の”やる気”の源泉を把握して、それに向けて努力することが苦にならない自分になれるようにがんばってみましょう。

9月

Q

「専門学校へ行くか、大学へ行くか迷っています。
大学で勉強する(学ぶ)ことって、その先で何が掴めるのでしょうか。」

富山県立高等学校 R.Mさん

Q

 今現在、身につけたいと思う具体的な技能や技術があるのでしょうか? 自分が就きたいと思う仕事があって、その仕事をするために必要な資格等がはっきりと決まっている場合、専門学校に進学するほうが夢への近道になるかもしれませんね。でも、ただ漠然と専門学校に行ったほうが将来、役に立つような気がするというのであれば、大学進学も考えてみたほうが良いでしょう。
 昔の写真を見ると大学生は随分と大人です。第二次世界大戦に学徒出陣をした学生さんの肖像は今の30代より大人びています。社会が豊かになったことで、人はゆっくりと成熟することが許されているのかもしれません。今日、17歳、18歳で自分が何をしたいのか明確に説明できる人は多くはないでしょう。自分にとって最もミステリアスな存在である自分自身と向き合って自分が何者であるかを確かめてみる、それができるのが大学です。
 勉強だけでなく、サークル活動やコンパのような交流の場で大人になってゆく自分と向き合うことはとても大切です。「鏡に映った自我」という概念で自己の社会学を構築したクーリーは、私たちは他者という鏡に映る自画像から自分自身を知ると考えました。高校よりも広がる人間関係の中で様々な他者という鏡に多様な自己の姿が映し出されます。本当の自分の姿をゼミの友達や先生、アルバイト先の先輩、サークルの後輩という鏡を通して見つめ直す機会が与えられるのが学生時代なのです。
 やりたいことを見つけて就職活動に進むこともあれば、やりたいことのために専門学校に入り直したり大学院に進学したり留学したりしてさらなる学びを選ぶこともあるでしょう。人生100年時代、大学を卒業してからも70年以上を生きてゆくのですから、自分自身と向き合う4年間は決して無駄な回り道ではないはずです。

8月

Q

「大学ってどういう場所ですか?」

滋賀県立高等学校 S.N君

Q

 高校までの学習が「正解」を導き出すものであるとすると、大学での学びは「正解」を探すものです。「正しい」ことが書かれているとされている教科書ですが、お父さんやお母さんの世代から変わってきていることはご存知でしょう。現時点で「正しい」とされていることも学問の展開によって誤りであることがわかり訂正されることがあります。この誤りを発見し修正する作業が研究です。大学は学習から研究へと学びのステージが転換します。
 日本の教育は高校でも要領よく教科書に書かれている内容を整理して憶えてゆくことが重視される傾向にありますが、大学では「正しい」とされていることを疑うことを身につけてゆきます。近代哲学の扉を開いたデカルトは「方法的懐疑」としてあらゆるものを疑ってみました。日本の文化では「疑う」というのはあまりお行儀の良いことではなく、素直に信じる心が美徳とされる傾向がありますが、こうした素直さは大学ではむしろ邪魔になります。源頼朝の肖像画とされていたものがその時代の衣装についての研究が進むと頼朝ではあり得ないことが明らかになり教科書が訂正されます。「これって何かおかしくない?」という疑問を抱き、それを科学的に解き明かしてゆくための方法を身につける場所が大学なのです。
 現代社会では「正しい」とされていたことが目まぐるしく変わります。このような時代だからこそ大学で「疑う」方法を身につけることはとても重要です。「もしかしたら間違っているのではないかな」という気づきを与えてくれるのは、学問的な知識だけでなく、親しい人とのコミュニケーションでもあります。率直に疑問を投げかけ合うことができる仲間と出会うのも大学という場所の魅力のひとつだと思いますよ。